沖縄戦 / 沖縄本島北部は非戦闘地域だった?
大東亜戦争末期、米軍が沖縄に侵攻する前に何らかの方法で「沖縄本島の北部は攻撃しないので、非戦闘員はそこへ避難されたい」ということを日本に伝え、沖縄県庁から県民に対して「本島南部の住民は北部へ疎開せよ」という指示が出たと言う話を聞いたことがあります。
ただ、
* 当時も現在も沖縄本島の北部は「何もない」場所であり、疎開しても生活する手段がない
* 沖縄県が交通手段や食料を用意するなどの具体的な疎開促進策を取ることもなかった
ので実際に疎開する者は少なく、那覇を中心とする地域に米軍の上陸を迎えることとなり、史実のように多数の民間人が犠牲となり、かつ全ての財産を失うと言う悲惨な結果となったようです。
質問ですが
1)「米軍が沖縄本島の北部を非戦闘地域と宣言し、沖縄県庁から『北部へ疎開せよ』という指示が住民に為されたという事実はあるのか否か。
2) (1)で「米軍が沖縄本島の北部を非戦闘地域と宣言した」事実があった場合、沖縄戦が終結するまで、沖縄本島北部への空襲、艦砲射撃、地上部隊の侵攻などが行われなかったのか否か。
要するに「米軍は約束を守ったのか」ということです。
(3) 沖縄戦について、軍事の専門家が詳細に書いた本と言うのを知らないのですが、ご存じでしたらご紹介下さい。
よろしくお願いいたします。