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私の性格
私は以下のような性格の特徴をもっています。 自意識過剰で、妙なところで自己顕示欲が強く、 どこかひねくれていて、 非常に嫉妬深く、 自分の能力や容姿や体力など、客観的に見て普通としかいえないことは十分わかっているのに、自分より可愛い人をみると激しく嫉妬してしまう。 彼氏がほかの女の子(アイドルにさえ)を可愛いと言っただけで心が激しく揺さぶられてしまう。 人には負けたくないという意識があきらめと混じって妙な方向に曲がってしまったような気がします。 だけど私はそんな自分がいやです。 自分に自信をつければいいのか?とは思いますが根拠の無い自信は(自信につながるような部分が私にはないので)、ただの自惚れのような気がして許せない。 というか、自分をほめるとか認めるとか、自分をなにかよいものとして認識するという行為じたい、私には許せないんです。 たとえば、「私は思いやりがある」とか「優しい」とか思う行為は、どうしても私に許されることだと思えません。 私の希望は、自分がとてもくだらなく、つまらなく、しょうもなく、誇れるものなど無い、ささいな存在だと重々わかっているのに、それでも精神的に安定していられることです。 人を羨ましがらず、ねたまず、普通に生きていられること。 だけど無理でしょうか? いきなり申し訳ないですが、こんな私を分析していただけないでしょうか。客観的に、厳しくお願いします。 また、上記であげた私の性格の特徴はどうしたらなおりますか? アドバイスなどもありましたらお願いします。 自分てなんなんだろう?このままでいいのだろうか?どう生きるべきなんだろうか、自分をどうとらえるべきなんだろうか?と考えるとよくわからなくなってきます。 それに対して、なにかしら、ヒントになるようなことがありましたら教えてください。 わかりづらい質問でもうしわけないのですが。
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自分がいて他人がいる以上、人は意識的にも無意識的にも 比較することで自分の位置を確認しているようなところがあります。 一人だったらそんなことする必要ありません。 ねたみも嫉妬も、他人より上に立ちたいという欲求も自然なことです。 他人の芝生が青いのも、自分のほうが苦しんでいるような気がするのも。 mon-jirou様もおっしゃっている通り、 人はそのバランスを何とかとって自分を保とうとするのです。 (人をうらやむのを表に出したくないから隠す、とか) 自分が嫌い、という人に会うと私はいつも 「自分について考えている時間が長い、自分が本当は大好きな人」 なんだな~と感じます。 mon-jirou様の文章を読んで感じたことは、 しっかり立てていないのでは?ということです。 自信の有無もそうなんですが、 地面に立ったときにぐらついていませんか? きちんと腹に重心がきていますか? 自分の内面のことばかりに意識が行くと、 頭が重くなって重心がおかしなところに置かれます。 そしてバランスが悪くなり、気持ち的にも身体的にも 自分で自分を抑圧しているような状態になるような気がします。 少し自分を俯瞰してみることをお勧めします。 わかりにくいかもしれませんが、 要は空っぽになる時間を時々持つとか、 お風呂に長く入ってみるとか、 深く呼吸をするとか、そういったことで 自分の緊張を時々ほぐしてだらっとしてみたらどうかなということです。 直接の解決法にはならないかもしれませんが 呼吸を意識するだけで気分違いますよ。 騙されたと思ってやってみてください。 腹式呼吸でゆっくり大きく3回。
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- flyaway
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なんとなく共感できたので。私も昔は褒められるのが嫌いで、褒め言葉を素直に受け止められず、他の人と比較されるのが大嫌いでした。 質問や他の回答者様へのお礼を読んでいて感じたのは、質問者様は自信を持つことが悪いことと思い込んでいて、その思いが強いあまりに自分が自信を持たないよう自己暗示をかけている、ということです。昔の自分がまさにそんな感じでした。 でもわりと最近になって気付いたのですが、褒め言葉を受け入れることや自分に自信を持つことは、周りを見下しているのとはまったく違います。皆一人一人違う特徴があり得意・不得意や差があるのは当たり前のことで、得意なことがあればそれを認めるのは良いことだと思います。 ただし何かが出来る・出来ないで人間の価値が決まるわけではないので、得意な人のほうが偉いというわけではないんです。それさえ分かっていれば、自分に自信持っていいんですよ。 たとえば私はお料理が得意だと胸を張って言えますが、料理がまったくできない友達より人間的に勝っているとはこれっぽっちも思っていません。 誰にでも長所短所がありますが、人を上下に並べずに、横に並べてみては?皆それぞれ違う、でも対等。そう思います。
気になったことを一つ。 誰かが褒めてくれたらそれは素直に受け取っておいていいと思いますよ。 私が他人を褒めるとき、「他の人に比べて、この人の優れたところ」を探しているわけではないです。「自分にとって好ましいと感じる、優れたところ」を褒めています。 例えば、私の友人が「あなたって話の要点掴むの上手よね」と言ってくれたら、私の話の聞き方が少なくともその友人の役に立っているということだと感じて、嬉しく思います。 ただ、この友人の発言を「世間一般に誇れる私の能力だ!」と捉えれば、「まさか!もっと論理的にまとめる人だって山ほどいるよ!」と、腰がひけます(^^;) 友人たちの意見、誰かと比べて云々ではなくて、彼女たちが好ましく思ってくれているところだと思えば、少しは受け入れられませんか? そんな風に、第三者から見てとか、客観的にとか、話を大きくしないで、自分の大切な人たちに好ましいと思ってもらえるところを、まず見つめてみてはどうでしょうか?? >私の希望は、自分がとてもくだらなく、つまらなく、しょうもなく、誇れるものなど無い、ささいな存在だと重々わかっているのに、それでも精神的に安定していられることです。 >人を羨ましがらず、ねたまず、普通に生きていられること。 >だけど無理でしょうか? できたら、私もそうなりたいです。 ただ、仏教の経典や聖書に教えが書いてありそうなことですよね。人間にとっては永遠の課題なのかもしれません。 まずはそんなに話を大きくしないで、身近なところで考えてみては??そんな答えではダメでしょうか??
- dorce0000
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文章からの判断ですから、あなたにぴったりかどうかわかりませんが。自己卑下の激しい人って、自分に厳しいだけだと思われることが多いようですが、結果的に他人のことも正当には評価できてないし、結構差別意識の強い人でもあるんです。 例えば「大学ぐらい誰でも(?)入れるのに、落ちた自分は最低。他に長所も無いし、顔も普通だし、モテないし、自分が嫌いだ」という人がいたとします。その思考回路、自分では気づかないのでしょうが、「自分へ」とか「相手へ」という対象に関わらず、偏見の塊なのですよ。「大学に入れない人間なんて所詮価値が低い」「顔が普通ってサエない人間」「モテないなんてしょぼい」そういう勝手な価値基準で自分を見るならば、いくら意識化では「ううん、私以外の人にはそうは思わないわ。皆いいところがあるじゃない。」って思っているつもりでも、奥底にそういう本音がある以上、他人だろうが自分だろうが、「こうあるべき」という変な思い込みの枠があって、それに当てはまらない人や物を軽んじているわけです。 だけどそういう人は一見他人には寛容に見えますが、それは裏を返すと「自分が可愛くて他人から一目置かれたがって必死なために、ちょっとダメなだけで失望感が激しい、逆に他人なんてどうでもいいと思ってるから『あなたはそれでいいじゃない』と悪い意味で無関心」でもあります。 あなたは根拠のない自信は嫌だと仰いますが、若い人、成長過程の人の最大の勘違いは、自信=他人と比較して有利な点があること です。私は美人だって誉められるから、私は東大生だから、私は年収1千万だから、若い人はそれを「根拠のある自信」と勘違いしていますが、それは傲慢というものです。別に年収を誇って悪いと言っているわけではなくて、「自信」と「得意がること」の区別がついておらず、他者からもらった点数やレッテルの多い少ないを自信の有無だと思っていること自体が浅いのです。 そういう自分の心のからくりに気づくまでは、正直、お話を聞いてすぐにという訳にはいかず、その人なりの必要なきっかけ、時間、出会いなどが必要だと思います。私のことで言えば、いろんな面で自分以上の人などいくらでもいますが、次のことに自信を持っています。「周りの価値基準に(あまり)左右されず、自分なりのものの見方ができるようになった。」「自分の嫌な感情にはなるべく向き合うようにしている。だが、同時に毎日頑張っていると思うし、自分が好きである。」「いい伴侶がいる。その伴侶も私をよく理解しようとしてくれる。それは自分が努力しているせいでもある。」 あなたから見てトンチンカンであっても、私なりに納得できてるのでそれは良しなんです。上記を見てわかるかと思いますが、TOEIC何点だからとか、人からこう言われるからとか、そういう主体ではありません。自分が何を頑張り、勝ち取ってきたか(内面的に)、自分に正直になりさえすれば、最も自分をわかるのは自分ですから、嘘をつかなければ自分の適切な評価に自信を持っていいのです。 嘘をつかないと書きましたが、それは自分を見るとき、勝手に「あるべき」とか「そう見られたらいい」という、他人からの目にフォーカスした意識とか、自分で考えたのではなく「世間的にそれがいいと言われている」という先入観にすり替えて考えないことです。 自分を愛せない人は(本当の意味では)他人を愛せないというのは、わかりにくかったかもしれませんが上記の延長線での話です。特に今日は眠くて私も頭が冴えないのでわかりにくかったかも(苦笑)、まあ頑張って下さいな。
- kuro0000
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初めまして。 信頼の置ける友人に、今思っている自分の性格を話してみてはどうでしょう??今まで仲良くしていた人なのだから、質問者様の知らない良いところを沢山知っていると思いますよ!また、こういうところがちょっといけないよね、こういうときはこうすればいいよっていうアドバイスももらえると思いますし。 自己嫌悪に陥るのは簡単だけど、自分の悪いところを素直に認めるっていうことは、それだけでも自分を成長させるチャンスだと思います。 自分自身のことなんて、一生かかっても分析しきれるものじゃないし、むしろこれから作られる部分の方が大きい気がします。どうせなら、嫌な部分をひとりで抱え込むより、どうすればよくなるだろうって考えて少しずつ替えていくことの方が大切ですよ!
お礼
はじめまして。 そうですねぇ・・・以前友達に相談してみたところ、たくさんいいところを言ってくれました。なにかしらほめてくれます。 逆に悪いところは情緒不安定なところだそうです。 でも、そのいいところを認めてもいいんでしょうか? 友達を疑うわけじゃないんですが、なんだか、自分のいいところだ!って自覚しちゃいけない気がするんです。 自分では、そうか?そんなことないって心の中で常に思っています。 おかしいでしょうか。 質問ばかりでごめんなさい。 とりあえず、努力をしていこうと思います。 わかりづらい質問内容に対して前向きなご回答をしていただいて嬉しかったです。またお答えいただけたら嬉しいです。 どうもありがとうございました。
補足
あっ、あと、ご意見に反することを言うようで申し訳ないのですが・・・ 下のお礼で上げた、私の悪い部分に関しては、一応小さいながら努力をしています。すごい偉そうな言い方になっちゃいますけど笑 なんていうか、「情緒不安定」などというわかりやすい欠点に関しては具体的な努力がしやすいんですよね。 一方、人への嫉妬心だとか、羨ましがってしまうとか、そんな心の動きは、自分でもストレスで非常にいやなんですけど、でも無理やり押さえ込めるものではないというか・・・ そういう悩みに関してはもっと根本的に原因があって、根本的な姿勢を変えていくのが、いい方法なのかな、とぼんやりかんじています。 そんなことに関してヒントがいただけたらな、と思い、質問しました。 なんて、さらにわかりづらくてすみません。 よろしかったらまたよろしくおねがいします。
- manamaty
- ベストアンサー率50% (27/53)
そういう自分をあるがまま受け入れることだと思います。 たぶん今複雑にお考えな分、ラクになれると思いますよ♪
お礼
ご回答有難うございます。 あるがまま、ですか。そうですよね。うん。 そうなんです、もう複雑で、考えが絡まって絡まって、よくわかんない!ってなってしまうんですよね。 なーんにも考えないで、いくのは無理かもしれないけど、 それでもがんばって受け入れていこうとおもいます。 ありがとうございました。
- 360063
- ベストアンサー率11% (36/315)
自分の中身のなさと想いのギャップがあるからそのように考えてしまうと思われます。 だからどちらかにあわせるように努力しましょう。 自分は人をとやかく言えるほど何も無いわ。と考えを改めるか、私はこの人より絶対優れているはず! だからがんばるわ!と思って行動するか。
お礼
ご回答有難うございます。 そうですね、自分の中身のなさにあわせるよう努力しようと思います。 自分は人にとやかく言えるほど、何も無い!と考えた上で、何も無いからこそがんばっていこうと思います。 だけど、「私はこの人より絶対優れているはず」と、ほかの人を見下すようなことは絶対にいやなのです。たまにそうしてしまう自分がいやでいやでしかたないので、なるべくしないようにしてます。 とりあえず、日々精進なのでしょうか。 どうもありがとうございました。
お礼
鋭いご指摘ありがとうございます。 大変参考になりました。眠くて頭がさえない時に答えていただいてありがとうございます笑 そう、おっしゃるとおりなんです。みんなが言っている自信って、たとえば、 「みんなより私って可愛い」「みんなより頭がいい」「みんなより仕事ができる」とか、他人との比較の中でばかり生まれている気がするんです。 私、そういうの大嫌いなんです。誰も見下したくないし、ほんとは見上げたくない。 だから、そういう自信は、自分には関係ないのとして持たないようにしてます。なるべく。 じゃあ、自信っていったい何なの?って思うとそこからわかんなくなります笑。質問内容と矛盾してるでしょうか・・・でもウソはなくほんとにひごろ常々思っています。信じてください笑 でも偏見のかたまりかもしれませんね、もしかしたら・・・ 飲み屋で騒いでる大学生たちとか見ると、「ばかばっかり!」と思ってしまいます。ただ、実際話してみて「あ、結構しっかりしてるなぁ」と思って、偏見ばかりの自分にへこんでしまいます。 ただ他人から貼られるレッテルとか、点数にはあまり興味がないんです、これも矛盾してるように聞こえるかもしれませんけど・・・。「世間的にこれがいい」とされているものは、あまりほしくないです。 自分は愛せないけれど、自分の人生はいとおしくてしかたないんです。 「こんな駄目な自分なのに、なんでたくさんみんな優しくしてくれるの?」「こんな駄目な自分なのに、なんであんなにラッキーなことばかりあったんだろう?素敵なことがたくさん起こったんだろう?」「生まれてきてよかったなぁ」 だから、私の人生に関ってくれた人たち、物事、場所は、大好きなんです。 なんか変な内容でごめんなさい・・・ 矛盾だらけで、自分でも混乱してます。なんか自分は幸せ者な気がしてきました。 有難うございました。