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プロ野球で意外な記録など

プロ野球で意外な記録などあったら教えてください。 ・ゴールデングラブ賞の過去の受賞者を見ていると、例えばセ・リーグの投手部門では巨人・広島・中日の選手しか受賞していません。それも、広島2人、中日4人で残りは30人近くがすべて巨人の選手。意外な気がしました。でも、この賞は記者投票で、守備の名手の贈られるものの、明確な選定基準があるわけでなく、記者の主観によるものなので、チーム成績や打撃成績が反映される傾向が強いという結果ではないかと思います。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%87%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%96%E8%B3%9E#.E9.81.8E.E5.8E.BB.E3.81.AE.E5.82.BE.E5.90.91 ・イチローは'92年に入団しましたが、実質的には210安打を記録した'94年が世の中に広く知られた年です。'92,'93年は当時の監督と打法に関する意見の食い違いもあり、1軍と2軍を行ったり来たり。もちろん当時は藤井・高橋智、本西など外野手のレギュラーレベルが高いこともあっただろうが、なかなか出場機会に恵まれません。しかし、'93年の開幕戦は鈴木一郎の名で「9番センター」でスタメン出場しています。 http://www.geocities.co.jp/Athlete-Athene/3320/order/1993bluewave.html

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noname#118935
noname#118935
回答No.2

<長嶋を二人がかりで敬遠> 昭和36年6月、5回1死二、三塁で、阪神の村山実投手が二球敬遠球を投げたところで投手交代、代わった伊那勉があと2球ボールではずして歩かせた。記録上は村山に与四球がつく。 <バントが二塁打> 昭和39年7月、三塁手が二塁ベース近くにいる広島の極端な王シフトで前日安打性の打球を二本とも併殺にされたお返しとばかり突如セーフティーバント、ボールは三塁のライン沿いに転がり、興津が二塁からかけ寄ってつかんだときには王はもう二塁に駆け込む寸前だった。 <1日2球場で登板> 昭和42年10月の広島の日程消化の苦肉策、昼は後楽園で巨人戦。夜は神宮で産経戦。中村光哉投手はいずれの試合も九回一イニングだけ敗戦処理で登板。計2イニングを被安打2、四死球1の0点に抑えた。 <バット持たない長嶋を敬遠> 昭和43年5月、中日の山中巽投手、9回2死二塁で、二球続けて遠い球を投げると、長嶋は三球目からバットを捨て手で打つ構えで打席に立ったが、そのままボールを投げ続けて歩かせた。 <九点差でも敬遠された王> 王に対する427敬遠をイニング別に集計すると、初回が最多で85回。セオリーからいえば初回から敬遠など邪道だが、逆にそれを無視して歩かされるほど一発が恐れられていた証拠。また8点差で2回、昭和47年8月の阪神戦では、山本重政投手に9点差で敬遠されている。 宇佐美徹也「プロ野球記録大鑑」より

noname#33272
質問者

お礼

ご回答ありがとうございました。ON全盛期の記録ばかりで、私のようなONの晩年しか知らない年代にとっては、いずれも重宝な記録ばかりです。宇佐美徹也「プロ野球記録大鑑」ですね。機会があれば見てみたいですね。 <1日2球場で登板> 関東2チーム相手の変則的なダブルヘッダーですね。 <九点差でも敬遠された王> 世界の王さんですから、ホームラン・四球がずば抜けて多いので、らしい記録ですが、初回からというのは、相手チームもちょっと情けない気がします。8,9点差での敬遠もいただけませんね。きっと、大ブーイングだったのでしょう。

その他の回答 (1)

回答No.1

この↓サイトにまとめられています。 http://www2.plala.or.jp/ippeifuji/p-kouko.htm

noname#33272
質問者

お礼

ご回答ありがとうございました。おもしろい記録がいっぱいですね。早速お気に入り登録します。

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