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大人を絶対的悪、子供を絶対的善とする風潮
大人を汚く醜いものと位置付け、 子供を汚れがなく素敵なものと認識させる風潮。 また子供は何をしてもキラキラ輝いているもの、 大人は色褪せていくものという価値観。 私達は無意識のうちにこれらの考え方を推奨していますが、 これでは大人になりたがらない子供が増えるばかりではないでしょうか。
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>これでは大人になりたがらない子供が増えるばかりではないでしょうか。 なりたがらないというよりも大人になることに夢が持てないですよね。 自分は30代中盤ですが、子供の頃は大人に憧れを持っていましたね。 で、自分の周りだけかもしれませんが、 「大人が輝いていて、楽しい人生を送っていなければ子供が先に夢を持てない。 だからまず大人が変わってもっと楽しく仕事をして楽しい人生を過ごそう。」 と言う考えの人がずいぶんいます。 楽な仕事でなく大変かもしれないが自分が楽しく思えるように仕事をする。 自分が好きな仕事につくのでなく、今の仕事をワクワクドキドキ楽しくやるための創意工夫をする。 子供の頃の遊びって、疲れるし辛いこともあるし大変だけど楽しくなかったですか? 楽しいって基本的にはその楽しいものを手に入れるためにもの凄い労力を代償として差し出すものです。 しかし今の大人はその労力を差し出すことを億劫に思って安易に楽な道を選んでしまう。 だから大人が昔のように輝けない。 本来は大人になればなるほどできることが増えてもっと輝けるようになるはずなのに、自分で楽な道を選んで色褪せてしまっている。 そういう現状があるからそういう価値観を持ってしまっている人が増えているように感じます。 で、そういう楽な道を選ぶ人だからそういう批判は言うけど自分からそれを変えるための行動は起こさない。 基本的に子供は無邪気と言いますが、これって邪気がないのに虫や小動物を殺したり、とんでもない悪さをする、まだ善も悪もない存在。って意味なんですよね。 悪意がなければ悪いことをしても良いのか。 悪いことは悪意があるないにかかわらずその行為そのものがいけない。 そうちゃんと言わなきゃいけないのに、悪意がないのだからしょうがないと物分りの良い”ふり”をしている大人が多いのが問題なのでしょう。 無邪気である、汚れなき存在、そういうことは別に良いことではなくまだどうなるかわからない未成熟な存在って意味です。 全然素敵なものでは無い。 ただ、自分で良くない道を選んで、今もその道を変えないで進んでいる大人が増えてしまったので、未成熟でその道を選んでない子供を羨んでいるだけです。 羨ましいなら、今からでも道を変えれば良いのに、汚れていてもらくだからその道を変えよるつもりは無い。 もし、そんな考え方を推奨してしまっているとしたら、そういう楽しくない人生を歩んでいるのか、 自分の価値観よりも周りの価値観のほうを大事にしてしまって、他人の価値観に汚染されているかでしょう。 そうでなく、大人の方がもっと楽しい人生を歩いているんだぞ!と言えるようになれば、そんな風潮から脱却できて、そういう脱却している仲間が増えると思いますよ。
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- kanden
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子供は輝き、汚れがないものであり未来を託すべきで大切にする存在 であると言う風潮は確かに古今東西あったと思います。 しかし質問者さんがおっしゃる通り大人を貶める傾向は確かにあるみ たいですね。 又マスコミが醜い大人を取り上げ過ぎる事からその傾向に拍車をかけて いる様な気もします。
- ringox
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昔からそうじゃないですか? だから何も変わりはしませんよ。 実際、子供のころは汚いとされる箇所をペロペロされるだけで幸福を味わっている自分達をみればけがれているとしか思えないんじゃないですか。それは古今東西同じです。これ核心じゃないですか?
お礼
確かに昔からそういう考え方はあるように感じます。 ただ、最近は特にその傾向が顕著な気がするのです。
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お礼
テレビなどでむやみやたらに大袈裟な表現効果を使うことで 「大人は汚い」というイメージがより強く印象付けられていそうですね。 マスコミは調子に乗らず自重して欲しいです。