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バブル経済について
日本のバブル経済とは大体どの期間を言うのでしょうか その期間特有の経済現象は、大体で良いです。教えて下さい。
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バブル経済の発生と崩壊は次のような流れです。 【公定歩合引き下げ】 1985年のプラザ合意(米国の貿易赤字を減らすためにドル安にする合意)以来、日本銀行は金融緩和を大胆に進めました。 また、円高により国内の輸出産業が打撃を受け、 不況をおそれた政府は新しい景気刺激策を打ち出す必要に迫られていました。 しかし、財政再建途上にあった大蔵省は国債増発による景気刺激を嫌い、金融緩和による景気刺激を考えました。 そのため公定歩合は記録的低水準である2.5%にまで引き下げられました。 また内需拡大のために公共事業の拡大などに踏み切りました。 【低金利政策】 その結果、円高不況にあった日本経済は、1987年半ばに景気回復の兆しを見せ始めました。 ところが、1987年10月のブラック・マンデーによるドル暴落防止のため、さらに日本は低金利政策を維持する必要に迫られました。 景気回復の傾向があるのにもかかわらず、低金利政策を続行しました。 【バブル期】 低金利政策を1987年2月から1989年5月まで、2年3ヵ月もの長期間にわたり継続したことが、 バブル経済における原因の1つになりました。 株価は急騰をつづけ、地価も上昇傾向を示しました。 この時期がバブル期と呼ばれます。 【過剰流動性】 低金利政策のもとで通貨供給が増大し、 過剰流動性は株・土地などの資産購入に向かいました。 低金利で借りたお金で生保、建設会社は土地の購入で利益を得ようと買占めに走りました。 金利低下による資産価格上昇の他に、 企業業績回復による配当・キャピタルゲインの期待によっても、株価上昇をもたらしました。 低金利が2年以上続いたため、値上り期待が値上り期待を生むバブルの様相を呈しました。 高騰した日経平均株価は、1989年12月29日に3万8915円の最高値を付けました。 しかし1990年に入ると大きく値下がりしました。 こんな流れです。 下記のサイトが参考になるかと思います。
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今もそうだといえばいえるでしょうね。 デフレバブルです。 だいたい定義がないもの。
お礼
バブルの後遺症ですかね。韓国経済は立ち直りが早いと言うのに、ワールドカップの差でしょうか。有り難う御座います。
- damejan
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経済について全然詳しくないです。 「バブル景気は、1986年11月から1991年2月までの51ヶ月間続き、1987年度から4年間の実質GDP伸び率は4%を超えました。」という始まりで、参考URLはバブル景気について解説してます。
お礼
早速の回答有り難う存じます。勉強になりました。URLも有り難う御座います。
お礼
有り難う御座いました。大変勉強になり、又素敵なURL を本当に有り難う御座いました。