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優しさと甘さの違い

こんにちは、質問させてください。 よく「優しい人がいい人」とか「付き合うなら優しさ最重視」とか言われています。 この「優しさ」の実態がなんであるか考えています。 私の中には「優しい行為」と「甘い行為」という位置づけがなんとなくあって、人によってこの感覚は大きく違うようだ、と思っています。 そして、私の感覚の中では世間の「優しい」は「甘い」と大いに混同していると思います。 うまく伝わるかわからないのですが、私は下記のような考えを持っています。 「最終的に相手のためにならないなら甘いだけでやさしくはない」 「他者に優しさを求める行為は【甘え】であり、それによってなされる優しさ的行為はやさしいのではなく甘いのではないか」 そのような考えについて、何がしか御意見や見解をお聞かせいただきたく思います。 1、あなたにとって甘さと優しさの決定的な違いはなんですか?   (可能であればですが、何か例のようなものをあげていただけると幸いです) 2、「甘いこと」はいいことだと思いますか?

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  • Kotori_D
  • ベストアンサー率36% (54/149)
回答No.3

1に対する回答として、相手を助け、できることを促すのが優しさ。何でもかんでも助けてしまうのは甘さと考えます。 相談の場合 ・相談を受けたときに、話をしっかり聞き、打開策を伝え行動を促す。ときには厳しいことも言うのが優しさ ・口当たりのいいことばかり回答し、YESマンになってしまう。変わりにいろいろやってあげてしまうのは甘さ 2に対する回答として、悪いことだとは思いません。 ただ、度が過ぎればどちらにとってもいい結果にはなりません。 たまには甘いのもいいんじゃないでしょうか? たとえば、特に理由もなく何かを他人に奢るという行為は、優しさではなく甘さと考えます。 でも、たまにはいいですよね?そんなところじゃないでしょうか?

noname#99579
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 「厳しいのも相手のためであれば優しさ」というのはよく聞きますし、実際そういうことも多いと思っています。 2についてはおっしゃる通り、と思いました。 確かに度が過ぎればどちらも良くないでしょう。バランスが必要なのかもしれません。

その他の回答 (6)

  • sakura-333
  • ベストアンサー率10% (952/8906)
回答No.7

1.甘さは自分のため、優しさは相手のため。 2.アメとムチも時には必要。 甘えを一切なくしたら、ギスギスした世の中になりませんかね?

noname#99579
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 この場合、鞭が優しさで、飴は甘さなのかなー、と思いました。 (直観的な意見なので変かも知れませんが…。) たしかに甘さ=悪と切り捨ててしまえばギスギスはしそうです。 程度とタイミングやケース次第って感じでしょうか。

  • 10pt
  • ベストアンサー率6% (21/341)
回答No.6

甘えている人間を自立させるのは優しさ。

noname#99579
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 「ニートを働かせる」とかいう意味であれば大賛成です。

noname#128488
noname#128488
回答No.5

答えになっていないかもしれませんが、、、 「厳しさの中にこそ本当の優しさがある」と考えています。 今世の中にあふれている優しさは、「優柔不断の代名詞」だったり、相手の事を本気で思っていない、「その場主義」が蔓延しているんだと思います。

noname#99579
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 昨今の「優しさ」はその場主義とか甘さにとってかわられていると思うことがあります。 一応は「相手のために」ということではあるのでしょうが、難しいですね。

noname#93166
noname#93166
回答No.4

無礼者をスルーするのは甘さ。更正させてやるのが優しさ。

noname#99579
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 ネットの世界ではややこしいことに対してはスルーするほうが正しいという傾向にあるように思います。 そうなると「正しい甘さ」と「間違った優しさ」というのがあることになる気がしますね。 面白いです。

  • sykt1217
  • ベストアンサー率34% (277/798)
回答No.2

#1です。 すみません。 Q2の方が回答になっていませんね。 2、私は#1,A2の理由から A.「いいことだとは思いません」 大変失礼いたしました。

  • sykt1217
  • ベストアンサー率34% (277/798)
回答No.1

本質的に、その相手の「ため」になるか否か、だと思っています。 例えば、 ・相手が重い物を持っている →代わりに持ってあげるのは「優しさ」 だと思います。 また ・一人でできるような仕事を手伝ってやる →相手が「手伝って」と言っているなら、手伝ったら相手の「甘え」であり、自身の「甘さ」 だと思います。 良い例が思いつきませんでしたが・・。 2、事と次第によりますが、「他人に甘い」というのは「その場凌ぎである」と私は思っています。 その場ではそれでよくても、それの最終形態がものにならなければ意味がありません。 対人関係は特にそうです。 その場は甘やかして育てても、将来わがままな大人になるかもしれない。世間知らずの大人になるかもしれない。 それは本にその当人のためになるか? なっていませんよね。 その場凌ぎで「いいよ」とか言って甘やかしても、その代償はいつかその当人、または自身で払うことになります。 この一連があるかどうかが「優しさ」と「甘え」の違いかな、とも思います。

noname#99579
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 本質的には私の意見と似ているのではないか、と思いました。 他人関係の中でも特に子育てにおいて重要な問題になりそうです。 「甘えて当然」というような意識が芽生えてしまったら困りもの、という気がします。

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