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寒中見舞い

昨年6月に父が他界しました。そこで12月初旬に喪中ハガキを出しました。そこで親しい方だけに寒中見舞いは出したほうが良いでしょうかその方たちには挨拶はしておりませんが メールのもよろしいでしょうか?その際文章はどのようなことを書いたらよろしいでしょうか? また喪中期間中はどのような行事にしてはいけないのかわかりません 何分常識がなく無頓着ですがお願いいたします

みんなの回答

  • michael-m
  • ベストアンサー率50% (2724/5433)
回答No.2

喪中や忌中は地域によっても、個人によってもどう過ごすかは人それぞれの自由です。決まりごとではありませんし、常識でもマナーでもありません。 もし、それは常識やマナーであったら、日本はキリスト教や無心論者を否定することになります。信教の自由を侵すような常識があるというのなら、常識は憲法より上にあるものなのかということになります。つまり現代日本においてそれは個人の自由であり、常識でもマナーでも慣例でもありません。 知識からいえば、一年服喪などという制度はどこにもありません。よく明治の服忌令を持ち出す者が居ますがココにも一年などと言う記述はありません。さらに皇室典範を持ち出すものも居ますが、これは天皇崩御に関してのみです。 出典とされるものには一年服喪などという記述はありません。ようするに単なる迷信でしかないのです。根拠のない習慣を「因習」といいますが、一年服喪はまさに因習そのものです。 忌というのは穢れの期間・・コレも嘘です。忌は神聖なものを意味します。だから神様に捧げる料理を作る火を「忌み火」といいます。 忌中とは「潔斎(身を清め、世間との関係を断つ)をして、故人のために神に祈る期間」をいいます。本来この期間は忌み小屋や自宅に篭り、世俗との接触を断って祈り続けるものでした。期間は仏教で49日、神道で50日。 しかし現代では「忌引き規定」によって各団体などで定められています。期間は短くても集中すればいいのです。 世間との関係を断つから寺社への参拝も神棚への奉仕も出来ません。 つまり忌中は「してはいけない」のではなく「出来ない」のです。しかし中には無神論者もいるでしょう。彼らにとっては忌引きは単なる休みです。だから何をしてもかまわない。信仰を持つものはそれぞれの信仰に従って過ごせばいいだけのことです。 喪とは故人への弔意を表す期間・・これは神社本庁の冊子に書かれて居ます。サイトでも確認できると思います。 べつの言い方をすれば「心にあいた穴を埋めるための期間」です。(皇學館で先生が説明したのだそうです) 親しい人がなくなり、心にぽっかりとあいた穴。悲しみにくれる時間は他人に決められるものではありません。 悲しみを乗り越えて立ち上がろうとする人、ナカナカ傷がいえなくて沈む人。人それぞれです。 だから喪には期間などありません。だから忌引き規定には喪はないのです。 喪は「悲しみにくれて何かをしようという気になれない時間」だから喪中は「してはならない」のではなく「する気になれない」のです。 つまり悲しみを乗り越えて前に進もうと決めればそれが「喪明け」です。 6月に亡くなったのであれば最大50日を過ぎていますから忌中ではありません。 喪はあなたの心情ですから、年賀を出すも出さないも自由です。それは寒中見舞いも同じことです。 別段、寒中見舞いに書く内容などありません。「寒中お見舞い申し上げます」で十分。せいぜい近況を知らせればいいだけです。 メールというのは極親しい間だけに通用するもので、手紙や葉書の代用にまで認識は高まっていません。 それに「すぐ見なければいけない」とか「返事をしなければいけない」という常識も非常識です。 もともと文書は封書であるものです。正式な礼法からすると年賀葉書も失礼なものなのです。 年賀の挨拶は直接あってすべきものであり、相手は目上であれば多少の距離は出向くべきものです。 つまり正月中に会える上司にだすのは失礼でしかありません。 年賀状はなかなか会えない人に直参の代用として出すものであり、「あけまして」という表現は元日に書くものだからです。 暮れに出すのはあくまでも郵便局の都合でしかありませんから忌中も元日が何日目かで数えます。出す日ではありません。 さらに「年賀状」の「状」は封書を意味します。日本では通信の礼法では封書が第一となっています。葉書は略式の通信ですから目上の人に葉書で済ませるのは失礼に当たります。 つまり正月に会える上司に年賀葉書を送るのは「直接会える距離だけど、面倒だし、封書にするほど長く書くこともないので葉書で済ませます」と言っていることに等しい訳です。さらにメールともなればそれ以下ということになります。 (ちなみに喪中の人に年賀状を出すのは失礼ではありません。前述のように喪には定まった期間はないからです) これはあくまでも基本的知識ですから、現代においてどのように考えるかは個人の自由です。 しかし最悪、目上にメールで出した場合、最低の行為に捉えられる可能性はあります。 でも逆に上司だからと言って常識を知っているとも限りません。むしろ多くは「一年服喪」という迷信を信じている可能性の方が高いことも確かでしょう。 真の知識があるものであれば、間違っても受け流す度量があると思います。 後は貴方の自由です、正しい知識を知って自由に振舞うのと知らずに振舞うのでは全く価値が異なります。 これで貴方は正しい知識の上で自由に振舞えるのです。

chi-1
質問者

お礼

お役に立ちました ありがとうございました。

chi-1
質問者

補足

ありがとうございます。 相手の家の都合上葉書を出せなくて喪中ハガキを手渡ししました。寒中見舞いをメールでの挨拶はいけないのでしょうか。今は手渡しもできない状況になっています。その方とは親しい間柄だったのですが会うことさえ不可能に近いものがあります。時期を待った方がいいですか。

  • mukaiyama
  • ベストアンサー率47% (10402/21783)
回答No.1

寒中見舞は、年賀状の代用品では決してありません。 暑中見舞と同じ季節の挨拶状です。 あなたがその人たちにいつも夏には暑中見舞を出しているのなら、寒中見舞も出せば良いです。 暑中見舞など出したことがないのなら、寒中見舞は唐突です。

chi-1
質問者

お礼

ありがとうございました。 参考になりました。