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「気を使い過ぎ」の基準が分からない
- 最近、プライベートでも周りに気を使い過ぎたり卑屈になりすぎたりしている自分から抜け出せなくて困っています。
- 気を使い過ぎている例としては、飲み会で他の人よりも早くお箸やお皿を回すことにこだわったり、会話で相手の深いところに踏み込まないように注意していることなどが挙げられます。
- 一方で、気を使い過ぎ過ぎずに適度な距離を保つことも大切です。例えば、友人とのメールのやり取りで頼みごとやお礼をすることが多いと感じる場合は、適度な距離感を保つために配慮することが必要です。
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小手先のテクニックに走りすぎです。 言葉とか、気配りみたいなこと、大切なことではありますが それは非常に表面的なことにすぎません。 あなたの魅力を薄っぺらいものにしてしまって、はっきり言って逆効果です 何か、気配りをしたいのであれば、もっと相手のことをよく見ることです。 意識が、自分に行きすぎています。「自分がどう見られているか」というところに意識が行きすぎているという意味です。 もっと、相手をよく見て、観察する時間を持ってください。 もし相手が困っていれば、手を差し伸べてください。 自分で箸がとりたい人も、いるのよ。そんなに気負わなくても、大丈夫。 人は、鏡です。あなたのその緊張感は、相手にも伝わります。 あなたが友達と一緒にいる時、楽しめているか?リラックスできているか?それが一番重要。 あなたが本当に楽しんでいれば、相手も楽しいはず。どうぞ、がんばらないで。気楽にやんなよ。
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- h_bopper2002
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質問文自体が大変気を使っていてちょっとおもしろかったです。思いついた例を書いてみます。 「気が利かない」 会を終了しようとしているのに長々と会話を続ける。 「図々しい」 たくさん注文してひとりで飲食したひとが、かたくなに割り勘を主張する。 「反抗的」 みんなで入る店が決まっている状態でお店の文句を言い続ける。 「気を使い過ぎてる」 誰かの飲み物が空いたら必ず気づいて注文を促す。 「若干卑屈になりすぎてる」 常に「どうせオレなんて…」というスタンスで話をする。 と書きましたが、じつのところ本質的には受け取る側の考え方によってとらえかたが異なりますので、一般的な基準を設定することは極めて難しいものと思っています。以前は自分にもご質問のような悩みがあったこともありましたが、他人の価値観を全て考慮して振る舞うことはほぼ不可能であることが分かり、そのあたりは気にしなくなりました。きっと、ある人には「あいつは気が利かない」と思われ、同時に別のひとには「あいつはさっぱりしている」と思われていることでしょう。 もちろん自分が仲良くしたいと思う特定の人に対しては、いい印象を持ってもらうためにその人の受け取り方を推測して、振る舞いを変えることもあります。それは例えば粗野な言動で大胆に踏み込んでいくことも含まれます。
お礼
具体例もあげていただきありがとうございます。参考になります。
- yaasan
- ベストアンサー率22% (2725/12280)
おはようございます。 明確な基準はありません。あえてできるだけ簡単に書くと意識 しまくっているかどうかが相手に見えるかどうか、です。 特に気にせずに行動したら「気が利かない」と思われてきた。 意識して気を使ったら「気を使いすぎ」と言われる。それは あくまで相手の基準であり、その相手とは無数にいるわけです。 そう思わない人もいます。 相手に合わせようとしても限界があるわけです。 そうなるとどうするか、自分が納得する落としどころを決めるしかない です。初めは慎重に気を使いすぎるぐらい使って、ここまですると 気を使いすぎ、と露骨に思われている事が解れば、少し引いて 辞めて、また気を使っていないと露骨に思われていることが解れば、 少しは気を使う。 これを繰り返す事で、徐々に自分の中での適当な気の使い方が 完成に近づくと思います。 相手との関係や元々の性格など、「気を使う」事は本当の正解は ありません。自分の中で基準を作って、それが大きく合わない 人は元から合わない人と割り切って、自身を貫くしかないと 思います。
お礼
早速のご回答ありがとうございます。ケースバイケースで試行錯誤を繰り返す必要がありますね。ありがとうございます。
お礼
すみません、まだしばらくはてんぱってしまうかもしれませんがもう少しリラックスしてみます。自分が気を張っていたら相手にも伝わることを失念していました。ご指摘ありがとうございます。