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好景気の時期についた名称「**景気」
1950年代から60年代、日本は大変な好景気でその時期を称して「神武景気」や「岩戸景気」という言葉を記憶しています。 戦後の好景気に「神武」「岩戸」という太古を思わせるネーミングがいまだに理解できません。誰がどういう意味であのような名称をつけたのでしょうか? また、不景気にも何かニックネームのようなものがついたことがありますか?
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- Eivis
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#2の一部訂正・・・http://www.asahi-net.or.jp/~pb5h-ootk/pages/O/ooyasoiti.html 上のURLに拠れば『「恐妻」「駅弁大学」「一億総白痴化」、これらは大宅壮一がつくりだした流行語である。』とあり、 「神武景気」や「岩戸景気」については出ていないので、他のマスコミ関係者かも知れません。
- Eivis
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1955年(昭和30)~56年が神武景気・・・神武天皇開闢以来の好景気だと有頂天になっていたら、1959年(昭和34)は もうひと回り景気がよいので「天の岩戸」が開けられた時以来の好景気ということで命名されたものです。 ネーミングは多分「駅弁大学」などでシニカルな一言で世間を切りまくった評論家「大宅荘一氏」だったと思います。 しかし不思議なことに昭和32~33年は極端な就職難だった記憶があるので、誰にとって神武景気だったのか私にはよく分りません。 その頃から流行り始めたのが青島幸雄作詞の「スーダラ節」とか「サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ!!」などのセリフや 「初任給13800円?」など等、記憶はあやふやですが覚えています。 実際にはこれ以後「池田内閣」から始まる、高度成長期のほうが目覚しい時代だったのだろうと思います。。。
- nyozegamon
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下記URLを参照してください。 ちなみに神武景気の後の不況を、なべ底不況と言います。