貴方は今自分自身について、或いは人生について、意識をしてずっと考え続けています。貴方のその状態の事を聖書では「アダムとイブが知恵のリンゴを食べて、天国から追放された。」と言う状態かと思います。或いは仏教においては「無明」と言って、自分自身が自分自身を悩ませていて、その原因が分からなくて、心が病んで行き普通の感情が湧き難くなっている状態、或いは生きて行く事が辛い状態「一切皆苦」と言う状態になっているのかも知れません。
人間の心が一つになって、何も見返りを求めなくてただそれだけで生きている様を「天国」と言う風に聖書には書いて有ります。それが幼子が天国に一番近い存在と言う意味になります。貴方の場合は、分別する心が働いています。貴方は分別で人生を見ています。
是は貴方が大人になって「知恵のリンゴを食べた」と言う事になります。この意味は、貴方にはもう子供時代のようには生きてはゆけない、と言う事を意味しています。分別で世の中を見ていると言う事は貴方とおなじょ事を考えていると言う事です。
何か行為をする時に見返りを求めると言う事になります。一つの事実が二つになってしまいす。是が二元論の始まりとなります。心が二つになってしまいます。天国に行くのか?地獄に行くのか?常に自問自答が始まると言う事です。心が二つになったと言う事になります。この事から何時も心が「漠然とした不安」に悩ませられるようになります。
今の貴方の状態はこんなものでしょうか?
この状態からの脱出方法が在ります。それは「禅」というものです。心が二つになったと言う事は「意識」をして世の中を見た。と言う事です。この意識すると言う事が不安を作っています。この不安と言うものに敏感な人達が作ったものが禅と言うものです。不安な心を安心に替えてきた歴史、或いは方法が禅と言うものの中には有ります。
人間の苦しみは、今を受け入れられない事から始まります。或いは今を認められない事、と言う言い方でも良いかも知れません。それ以前に自分には今を認めているものが居ます。その以前から認めているものと、認めたくないと思っている「自我意識」との意識のずれが、人間の苦しみとして、自我意識を圧迫しています。
貴方の場合は自分自身に敏感な人と言う言い方が出来ます。自分自身が自分自身に加えている圧迫が「生き難さ」という形で表れる事が在ります。是が体に出た場合には「自律神経失調症」と言う事になります。行動に出た場合には「神経症」と言う事です。心に障害として出た場合には「精神疾患」という形になります。
この事を打破するために登場したものが「禅」と言うものです。是は人間の心の不安を解消させるための究極のものです。人間の不安は脳の機能の使い方の誤りが原因です。是が無明と言う事になります。自分自身が分かっていないと言う意味です。
禅問答と言うものが在ります、是は一見無駄の事をしているように見えますが、違います。人間の脳には二つの人格が存在しています。この二つの人格のずれを自我意識が「苦しみ、生き難さ」と感じています。このずれを解消して。元の「幼子の心」のように二つに分かれた心を一つにする。と言う事を主眼としています。
禅問答の意味する処は、脳の機能の違いを分からせるところに在ります。自我意識の機能は分別する処です、論理的に計算をして組み立てて行く処に在ります。ですが人生は論理的に計算だけでは割り切れない処が在ります。この割り切れない人生を分別脳だけを使って割り切ってゆこうとする事に「限界と苦しみ」を感じています。
この限界を打破させるものが禅問答と言う事になります。禅問答が解けた時の心持に「いまさらお前は誰か?」と聞く必要が無い事になります。それは自我意識を不安にさせていた者との出会いと言う事です。
人間の苦しみとは有限の身である自我意識を、永遠の身である仏性、或いは、神が、その有限自体を抱きしめようとして、「遮られる」事を「苦しみ」として自我意識が感じていた。と言う事が分かるからです。
自分自身を知ると言う事は「神に会って和解した」と言う事になります。自分の苦しみの解消。心の矛盾の解消。と言う事になります。ここに至って、自分が感じていた限界の打破と言う事になります。これ以後心には恐れが無くなります。この事を貴方は望んでいます。是は貴方自身が自分の手でつかむ以外は有りません。貴方に足りないものが在るとすれば、それは貴方自身が、貴方自身に聞いてみる他は有りません。
自分で自分の心を狭くしているだけだからです。それは貴方自身だけが出来る事と言えるものです。
お礼
回答ありがとうございます。 こんな私にも一緒にいたいと思える人はいますが、いつでも一緒にいたいとは思わないのです。 いつでも一緒にいたいと思える人といつの日か出会えるのでしょうか? 昔大切にしてたものの一つに人形(消しゴム)があります。 布で拭いたり、確かに見返りを求めず大切にしていたと思います。 いつの日からか見返りを求める人間になってるんでしょうね。