- ベストアンサー
悪魔の呼び水、不幸の呼び水
数々の旅人が幻の宝物を求め妖精の国を目指して旅立ちました。 妖精の国にたどり着けた人がいるという伝説は残っていますが現在は誰一人としてたどり着けません。 妖精の国への道のりに足を踏み入れるには森の入り口にある二つの泉の水を飲まなければいけません。二つの泉は“聖なる泉”、“不幸の泉”と呼ばれ、呑んだ水によって、 聖なる泉・・・妖精の国への道筋が見える 不幸の泉・・・天からの災厄がとめどなく降り注ぐ という効果が訪れると伝えられています。が、たどり着けなくなった理由は“聖なる泉”が“悪魔の泉”へと変化しているからです。実際に悪魔の呼び水を飲むと、 悪魔の泉・・・悪魔の囁きにより、あらゆる偶発的な人災を天からの災厄と思い込んでしまう。 という効果が訪れます。これらの効果は、もう一度、妖精の国への入り口のどちらかの泉の水を飲むまで続き、一瞬でも心が折れると入り口へ押し戻され(押し戻されると持ち物は残りません)、一度入ると二度と入れません。また、妖精の国までの旅路で起きたこと、妖精の国での事は入り口を出た時点で忘れてしまいます。 そんなこんなで、めっきり妖精の国に行って帰ってくる人間がいなくなってしまったのですが、最近、宝を持ち帰る事に成功した人間がいるとの事です。 さて、問題です。失敗した人間と成功した人間違いは何なのでしょう?
- みんなの回答 (9)
- 専門家の回答
質問者が選んだベストアンサー
- ベストアンサー
ええっ?完璧な推理の筈が脱字だったの?じゃあ、再挑戦。 あれ、一人ギブアップ?質問者が有利だと身にしみたかな? 失敗した人間は不幸の泉の水を飲んで天災が降りかかっても、あるいは正しい方を飲んでも、人災を天災だと考えて、従って不幸の泉だったと考えて、水を飲み直しに来て、を繰り返します。 成功した人間は一度しか水を飲まない。と決めていたので天災が降り注ごうがどうしようが戻らずに歩き続けた。と言う事でしょう。二人で行って、各々がそれぞれの泉の水を飲んで、二度と戻らないと決めていたら、どちらかは帰ってこれるのでは。 尚、もう一人の帰って来れない方はありとあらゆる天災に耐えながら今も彷徨い続けています、ある意味天才です。
その他の回答 (8)
- datf
- ベストアンサー率17% (15/86)
「両方の泉の水を飲む」 天からの災厄がとめどなく降り注ぎ、あらゆる偶発的な人災を天からの災厄と思ってしまいますが、自ら不幸の泉の水を飲んでいることを分かっているから、天災で心は折れることはないでしょう。
お礼
半分正解ですね。 覚悟で旅に望むのは正解なんですが、道筋が見えないという誤算が入る。しかも、降りかかる天災以上のものを感じてしまうので、両方を飲むという選択は望ましくないです。たどり着けるかもしれない。 ご参加有難う御座います。
補足
はい。では、一応用意しておいた回答を書きますと、 「旅人は、“二種類別の泉の水を飲むと森に入れなくなる”、“不幸の泉”、でなく、“試練の泉”と告げておき、“天から数々の試練が与えられるが、聖なる泉を選んだ場合よりも素晴しい宝が手に入る”と騙されていた。」 です。起きた事を、“災厄”と捉えるか、“試練”と捉えるかで、随分心の持ちようは変わりますよね?どうすれば心を折られずに済むかを考えつくした人間が伝説を捻じ曲げて旅人に継げた事が成功の鍵だったというお話です。そのおかげで、災厄にも全くテンションが下がんなかったんだとか・・・。 あ!ちなみに、例の旅人はこの人です。 体力自慢で、鍛えるのが好きなドMな所も幸いしていたんだとか・・・。 面白い!と思った人は、自分の部屋で「深イイ~!!!」と叫んでおいて下さい。
- mamaty
- ベストアンサー率29% (90/310)
おお、メルヘンタッチな問いですね。好みです♪ 童話も悪魔の辞典も大好きなので、思い切りヘソの曲がった誤解答をして進ぜましょう。今年はエイプリルフールにも何も出来なかったし。(ぉぃ) ふむふむ。 結局「聖なる泉」は昨今「悪魔の泉」へと変化して、偶発的な厄災を天災と思い込んでしまう様になって、「不幸の泉」を飲んだと思い込むような仕組みでしょうか? ということは、本人にとってはどちらの泉を飲んでも、結果は同じということになるのでしょうか? とすれば、答えは簡単。失敗した人間は妖精の国の存在を信じる人間。もしくは妖精の国の宝狙いの人間。 成功した人間は、妖精の存在など信じず、それどころか、妖精のような不確かな存在を何よりも恐怖する人間。妖精と出会うこと自体、妖精の国の存在自体が天からの厄災と感じる人間では無いでしょうか。 何でそんな人間が泉の水を飲んだかというと、恐らくそんな国など無いという証明の為ではないでしょうかね~。もしくは肝試し?恐怖心からの裏返しの行動、はたまた偶然森に通りかかって、謂れを知らずに飲んでしまった、それこそが天からの厄災だったのかも知れません。 違いは、簡単にいうと「(本心が)行きたいか、行きたくないか」ってことになりますかね。 ケケケ(笑) 草木も眠る丑三つ時に似合いの回答? お気に召すと嬉しいです。
お礼
>「不幸の泉」を飲んだと思い込むような仕組みでしょうか? そうですね。「聖なる泉」を期待した人間はまず道のりが判らないことでの落胆が入る。 “妖精の国の宝狙いの人間”・・・一応、妖精の国まで行って目的を達成した人が成功した人って定義です。 回答者さまは、“何をもって成功とするか”という着眼でしょうか?ある意味正解かもしれませんが、自分の意図とは違いました。 ご参加ありがとう御座います。
って、ギブアップします。(-_-;) クイズの途中での条件変更や誤字脱字です。が有りだとどんな解答も出題者さんの思いつき次第で変えようがあります。 私には出題者さんの思考全てを追い詰めるまでは自信有りません。 すみませんが降ります。m(_ _)m
お礼
ギブですか? じゃ、答え書いちゃいますね。
おぉっ!!凄い。 成功者無し。までは行ってたのですがソコには考えが及びませんでした。 >失敗した人間と成功した人間違いは何なのでしょう? 若干、日本語として不完全燃焼な感じがしますが負け惜しみですね。(笑)
補足
>日本語として不完全燃焼 ごもっとも。書き直し機能あればいいのに・・・。 趣旨が伝わらず残念。補足つけておいたので、暇なときにでも考えてみてください。 では! zzz...
あれ? >現在は誰一人としてたどり着けません。 >最近(←過去)、宝を持ち帰る事に成功した人間がいるとの事です。 ここも「います。」ではなく「いるとの事です。」で断言じゃないなぁ。 ということはまたトラップか。。。 多いけど面白いですよ。 一応、補足要求で入れておきますが補足はいらないです。(^^)v
補足
現在は誰一人としてたどり着けません。 → 現代は誰一人としてたどりつけないという状態でした。 とした方が伝わりやすかったでしょうか? またのご来訪お待ちしています。
>失敗した人間と成功した人間違いは何なのでしょう? って、人間違い=ひとまちがいですよね。 だから、誰も成功してないんじゃないの?まったくのひとまちがいで。 あるいは人間じゃなくて、ゴリラだったとか?でも、それは一回やったからね。
補足
・・・誤字脱字多くてすみません・・・。 人間違い → 人間の違い ちなみに、 聖なる泉・・・妖精の国への道筋が見える 不幸の泉・・・天からの災厄がとめどなく降り注ぐ という僅かな言い伝えしか知らない。という設定です。 またのご来訪お待ちしています。
とりあえず整理しながら考えてみると ・まずは森の入り口での二択。 ここで「不幸の水」を飲まなければ自分一人なら人災もたいしたこと無い、他に森にはひとはいないでしょう。 いるとすれば、「天から災厄がとめどなく降り注がれている人」だけでしょう・・・。 じゃないですね。 文章の中の他は全て断言なのにここだけ「伝えられています」とあやふやな表現になっています。 他の箇所同様「という効果が訪れます。」でないと確定はされていないということでここで飲むべきは「不幸の水」までは理解できました。 しかし、泉のある場所が森の入り口と妖精の国の入り口と離れているのがネックで・・・。 一箇所であれば飲み分け方法まで解決しますが・・・。 ちょっと考え直してきます。 ご質問文に修正があったら凄い時間の無駄となりますが・・・。 「一瞬でも心が折れると」の後で示されている「入り口」がどちらを指しているかはっきりしていないのもネックですね。 (ここにも何らかの思惑が含まれているとは思うのですが。) 起きている間に思いついたらまた来ます。 再見ヽ(^o^)丿
補足
補足しますね。 ・両方飲むと両方の効果が現れてしまいます。 ・悪魔の泉の真相は何が起きたか忘れてしまうので誰も知りません。存在も知りません。 ・入り口は森の入り口(泉の所)まで戻されます。 ・すいません、正しくは、妖精の国への旅路の入り口、泉はその森の入り口だけで、森に踏み込んで出て泉の水を飲むと効果は消えます。その間ずっとです。 そうですね、距離は往復100k位の険しい旅路だとします。 では、またのご来訪お待ちしています。
- au-W52SH
- ベストアンサー率12% (58/471)
楽天家か否か または 自分(自分は間違っていないということ)を信じることができる人か否か ですかね?
お礼
クイズに参加して頂いて有難う御座います。ここで、ネタばれはあれなんで・・・答えは最後に書きます。 一応、聖なる泉の水を飲んだとしてもそれなりにしんどい旅路なんだとします。
お礼
>決めていたので天災が降り注ごうがどうしようが戻らずに歩き続けた 正解。どう心が折れないようにするかがそれっぽければこの問題は正解です。そもそも災厄が前提で覚悟して旅立った人間は確かにしぶとそうです。 ちなみに、二人で出発ではどちらも道筋が見えない事で言い伝えに疑心が生まれ、彷徨う内にいずれ絶望する。一応、別々に旅するなら、比較のしようが無いので、降りかかる災厄の発生元・程度の違いに気付けないし、一緒にいるとどちらに対する災厄かわからないって感じです。