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最近の世の中って、、?
なんだか最近日本の世の中の『個性』というか、生活していくなかでの楽しみというか、これといって、ぱっとしない気がします。すごく希薄なような気がしてなりません。 たとえば、音楽にたとえると、ジャンルにしても最近はなにがはやっている?というのもよくわかりません。(ネットによりmp3が自由にDLできる世の中において、CDの売り上げも伸び悩み、なんとなく、作る側も方向性を見失いつつあるのでしょうか?) 『不況』で消費が寒いのが、モノを作る側の熱意を凍らせているのでしょうか?あるいはネットでデータとして得ることができるものが多くなりつつあるからなのでしょうか?(『モノ』から『データ』への消費形態の変換期にあるだけなのでしょうか?) これは私の単なる思い違いなのかもしれません。しかし数年前は少なくとも、これだ!っていうブームのようなものがあったような気がします。。個性は果たして今の日本に存在するのでしょうか? みなさんの意見をお聞かせください。
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- ninjaturtle
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ブーム、ありますよ~。去年からの韓流ブーム、マツケンサンバ2も流行っております。 まさか、韓国の芸能人がココまで日本のおばちゃん達に好かれるとは! あの松平健があんなにはじけちゃうなんて・・ ライブドアの堀右衛門とかいう人も今はやってるまっすよ。 わたしは良く理解できてるわけじゃないですが、人ごとだと思って買収するだのされるだの、おもしろがってテレビを見ております。毎日充実です! CDが売れなくなったのは、消費の構造が変化したカラではないでしょうか? 10年前までは、けーたいでんわもインターネットもなかったです。 主な買い手の中高生達はそういったものにお金ばっか使ってるからCDがかえなくなっちゃったんじゃないかなあ。
- jd800shin
- ベストアンサー率25% (5/20)
あの、CDが売れないのは世界的な傾向というのは少し過言です。というのは、ただの邦楽の衰退のいいわけにすぎないと言うこと。「不況だから売れない」とか「MP3があるから」とかそういうのはいいわけにすぎません。 私はいま、大学生ですが「音楽をネットDLしてる」という人間はきいたことありません。みんなにきくと「実物があったほうがいい」「レンタルのほうがいい」など全く興味ないようです。そして不況ですが、はたして今現在だけが不況でしたか?今はどん底ではないんです。ほんの数年前は週に数本ミリオンなんて当たり前でした。もちろん不況のまっただ中で。 今、「昔の曲を聴くこと、カバーをすること」がはやっているんです。 みんな良い曲は昔にある。「温故知新」だということ。80年代の曲がCMで使われ、さのアルバムがヒットし「インディーズが表に立ち」「メジャーはカバーで何とかしてる・・」 いま、「「流行の曲を聴くことが流行っていない」」のです。 音楽番組視聴率が取れないのでは次々と終了に追い込まれ、大衆の興味はどんどん流行邦楽から離れて行ってるばかりです。 現在CD売り上げを支えているのは「小学校高学年」と「30代」だけです。ここで、思うのが流行の渦の中心である、高校生から大学生そして20代という「本来なら流行の渦の中心である世代がCDを買いません」興味をもってくれない。 「どうせ、いい曲ない。終わっている。これというのがない。元~はなんか田舎っぽいし、エイベックス系はみんな似たようでツマラナクナッタ。つんくのバカな歌を聴くほど暇でもないし。ああ、90年代に戻りたいなー、あの頃はすごくよかった、いわゆるいいメロディー」 これが本音でしょう。 レベル低くなったよな。いや、確かにいい曲にしか、反応しなくなったんでしょうね。 「元とか、山崎とかユズとか、それぞれを確かに印象ずける歌詞、ストレートな詞はわかりますよ。芸術的な感じで。でも、音楽はそれだけではやっぱりツマラナイ」 音楽はやっぱり「音を楽しむ」と書くんです。サウンドの分厚さ、そこまでいい音メロディー。うん、90年代はそうだった。そしてこれからまた、そうなっていくはずです。 「「「「癒し系はもう終わりにちかいですね」」」 政治のV字が実現すればこの状況はますます加速していくでしょう。 保守的なことはもうやめよう「威圧的になろう」「このままではいけない状況」「大きな古時計歌うしかない情けない状況」「モー娘見てると疲れる状況」「浜あゆの肺活量のない状況」 実は中学生~20代は、いま90年代のヒット曲を見直すのが今の、流行になっているんです。 私の従姉妹が中学生なのですが、なんと「マイリトルラバーの曲を歌っていました、何で知ってるのでしょう」
なにか、日本人は個性がないというように言っているように受けとめられていますが、元々どんな人間にも潜在的に個性があるのは当然のことです。 元々、全く同じ人間などいないのですから。 でも、それが一見ないかのように見える。 「個性がない」とか「個性が希薄」というのは「個性があってもそれを発揮するのに十分でない、あるいは抑制が過ぎる」ということだと思います。 今の日本、やっぱりまだ個性を発揮するのにためらいや怖れを抱いている人は多いし、一般人が普段の会話の中で自分の政治的な意見や本音を表明することに罪悪感に似たものを感じているのは充分に感じ取られます。 例えば、私は市民だったら当然自治体や政府の理不尽な行いに対して抗議するのは当然だと考え、その通りに行動したとします。 でも、そのことを知人や友人に話しても、無視されて反応が返って来ないか、さりげなく話題を変えられてしまうか、忠告される場合が多いです。 これは日本の社会がまだまだ個人の当然持つべき個性の発揮を阻んでいる証拠だと思うのです。 特に最近、尖がっている人が少ないし、見た目みんないい子になってしまっているように見えるのです。 もっと自分の中にある個性というものに自信を持って実際の発言や行動に移してもらいたいと思います。 その結果、他人から「変わり者」と思われても、むしろ誉め言葉として受け止めればいいと思うのですが。 もちろん、日本のミュージシャンの中でも優秀で個性的な人は多いです。でもそのことが一般人にまで当てはまるかというと必ずしもそうではない。 某友好国のあまりにも単純すぎる時代錯誤的な過激な行動に対してもマスコミでさえ、充分に事実や背景を伝え切っていないし、ヨーロッパ辺りだったら、普通の市民の日常会話にもそういうことは当然話題として出てくるのに、喫茶店などでそういう話をしていると周囲から怪訝な顔をされてしまう。 自分の主張が相手と違ってもはっきり打ち出すことが人間関係を悪化させてしまうと勘違いしている人が多いのも事実です。 この間、ドイツの友人にこのことを話したら、ドイツでは考えられないことだと言われました。向こうでは会社の経営者の理不尽な扱いに従業員は黙っていないし、泣き寝入りなどしない。選挙の投票率だって平均で80%は当たり前だそうですし。 個性があるんだからそれでいいのだとは思いませんね。 もっと自分の個性を発揮しないと日本の将来は暗いですよ。 もちろん、これは全体の傾向としての問題ですよ。全部が全部そうではないのは当然ですけど。
- ikazuti
- ベストアンサー率27% (130/469)
『個性』=『他とは違うこと』ではありません。いつの時代、どんな場所にでも個性と言うものは存在します。 個性個性とまるで呪文のように唱え、気にしている人間こそ個性と言うものが欠落したものと思います。あまりそんなことを気にしすぎると、本当の意味でつまらない人間になってしまいます。 そもそも、流行やブームが起こらないということは、個人の価値観が多様化したためであると思うので、そういう意味では個性的なのではないかと思いますが。
ブームがなかったから個性がない気がする、というのは違ってる気がしますよ。よーく目をこらすと、邦楽なんか、宇多田ヒカルとか、元ちとせとか、個性のかたまりに見えますよ。でなきゃあんなに売れないでしょ。その他にもいっぱいいます。今日本の邦楽は本当にレベルが高い気がします。政治でも小泉純一郎さんはなぜ自民党総裁選でトップ当選したんでしょうねぇ?そしてなぜ総理になってからも80%近い化け物じみた数字をはじき出せたんでしょうねぇ? こんな不況だからこそ本当に実力のある人しか表に出てきてないんですよ。テレビとか見ると実力のある人ばっかりでそうは見えないかもしれないけど、よく見るとその凄さが分かりますよ。
え?! ワールドカップは、もう忘れてしまいましたか! WindowsXpの登場は、どうでしょうか? パソコンの変化は? 確か、昨年の今頃は、まだまだ、家電量販店の主流はデスクトップのCRTモデルだったと思います。今では、CRTはおろか、デスクトップすら、数台しか置いてないですね。ノートパソコンのオンパレードです。 CPUなんかも、去年の今頃では、1G辺りがハイスペック機であったと思います。メモリ、ハードディスク、価格、どれをとっても、激動ですね。 ちなみに、「常時接続」というのも、まだまだであったような気がします。それが、あっという間に普及し、「ブロードバンド」ですね。しかも、価格は、激安。 モデムで、つい最近まで四苦八苦していたのがウソのようです。 パソコンは、車と匹敵するくらいの金食い虫でしたが、今では、「家電製品」ですね。 今、熱い、北朝鮮との交渉はどうでしょうか? 星野阪神は、大ブームだったのでは? 巨人の優勝は?(これは、関係ないか。) イチローの活躍は?石井の強烈なヘディング(失礼)は? 平井堅の古時計?は、意表をつくなかなかのものでは? モノを作る側の熱意といえば、バブル期以上の、売上げを計上している、ト○タ自動車は? 等々キリが無いですね。 熱い人は、いつの時代も熱いです。 まだ、若いんですから、(若くなかったら、失礼)「最近の世の中って、、?」などと、現役を引退した老人のような事を言わず、やりたい事に打ち込んで、毎日、完全燃焼しませんか?時は非情です。 あと、個性は、いくらなくそうとしても、なくならないものです。一時的な流行で隠すことは、できますが........。
- cococham
- ベストアンサー率45% (10/22)
私は逆に「個性」を求めだしたから、goodtreasureさんのおっしゃる「ぱっとしない」状況になっているような気がします。 音楽の場合、昔は1曲流行るとみんなそれに群がって更に大ヒットしたりしましたが、今は各々好きなジャンルが確立していて、趣味・嗜好が分散化してるような気がします。 音楽以外にしても、メディアが多様化して、みんながみんな同じ情報を共有することが少なくなった気がします。 昔はテレビが最大の情報発信の場だったのが(ブームになるような話題に関しては)、今はネットで自分で情報をチョイスして得る時代に変わりつつあるのも原因のような気がします。 私は一過性のブームとか好きではないので、今の世の中にあまり違和感をかんじません。 なんかボキャ乏しくて上手く言えませんが…でも確かに、「勢い」が感じられないのは、ちょっと寂しいことかもしれませんね。
『個性』というのは英語でいう『individuality』のことですか? それであれば現在のというか明治以来の日本人はそれを持つことをむしろ避けてきたのかもしれません。 やることなすこと他の人間と同じであれば安心する。 だから、同じような柄のブランド物のバッグをみんなが持っているのに、何かオシャレをしているような錯覚に陥ったりするのでしょう。 これは先ほども言いましたように不況のせいでも今に始まったことでもありません。 ただ好況の頃は結構みんな羽振りがよくて強気なことを言っていたのが、今は長い不況で自分の意見を言うのもかったるくなっているのでしょう。 だから、先の『住基ネット』の問題もほとんどの人が受け入れたくないのに、それに表立って反対を表明する人は極少数派(=変わり者)なのです。 こんなことは先進国の民主国家だったら他では考えられないことです。 今は不況不況と言ってもまだまだ世界全体から見たら相当ぬるま湯に浸かっているのが日本の国民です。 でも個性が抑え付けられて(というか自分で抑え付けて)このまま行って個性を通り過ぎてわがままがまかり通るような国になったら末恐ろしい気さえします。 CDの売上後退に関しては世界的傾向ですね。 この10年くらい目新しい音楽が生まれてきていませんし、今流行っている音楽のほとんどが使い捨てのものだからレンタルで充分なのです。流行が終わった音楽を聴いていると「そんなのもう古いよ」って言われちゃうからかも・・・。 そんな他人の言葉も気にしないくらい自分というものがあればいいんですが。