釈迦です(笑)。わたしはご存じのように悟りました。何を。
あなた方凡人は、物事を自分を通して見ています。自分に近いことは重要度が高く、遠いことは重要度が低いですよね。いわば自分関数に“事実”を代入して、自分なりの世界(=“解釈”)で生きているのです。さらに、自分で「能動的に」考えて“解釈”していると信じています。でも、それは嘘。悟りを開いた私からすれば、すっかりお見通し。ただの反応にしか見えません。私の悟りとは、自分関数ではなく、他人の視点、虫の視点、岩の視点…とすべての視点に同時に立つことができる、いわば自然と一体となる境地なのです。レッテルではなく、刻々と変化する自然そのものと一体なのです。言葉に出せば、レッテルを貼ることになるので言えませんが^^;。
あなた方は「あべこべの世界」で生きています。人生には意味があると思い込んでいるから、意味がないと嘆いたりむなしくなったりするのです。人生は思い通りになるべきだと無意識に思っているから苦悩するのです。因果関係の理解があべこべ。貴方が考えている上は下で、表は裏で、主は従で、とにかく「あべこべ」な世界観で宇宙遊泳のように生きています。「いかんともしがたい」って、他人事のような言い方をしてるけど、貴方がそうしているだけなのです。そうでなくて誰のせいだと言うのか。
お礼
ありがとうございます。 すみません、さすがにそこまで悟れないです。でもお釈迦様目線で言えばそうなるんですね。この日常の主体的体験からの超越は、まさに仏になるということなのかも知れませんが、私はすべての煩悩を捨て去るでなく、馬鹿な人間でもいたいのです。馬鹿な人間には悩みがつきものという事なのでしょうが・・・