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現在での同和差別について
中学(千葉県の公立校)で同和差別についてのビデオ学習を受けたことがありましたが、 今でも差別を受けたことをいま一つ理解できませんでした。 また、週刊誌に大阪府知事の橋下徹が同和出身の成り上がりだと揶揄されたり、 ネット気に入らない有名人を同和出身認定をすることがあるのですが、 現在でも同和差別が残っているのでしょうか? 具体的にどのような差別を受けているのでしょうか? 差別意識は昔より大分薄れたのでしょうか?
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>現在での同和差別について ↓ 私見<順不同> ◇現代の格差社会や不況・雇用不安・デフレの深刻化を前にして、出自や身分階級による古典的な差別ですが、一部を除き同和問題は死語・形骸化している。 ◇薄れ、忘れているのに、同和教育とか同和問題を穿り出したり、問題提起するのは、寝てる子を起こす、歴史的な過去を持ち出して、怨念や差別を想起するのはゾンビの復活のような事だとする意見と差別されて来た人や住民からは消えぬ恨みと不当な人権侵害を告発したり、今尚、その差別の残滓が就職や婚姻等で散見されるとする意見もある。 無視・放任すれば自然消滅するという訳でもなく、中途半端に教育すれば誤解や偏見やイジメの助長に繋がるリスクも孕み、扱いに様々な意見があって、難しくデリケートなテーマーである。 ◇差別した人は忘れ易く、差別を受けた人の怨念は消え難い。 しかし、一部では臭い物に蓋的な行政の対応で、同和枠での就職の優先採用、生活保護等でのお手盛り審査のような過剰な優遇とか逆差別という事例も多く発生している。 ◇同和と在日はマスコミや宗教でも一部でタブー視され、正面から取り上げられたり論議される事は少なく、それが、匿名性の強いネット世界や地域の人々の暮らし・コミュニティ・深層心理の中では却って陰湿・誤解・疑心暗鬼から相互不信を招きトラブルの因にも成っている。 ◇個人的には、個々の人物に責任は無く、出自を自由に決めたり選べない中で、いわれ無き差別や中傷だと思うが・・・ 出自が差別を生むのではなく、差別によって生活苦・就職難・恋愛結婚のトラブル等を齎し怨念を生むのでは・・・ また、一部の凶悪事件や犯罪者の弁護に背景に取り上げられる事で、同和問題が実態以上に危険視・問題視され、「やっぱり」「なるほど」「危険な集団」と因果関係を意識させている面もある。 >現在でも同和差別が残っているのでしょうか? 公式・表面的には殆ど残っていない。 しかし、当該集落や住民の多い地域(住民移動の少ない地方都市&田舎)では、高齢者や昔からの住民を中心に冠婚葬祭では根の深い差別意識が残っていると思われる。 また、企業や銀行での社員の採用、取引での与信限度とか融資貸付審査では闇リスト表(同和部落の区別明記)の存在も指摘されている。 >具体的にどのような差別を受けているのでしょうか? <例> *縁談での身辺調査や釣書でのチェックポイント。 *就職採用・融資可否 >差別意識は昔より大分薄れたのでしょうか? 世の中全体に近所付き合いの空疎化・住民の移動頻繁化・固定的な身分差別(庄屋・地主・小作人)の解消・拝金主義や学歴や知名度等の色んな角度と分野からのモラトリアル&モラルハザードが進み、日常では同和問題は死語・過去の因習・無関心に成っている。 しかし、逆に言えば、為にする差別や人格攻撃には格好のネタとなり、虚実入り乱れての暴露合戦・ネガティブキャンペーン・スキャンダル捜しetcには深く陰湿に語られ投稿され批判の材料に成っている面もあります。 故に、必ずしも大分薄れたとは言えず、表面上は消えかけているが、内包・潜伏しての悪用&悪質化は増している観もある。
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- hekiyu
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残っていますよ。 東京などなら、判りませんが、地方へ 行くと残っています。 顕著に現れるのは結婚ですね。 一流企業への就職も差別される、という 話を聞いたことがあります。 勿論差別はいけないことですが、近年の 差別問題は、差別を利用して、甘い汁を 吸う人がいる、ということです。 そういう人がいるので、やはりあいつらは、と いうことになり、差別が無くならない。 差別が無くならないから、それを利用して 甘い汁を、という関係になっています。 私はこれが一番の問題だと思っています。 心ある部落の人は、そんな甘い汁を 受け付けません。 そんな人は、同じ部落仲間から仲間はずれ にされています。
お礼
丁寧な回答ありがとうございました。 差別問題の中に、逆差別が含まれることが解りました。
補足
>近年の差別問題は、差別を利用して、甘い汁を吸う人がいる、ということです。 これはいわゆる逆差別という物でしょうね。 差別を盾にする人がいるからこそ、かえって差別されるということでしょうね。 差別意識を無くすには、被差別者の態度を改めることだと思います。
関西のものです。 隣の学区に同和地区があり、小中と部落差別に関する教育を受けてきました。 私の周りでは、あからさまな差別はなくなっていますが、偏見として持っている人はいます。 「○○さんの奥さんは地区の出身だから目がきつい」と、当然の様にいうおばさんもいます。 地区の女性との結婚を反対された人も知っています。 また、 http://okwave.jp/qa/q6090629.html http://okwave.jp/qa/q4612787.html http://okwave.jp/qa/q3802362.html これらの質問のように、関西以外でも結婚に関して悩む女性がいるということは、日本中で差別意識が残っているということではないでしょうか? 職業差別・就職における差別については、目の当たりにしたことは無いのですが、先に書いたおばさんのように「地区出身者だから~~」という目で見られて居辛くなる事はあると思います。
お礼
回答ありがとうございました。
補足
>「○○さんの奥さんは地区の出身だから目がきつい」と、当然の様にいうおばさんもいます。 私も予備校の先生(関西地方出身者)が小さい頃に、「あそこ(同和地区)の子と遊んじゃ駄目よ。」と言われたことがあると聞いたことがありました。 未だに地方では、井戸端会議レベルの差別があるんですね。
- kofusano
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酒の席でその場にいない人の悪口を言うようなもので人間社会ではなくすことは出来ないものなのかもしれませんね。私自身は今まで暮らした周りには具体的に同和などというものを感じたことは無いです 東北の出身ですが。
お礼
回答ありがとうございました。
補足
>私自身は今まで暮らした周りには具体的に同和などというものを感じたことは無いです。東北の出身ですが。 東北地方では同和地区出身者への差別意識が薄いことなのでしょうか?
- mekuriya
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この問題は歴史を学ばないと理解できないでしょう。江戸時代には村の数が6万とも7万とも存在したといわれています。日本人は農耕民族といわれるように、伝統的な生業は農業なのです。でも現在の日本では農業に専業している人は必ずしも多くない。だから農業と聞いても全然ぴんと来ない人も多い。 村というのは自治の単位であり、年貢を領主に納める単位です。江戸時代の領主は大名や旗本といった武士階級です。村は一括して領主に年貢を納める。だから北川村は500石とか南川村は600石といった具合に村単位に年貢として納める米の量は決められていました。その年貢の取りまとめ役が庄屋と呼ばれた人でした。一人の庄屋が面倒を見れる範囲は限られています。だから江戸時代の村は規模が大変小さい。人口500人ぐらいが普通で大きな村でも1000人程度に過ぎません。そういう小さな村が日本全国に6万とも7万ともあって、同じ数の庄屋が納めていたのです。自治ですから、村の決まりは、それぞれまちまちです。ほとんどの村民は一生同じ村で過ごします。同じ村で生まれて同じ村で死ぬのです。先祖代々、受け継いだ田畑を捨てる人はいない。捨てたところで、他の村で食べていく手段などないのです。だから人々にとっては村が全てです。天皇がどうの、将軍がどうの、大名がどうのなんて全然関係ないのです。今年は米が取れるだろうか。台風は来るだろうか。雨はいつ降るだろうか。そんなことだけが関心事の全てです。神社主催の相撲大会とか盆踊り大会でもないと、隣の村人と知り合う機会すらないのです。 しかし学校では6万、7万の村の歴史をいちいち教えることは出来ません。時間がいくらあっても足りないし、そもそも村ごとの歴史が解明されているわけでもないのです。どんな学者や歴史家にとっても時間が足りなさ過ぎるからです。だから歴史の授業では、幕府がどうしたこうしたの江戸の三大改革だのとごまかしているわけです。 ここで本題です。同和差別の歴史は、そうした6万、7万の村ごとの歴史だったということをまず最初に理解する必要があります。だから、ほとんど何も解明されていないのです。多くの学者が一生の研究テーマにしても解明しきれない。村の歴史は地域の歴史家が研究しているだけです。といっても村ごとに史書を編纂したわけでもないので、ほとんど何も分かりません。 明治以来、そうした村は何度か合併を繰り返して市や町に昇格して、村の数は減りました。しかし、そこに住み続けている人達がいなくなったわけではないのです。 >現在でも同和差別が残っているのでしょうか? >具体的にどのような差別を受けているのでしょうか? >差別意識は昔より大分薄れたのでしょうか? それは誰にも答えられない問題です。なぜなら6万、7万の村の歴史、事情に通じている人などどこにもいないからです。ないものねだりです。 もう一つ現代人にとって理解しがたい事情がある。それが家という概念です。江戸時代に個人という概念はない。例えば武士の主従関係は、個人と個人の主従関係でなく、家と家の主従関係だった。だから徳川将軍家と前田家が主従関係だということは、徳川将軍家と前田家でそれぞれ当主が隠居して世代交代しても、原則的に主従関係は継続するのです。それは村民にとっても同じこと。田畑は個人に所有権があるのではなく家に所有権があるのです。これも世代交代すれば当然にして継承される。 継承されるのは財産だけでなく、契約、権利、義務、借金、褒美、名誉、罪といった抽象的な要素も全部継承されるのです。それが家です。何代前か分からないような先祖の名誉を親から子へ、子から孫へ延々と継承するのです。家が続く限り、それは続く。 現代では家の概念はすっかり薄れたといえど、地域によっては必ずしもそうではないのです。 そろそろ話が見えてきたでしょうか。同和差別とは村に残る家に継承された罪だったということです。 罪といっても現代人が考える犯罪とは限りません。例えば、庄屋の命令に逆らったとか、一揆に加わらなかったとか、そんなことも罪になってしまうのです。あるいは村の祭りごとに非協力的だったとか、ゴミだしの日じゃないのに、ゴミを出したといったことだったのかも知れません。一人だけ年貢の分担分を納めなかったといったことだったのかも知れません。しかし、時代が進むとなんだったのかもはや誰にも分からなくなってしまいます。「昔昔、この村ではこんなことがあって、あの家はこれこれだったんじゃ」といったことだけが語り継がれ、時期が経つともうそんな話も語り継がれなくなって、「どうもあの家はあれあれだったらしいな」という風に変わってきます。そういうことが同和差別だったのです。 明治になって、明治政府は解放令を発して身分差別を止めさせようとしました。旧弊を改めて、国民一丸となって文明開化・殖産興業・富国強兵に励みましょうというのです。しかし、そういわれても人々の意識改革はそうは簡単にはいかない。だから解放令反対一揆が起きました。一揆といっても被差別民に対するテロ犯罪といっても良い。暴虐な事件が各地で散発的に起きました。マスコミが煽ったわけではない。マスコミなど、その時代には存在しない。誰が首謀したでもない。普通の村民が自発的に参加したのです。酒を売ってくれ、いやお前には売らない、そういわずに売ってくれ、いやだお前にだけは売らない。そういう子供の言い合いみたいなちょっとした騒動が村中を巻き込む大喧嘩となって事件に発展した例もあります。理解できないというのは簡単だし、歴史を知らない現代人にはむしろ理解できないのは当然であるのかも知れない。 歴史は幕府が作ったものではないし、武士が作ったものでもない。一人一人の村民が作ったものなのです。一人一人が自分の意識に正直に従って、行動した結果が歴史なのです。 現代の歴史教育は、嘘ばかり教えている。学校では徳川幕府が身分制度を作ったかのように教えています。しかし、それは大嘘なのです。徳川幕府は、それぞれの村で解放令反対一揆のような騒動を起こしたくなかった。被差別民が非道なテロの被害者になることを防ぐためです。 差別意識とは何か。それは自分は彼らとは違うのだ。一緒に扱われるのは真っ平御免だ。そういう意識です。その意識が解放令反対一揆を起こしてしまったのです。徳川幕府は人々の意識を号令一つで変えることなどできないとわかっていた。どうすれば戦国時代に戻さないで、人々が平穏に暮らすことができるだろうか。そう考えて、知恵を振り絞って生み出したのが江戸時代の身分制度です。 明治政府は江戸時代の古い制度を次々に改めて、欧米に倣って近代化を図ろうとしました。もはや武士だの町民だの村民だのという時代ではないのだ。もはや南川村、北川村といった時代ではないのだ。これから日本人は帝国臣民として、皆で協力して、弱肉強食の国際社会で生き抜いていくしかないのだ。それが明治政府の近代化政策の骨子です。 しかし江戸時代の意識を捨てられない人々は、解放令反対一揆、血税一揆、学制反対一揆、地租改正反対一揆と何にでも反発して暴力に走った。陸蒸気が走ると米が取れなくなると思い込んで鉄道敷設にも反対した。 では21世紀になって、まだ江戸時代の意識の人がいるのだろうか。分かりません。他人が何を考えているのかは誰にも分かりません。戦後、日本人は帝国臣民という意識を捨てました。その意識の結果が悲惨な戦争だったと反省したからです。では帝国臣民ではないなら、私達はいったいなんなのだろうか。日本国民です。では日本国民とは何なのか。そういう疑問の表れが、1970年の『日本人とユダヤ人』 ブームでありました。 これからの日本を作るのも一人一人の意識です。そういうことも考えていただきたい。
お礼
丁寧な回答ありがとうございました。
補足
同和差別は日本国内の村や集落の歴史、家の因習から生まれたものだとは知りませんでした。 また地域によって、家の因習が根強く残っているゆえに、同和差別につながっていることが解りました。
- Willyt
- ベストアンサー率25% (2858/11131)
残念ながら関西以西ではまだ残っていると言わざるを得ない状況です。しかし、官民挙げての努力のお蔭で少しずつですがなくなって来ていますよ。関東以北では問題ないかというとそうでもないのです。北海道ではアイヌ族への差別がありますね。人間には差別をしたがる悪い性癖があるようで、これを理性で抑える努力が必要なのです。学校や会社でのイジメも同根のものかも知れませんね。
お礼
回答ありがとうございました。
補足
>残念ながら関西以西ではまだ残っていると言わざるを得ない状況です。 >しかし、官民挙げての努力のお蔭で少しずつですがなくなって来ていますよ。 確かに同和地区出身者への公的な差別がなくなりつつあると言われていますが、 関西出身の予備校の先生の話で「あそこ(同和地区)の子と遊んじゃ駄目よ」と親から注意された話や、 他の回答者(関西地方の方)でも「『○○さんの奥さんは地区の出身だから目がきつい』と、当然の様にいうおばさんもいます。」とあるように、偏見を持っている人もいるとありました。 >北海道ではアイヌ族への差別がありますね。 北海道でのアイヌ差別と西日本の同和地区差別とは少し違うような気がしますが…。
- ShowMeHow
- ベストアンサー率28% (1424/5027)
就職、結婚などの際に気にする人は気にする。 在日と同じような感じかな。 昔より話題に上がることが少なくなったことは事実だと思う。
お礼
回答ありがとうございました。
補足
>昔より話題に上がることが少なくなったことは事実だと思う。 地域によっては同和地区への差別意識が残っているのと、そうでないものがあると言うことでしょうか?
お礼
丁寧な回答ありがとうございました。 「表面上は消えかけているが、内包・潜伏しての悪用&悪質化は増している観もある」というのが、同和地区への差別だと解りました。
補足
つまり、同和差別は局地的なものでもあり、 ・寝た子を起こすような同和教育 ・公的な逆差別 ・マスコミがタブー視すること ・高齢者や昔からの住民を中心に冠婚葬祭では根の深い差別意識 ・差別による生活苦・就職難・恋愛結婚のトラブル と様々な問題が複雑に絡み合っているために、 未だに根強く差別意識が残っているのだと思いました。