親の願いを込めた名前。子供はそれは一番嬉しいことです。
我が家でも小学校に入った頃、よく聞かれました。
私はもう孫が居てもおかしくない年齢です。
子供たちは結婚願望がなく、まだ、というか将来も出来ないと思います。
だからこそいえると思うのですが・・
ジジババと親、そして子供。誰が一番これからの人生が長いでしょうか?
子供が何十年と背負う名前、それを自分の好き嫌いだけで決めてはいけない。
あくまでも親と子の絆ではないかと私は思っています。
だからジジババが口を挟んではいけないと考えています。
私の子供の頃は「子」の付かない女の名前は「水商売みたいだねぇ」と嫌われていました。
また「み」で終わる男の名前は「女みたいだ」といじめられました。
でも今は逆に子が付く名前は「へぇ今時珍しいね」と言われます。
既に私たちの子供も「古風だねぇ」「何でそんな名前にしたの」と言われるくらいでした。
名前の傾向も時代と共に変化しますからなおさらジジババが口を出してはいけない。
私は自分の体験から、そしてこの年だからこそ、はっきりといえます。
れいが霊に通じるなら、「なかにし礼」「大原麗子 」などなどに失礼です。
「れい」は「零」にも通じます。物事の始まり、誰にも割られず、誰にかけても自分自身を見失わない、しっかりしたいい名前ではありませんか?
戦時中は零戦は世界に冠たる日本の粋であり、現在の飛行機はその技術があってこそのものです。
いいじゃないですか霊が来たって「指導霊や守護霊が一杯憑いて幸せになれる」とでも言ってやりましょう。
私は中学からスピリチュアルに興味を持ち、宗教に興味を持ち、霊に興味を持ち、これまでおよそ半世紀、考え、調べ続けています。
だけど「れい」のつく名前が「霊」に通じてよくないなど聞いたことがありません。
例えば秀吉は「拾」という子を早くに亡くし、次の子に「捨」という名前をつけました。これが秀頼になります。捨松という名は男女共に明治時代の有名人が居ます。
むかしは一見縁起の悪いような名前は、逆に縁起の良い名とされていたのです。
「れい」が霊に通じるならまさに神霊、仏に通じ加護を受ける良い名だと考えていいです。