• ベストアンサー

夫婦でもなくセックスもない無私の愛はどこまで可能か

夫婦でもなく、セックスもない愛の関係であっても、夫婦であったり、セックスがあるときと同じように、お互いの仕事や生活のために相互に援助金を出すはずだ、今は私が経済的に自立していないから一方的にあなたが私に出すだけの形になるけれど、という「無私の愛」の考えの妥当性があるでしょうか?あるいは事例をご存知でしたら教えてください。

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
回答No.1

愛の定義を何処に置くかじゃないでしょうか? >今は私が経済的に自立していないから一方的にあなたが私に出すだけの形になるけれど 単純に話し合いによる両者合意の元の話なので、無私の愛とは別な気がします。 なので、今回の事例は無私の愛とは別だと思います。

elegantia
質問者

お礼

考えてくださいましてありがとうございます。「無私の愛」というのは、 資金援助を求められる側が、将来、今求める側から資金援助を求めることは ないと思うから、その限りで、今援助することは、全くの私心のない、愛だけによる行為となるからでした。

その他の回答 (6)

  • hyuuma8579
  • ベストアンサー率29% (326/1097)
回答No.7

質問の中で矛盾を感じたため、それゆえに即答出来かねている次第です。それを以下に述べます。 一、ここで言う「無私の愛」ですが、かなり強引というか、飛躍があると思われます。『夫婦でもなく、セックスもない愛の関係』が、無私の愛とイコールで結ばれるとは限らないからです。親子の愛や兄弟愛が理想上では確かに無私の愛だとわかりますが、実際は自己中な愛だったりすることが多いのではなかろうか?というよりも、人間が何に於いて最も自己中心になるかといえば、それは「人は愛に於いて最大の自己中心になる」と断言できます。男女の愛だけに限らず、愛というものは愛が高じて社会を恐怖や混乱に陥れる例は枚挙にいとまがありません。 それとは逆に「夫婦であったり、セックスがあるときの関係」だからといって、自己中心な愛なのだとも決め付けられません。むしろ、夫婦の愛の中にこそ無私の愛がありえるのです。 二、次は言葉の矛盾です。 「お互いの仕事や生活のために相互に援助金を出すはずだ」… ここでの「○○はずだ」などと決め付けること自体「無私の愛」からは遠い気がします。無私の愛が存在することとそれを押し付けることとは別な話では?無私の愛なればこそ、かえってこうすべきだとは要求しないはずでは? 無私の愛だけでは…理想の愛なのか現実の愛なのかの区別も判然としない上にその方の言動の矛盾… その方がどういうシチュエーションで言ったことなのかやその前後の脈絡などの情報がもう少し欲しいのですが。

elegantia
質問者

お礼

考えてくださいましてありがとうございます。「無私の愛」というのは、 資金援助を求められる側が、将来、今求める側から資金援助を求めることは ないと思うから、その限りで、今援助することは、全くの私心のない、愛だけによる行為となるからでした。

  • jamiru
  • ベストアンサー率5% (170/3044)
回答No.6

極稀に物好きがやってますねw こういう人は理屈を並べないでただ笑いながら援助してくれるもんだけどね。 常人じゃ理解出来ないから無私の愛ではないでしょう。 本人の直感で己の信ずるままに援助してるので超越した有私の愛ですね。

elegantia
質問者

お礼

考えてくださいましてありがとうございます。「無私の愛」というのは、 資金援助を求められる側が、将来、今求める側から資金援助を求めることは ないと思うから、その限りで、今援助することは、全くの私心のない、愛だけによる行為となるからでした。

回答No.5

親子関係みたいだな。

  • ayunchi
  • ベストアンサー率20% (35/169)
回答No.4

援助交際にしか思えない・・・っていうか  体もなし 夫婦でもなく っていう時点で 援助交際より 劣るよね。 先の約束もなく 自分が出せるかどうかのこともわからず 金をむしり取るだけの 酷い話だ・・・

  • acuna
  • ベストアンサー率14% (319/2259)
回答No.3

これって、無償の愛ではなく、金銭の授受についての質問ですか?。 苦笑の愛といわざるを得ない。 だまされているのかな?。 援助してもらっているのでしょうか?。 無償の愛とはほど遠いですね。

  • hunaskin
  • ベストアンサー率30% (1854/6060)
回答No.2

外見的に質問文のような男女関係ならよく知っています。 その例だと、しばしば経済力を失くすのは男性のほうです。 女性のほうに不満がないわけではないでしょうが、それを口に出す事はありません。 少なくともこの15年はそんな感じでも上手くいっています。