KYはダンディでありうるか?
KYというのは、もう死語かもしれませんが、「空気、読めない」の略だとお考えください。ここでは一先ず、大まかに、その場のコンセンサスを理解できないで、場を乱してしまう人、と定義しておきます。
しかしKYにも、何通りかあることが、わかりました。私の知り合いには、「能力が足りなくて空気が読めないのじゃなく、空気を読んでいて、かき乱しているのだ!」というのです。なぜ空気をかき乱しているのか? それは、
・場の雰囲気が間違った方向に行っていると考えるから、正している、
ということのようです。たとえば、イジメ。これがその場の空気だとしたら、間違っていると声を上げることが重要でしょう。汚職の隠蔽。この時に声を上げることも重要でしょう。
ところが、さらに、また別のKYもいるのです。自己満足のために、場をかき乱しているという方です。空気は読めるし、場の様相も分かる。だが、それでは自分が目立てない。ならいっそ、場の雰囲気をかきまわしてやれ。
こういう目立ちたがり屋は、我儘という醜さを持っており、粋ではありません。粋というのは、自分が少々の損を蒙っても、周囲を生かすということに本質があるからです。艶やかな衣を持っていても、ジャケットの裏地に使うのが、粋というものでしょう。目立たないようにするのが粋です。だが、ダンディはまた別です。というのも、ダンディとは、
・限られた可能性の中で、あらゆる手を使うこと、
・周囲と異質であることを強調すること、
にあるからです。たとえば、豪華絢爛な衣服を貴族が身にまとう社交場で、一人、喪服を着て行ったとしましょう。するとこの不吉な人物は、ともかく目立ってしまう。周囲は嫌な気持ちがするかもしれませんが、とにかく注目されます。本来ならば等閑視される者が、服の一枚で認知されることになるのです。お金がないながらも、貴族に対抗する社交人の工夫――これがダンディの起源です。こうした美意識は、日本にも見出せます。たとえば、わびさび。一輪の花を目立たせるために、周囲の花を全部切ったなど、その最たる例です。普通にしては平凡な庭に過ぎないから、目立たせようと、自ら、削ぎ落したのです。
さて、このように考えてみると、ダンディであるためには、KYである必要があるでしょう。しかし、すべてのKYがダンディであるわけではありません。ダンディには、何かまた別の要素があります。KYは何をどのようにしたら、ダンディの美を獲得できるでしょうか?
お礼
葛城ユキさんでしたかー。なつかしいですね! すごくインパクトのある声で、すごく気になってたのでわかってうれしいです!! 回答ありがとうございました。