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鳥取県西伯郡日吉津村は、大企業からの法人税により財政が潤っているにも拘らず何故単独で中学校を創立しないのでしょうか?
鳥取県西伯郡日吉津村は、王子製紙米子工場、イオン日吉津等からの法人税により財政が潤っているにも拘らず何故単独で中学校を創立しないのでしょうか? 日吉津村内の中学生は米子市に在る米子市日吉津村中学校組合立箕蚊屋中学校に通っているようです。 理由を御存知の方は御回答を宜しく御願い致します。
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補足
御回答有り難う御座いました。 >昔、日吉津村、隣A村がありました。 調べたところ、「隣A村」は旧西伯郡巌村だそうです。 日吉津村は明治以来一度も合併してないんですね。 西伯郡 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E4%BC%AF%E9%83%A1 >共同オーナーとはいえれっきとした日吉津村の中学校があるのに、あの人数の為に今更単独の中学校を建てる理由は無いです。 例えば、箕蚊屋中学校の分校や別校舎として日吉津村内に敷地を設けるという話は今迄に持ち上がったことはないのでしょうか? Googleマップで日吉津村周辺を調べたところ、大字日吉津の辺りは箕蚊屋中学校に近いですが、日本海沿いの大字今吉の辺りは中学生が自転車で通うには結構な距離に思えました。 また小学校の場合は、西伯郡大山町や日野郡江府町や分校や別校舎があるようです(もしかしたら、町村合併前の旧自治体の名残かもしれませんが)。小学校の場合と中学校の場合とでは何か事情が違うのでしょうか? また、平成の大合併前に鳥取県内には日吉津村の他に福部村・佐治村・泊村の何れも人口3000人程度の4つの村があり、泊村は日吉津村と同様隣接自治体と中学校組合を設置していましたが、福部村と佐治村には村内に中学校がありました。同じ規模の自治体でも村内に中学校があったりなかったりするのは何故でしょうか?