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破局の理由
皆さんの遠い昔のご経験談でも、今日、今起こったばかりのご経験でも結構です。 かつては好きだった人もしくは今でも好きな人と別れた理由(原因)を教えて下さい。もちろん簡単でも結構です。 なぜこのような質問をさせて頂くのか? それは、永遠に謎であろう男性の「彼女のこの部分が許せなかった」とか「これで彼女に冷めた」といった「限界線」を知りたい為です。もちろん、同性である他の女性の「限界線」も知りたいです。 皆さんのご回答を、今年の恋愛運の参考にさせて頂きたいと思います。
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はは。 結婚式で泣く男について どう思うかと、聞かれてもねえ。 さあて。 嬉し泣きなのだとしたら 『おめでとう』と、思うだけですねえ。 まあ、夫に死に別れた女性云々ですが 寿命も女性の方が長いのだし 女性の方が生命力はあるのでしょうねえ。 ただ、自分の足でしっかり立っていて欲しいと そう望むだけですねえ。 『私は、あなたを、こんなに好きなのに!』等 自分一人の感情を、僕に押しつけたり 自分と同じように、気持ちを盛り上げることを 強要さえしなければ それでいいという事でしょうかねえ。 こんな所で宜しいですか。
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- akushu
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やっぱり否定派が多いようです。シクシク(TT)。 暇な時にでもちょっと覗いてみて下さい。 「好きなのに身を引くのは不自然か?」という テーマで幅広く意見を求めておりますので。 (恋愛は卒業しておりますが、これからもいろん な経験を元に現れると思います。ヨロシクお願い します。) PS.素敵なお相手が現れますよう、お祈り申し上げます。 くれぐれも。
お礼
・・・ご質問、拝見致しました。 おーほっほっほっほ~!ほら、ごらん!他の方々にまで絶交されてしまったでしょ~?(←まるでSMのSの女王様だね、わたし) やっぱりあれは、罪作りな事だったんですよ! でも、きっと、彼女の気持ほど、akushuさんは彼女の事を想っては居なかったように思えます。とても好きだったのでしょうが、例えば、今幸せな結婚をしていらっしゃるお相手の奥様が、彼女だったら、どうしていましたか? まあ、想いは本人にしかわからないので、あくまで推測ですが、そんな気がします。また、それが男と女の縁というものなのかもしれませんね。 「縁」って、本当に不思議なものだと思うんですよ。 小指の赤い糸の話がありますよね?ハッピーエンドになる相手とは、生まれたときから小指の赤い糸と赤い糸が結びついているというお話。 以前、お友達付き合いをさせて頂いている真言密教のお坊さんがおっしゃっていましたが、「赤い糸なんて、小指だけではなく他の指にもあるのかもしれない。そしてそれぞれの指に結ばれた糸はもしかして1本ではなくて、2本とか3本なのかもしれない。つまり『絶対にこの人でなければだめ』なんてことは、人間、ないものなんだよ」 もしかしたら、お話の彼女が、akushuさんの赤い糸の相手だったかもしれない。一方、彼女が付き合っていたakushuさんのお友達は彼女にとって、赤い糸の相手ではなかったかもしれない。けれど、少なくともakushuさんと彼女は、それを最後に別れてしまった。そして、akushuさんは別の赤い糸の奥様と結婚なさった。 これが「縁」なのだと思うのです。 この世の中にこれだけの数の男と女がいて、巡り会い、別れたり結ばれたりする。もちろん結ばれてから「限界線」が出現し、別れる場合もあります。 それも全て「縁」なのだなぁ・・・って。 恋愛に関するいろいろな出来事や経験の中で、わたしなりに達した結論なんです。 ただ、その縁があってお付合いした中で、その縁を断ち切るに至った原因は、一体何なのかなぁ?と思い、この質問をたちあげました。 自分のいけない所を改善する為にも役立てたいとも思っています。 >PS.素敵なお相手が現れますよう、お祈り申し上げます。 ありがとうございます。 もし、akushuさんのような人と巡り会って、彼女のような立場に立たされたら、その時は、殴って、押し倒して、言う事をきかせようと思っています!
補足
みなさん、たくさんのご投稿をありがとうございました。 今回は、本当に勉強になりました。 まるで自分の考えていた事を文章で表現して下さっているようだなぁ・・・とか、 そういう考え方、そしてそういう事もあるのかぁ・・・とか。 もともと恋愛経験の数は極端に少ないわたしですが、訳あって、現在はあまり恋愛に対しては積極的にはなれない状態です。 それでも、どちらかと言うと、やはり恋愛至上主義者です。 人と人の縁、特に男女の縁は本当に不思議だと思います。 この広い地球の中で巡り逢い、そして心が惹かれあうなんて、殆ど奇跡に近いとお思いになりませんか? ここ1年程、身なりもあまり構わず、自分が女であることの意味がないような状態でしたが、少しずつ、前向きに生きるようにして行こうと、今、思えます。 みなさんの、過去のほろ苦い思い出をほじくり返してしまってごめんなさい。 そして、本当にありがとうございました。 質問を締め切らせていただくにあたり、何だかポイントシステムが、本当に嫌だなぁ・・・と思いました。ポイントなんか付けようが無いんですよね。優劣が無い訳ですから。でも、せっかくのポイントを使わないのももったいないかな・・・とも貧乏人根性で思い、20本の線を書き、ハシゴ状にして、あみだくじにさせていただきました。「厳選な抽選の結果」みたいなもんです。 不謹慎かもしれませんが、感謝の心は全ての皆さんに対し、同じですので、どうかお許し下さい。 どうか皆さん、お幸せに。 またどこかでお会いしましたら、どうぞよろしくお願い致します。
- sweetdevil
- ベストアンサー率5% (1/19)
「限界線」がなかなかやってこないのでお付き合いすると長いし、自分からというのが一度もないですね~。はい。 そんな私ですが、限界線となっていると思われる事。それは、見えないように聞こえないよう塞いでいることができなくなってしまう=逃避する術がなくなってしまった。ということでしょうね。 これって喪失を受容していってるだけかしら? それと、「all or nothing」について。唯一の人をさがしていたらそれが染みついてしまいました。私にとって唯一の人は「all」な存在であり、限界線を超える=allでなくなる。なんだと思います。 私の恋愛観、おかしいカナ?
お礼
sweetdevilさん、ご回答をありがとうございました。 わたしも「限界線」がなかなかやって来ません。やはり、お付き合いは長いです。 「もう、これ以上はだめだな」と判断したものの、結局何年も経ってから、相手を嫌いになんかなっていない自分を発見し、これが愛情のなせる技なのだと思いました。 だから、「喪失の受容」に関しては、時間が経ってみないとわからないものなのではないでしょうか? 限界線を越えたと思ってみたものの、結局は、allだったという事もあるのだと思います。実際にわたしがそうです。 sweetdevilさんの恋愛観、全然おかしくなんかないですよ! むしろ、わたしの恋愛観と非常に近いものを感じます。 少し話題が逸れますが、以前「マディソン郡の橋」を映画館へ観に行ったんです。 映画が終わってテロップが流れ出すと、大抵皆立ち上がって帰るじゃないですか? でも「マディソン郡の橋」の時は、誰も立たなかったんですね。皆泣いていた。 ああいう愛が本当に存在するのかどうかはわかりませんが、4日間の愛ではないけれど、皆何らかの形で「喪失の受容」をしているんだなぁと思います。
- caballero
- ベストアンサー率17% (31/182)
わーい!ひとつ、都都逸、ありがとー!(幸)(都都逸って何かしらないんですが、、。(笑)唄の題が「都都逸」ですか?しぶくって、個性的ですね。 および出ないかもしれませんが、お礼を言いに、まいりました。 >わたしもどちらかというとそのタイプですが、多くの女性にとっては、ひとりの愛する男性と、後は世の中全ての男性の2種類しか男性は存在しないそうです。 世の男性にとっては、重いのかも、、。僕もきっとそういう意味で忠犬タイプでありたいですね。一人の大切な人と、他の人。。でも、僕にとってはみんな大切なんです。、まだ出会ってない人も含めてです。僕は、恋愛を探すような人間ではないのでしょうね、たぶん。 じゃあお礼に僕もうたい?ます。 ある夜の日が 僕に宿って 幾つの今朝が 向こう岸に 僕のたってる今ココが 世界の果てってことで いい? 世界の果てで逢いましょうって、であったこともないのに、約束してるみたいでよくないですか? 長々とお邪魔しましたー(謝
お礼
caballeroさん、何度もアドバイスをありがとうございます。 お礼のお礼です。 都都逸とは、「俗曲一種。娯楽的な三味線歌曲。七七七五調26文字の定型をもつ。1840年頃江戸の都都逸坊扇歌(どどいつぼうせんか)が曲節を大成した」そうです。わたしも詳しくはありませんが、特に男女の色恋沙汰の唄が多いようです。なんか最近、こういうのも粋でいいなぁーっと感じ、日本文化そのものを見なおしてもいます。 お贈りした唄は、その昔、丁稚奉公で働く思春期の小僧さんが、兄貴分に連れられて街へ行き(吉原とか・・・だったと思います)、兄貴分がオネエチャンとイイオモイをしている時、外で待たされ、月を見上げながら、自分もイイオモイがしたいよー!と吠えた時の唄だと知人に聞きました(正確でない部分はお許し下さい)。 知人のある男性が、愛し合いながら別れてしまった彼女の事を、月を見ると思い出したそうです。彼は知らなかったそうですが、太陽は男性で、月は女性の象徴だそうです。理にかなっていたんですね。 わたしも月を見ると切なくなります。唄の作者と発想は異なるけれど、まるでわたしの心情を唄ってくれているようで、大好きなんです。 そう思うと、月夜の一人歩きも悪くはありません。
- akushu
- ベストアンサー率13% (7/51)
どもども。ありがとうございました。 この件に関しては、私と同姓の男性陣のご意見も賜りたくなったので 私も質問してみたいと思います。 もう過去のことなんで、多分再会したら、「よう、元気してたか?」と 自然に言えますよ。
お礼
うむ・・・。 人生、何事も勉強。何事も修行じゃ。 来し方を見つめるがよろしい。 悔い改めよ。 えへへ。
遠い昔の経験で言うと、(オフコースの「言葉にできない」を引用すると)♪自分が、小さすぎるから~って感じです。 他の角度から、数少ない経験で言うと、付き合っている相手と、自分が他に好意を抱いている相手と比べた時に、付き合っている相手に魅力を感じなくなった(現在好意を抱いている方が上だった)からだと思います。 これで、振られたことも、そんな子と付き合ったこともあります。 「限界線」については、男女問わず友人については、キッパリ、あっさりしていますが、これが恋愛関係については、意気地が無く、感じたことはありません。(だから、いつも振られるばかり)
お礼
gunmanさん、ご回答をありがとうございました。 以前読んだ恋愛道の帝王・渡辺淳一氏の「男というもの」という「教科書」の中に、「男がサバサバと女と別れられるのは、唯一、アトガマがいる時だけだ」といった説を裏付けるようなご経験ですね。 gunmanさんは、「限界線」が無いんですか?何と懐の深いお方! 実は、この質問をさせて頂くにあたって、当初は限界線って「彼女が5kg太ったから」とか、「目尻のしわが深くなって老けたから」とか、恥ずかしいのですが、「セックスが良くなくなったから」とか、そういったご回答があるのではないかと思っていたんですね。 ところが、皆さん、メンタルな部分を「限界線」にしていらっしゃる。 やっぱり、人って、ときめきを求めて生きているんだなぁ・・・と思いました。 あの、gunmanさん、ご存知ですか? 「だから、いつも振られるばかり」というセリフを言いながらもコンプレックスを感じさせずに微笑む男性を見ると、幸せにしてあげたくなっちゃうんですよ。
補足
シェ~~~ッ!(←かなり古い) gunmanさん、わたし、何だかミスで失礼なお礼を書いてしまいました。 前回のお礼の一番下3行↓ 「あの、gunmanさん、ご存知ですか? 「だから、いつも振られるばかり」というセリフを言いながらもコンプレックスを感じさせずに微笑む男性を見ると、」 ここに、「おんなって」が入ります。 で、 「幸せにしてあげたくなっちゃうんですよ。」 に繋がります。 女友達と話していて、そういう声が多かったのです。 こんど、合コンでこのテを使ってみて下さい。
- caballero
- ベストアンサー率17% (31/182)
>「恋愛ゴッコ」とか「マジ愛」って、結果論ですよね?付き合っている最中に自覚している事なのでしょうか? ゴッコの場合はばれてから、その正体がゴッコだったとわかり、結果論的です。思い出ですね。後でわかるようなもんです。マジ愛は、ズッと結果?で当人と共にあり続けます。最初から結果であり、終わる事はありません。永遠です。それは、当人達そのものですから、。 >なかなか難解なご回答文なので、咀嚼するのにかなりの時間を要しそうです。 すいません、。adelaideさんの表現は豊かで、わかりやすいのに、申し訳ないです。 >うーん、何故かわたしはいつも(・・・といってもごくごく少ない経験です)真剣なんです。ゴッコだったら、付き合わないほうがマシだと、ひとりでいた方がいいやと思うんです。 僕だっていつも本気でいたいですし、(まだまだ修行が足りませんが(笑))ゴッコだったら付き合いません。ゴッコは二度と経験しません。マジ恋愛はエンターテイメントじゃないですもん。でも、恋人がいなくても、一人だとは思いません。(adelaideさんはそういうおつもりで書いたのではないとわかっていますが) 愛は力よりも力を持ってると思います。ですから、自分のエネルギー源でもあるし、人の愛には頼れるんだと思います。 >こういうのは女性に多いのでしょうか?all or nothingなんですね。自分では、忠誠心の強い愛情溢れる犬の愛というタイプだと思っているのですが、他人は猫の愛タイプだと言います。 どうなんでしょう?僕は、All or Nothingは矛盾していると思います。なぜなら、ALLに含まれないものはなく、そこでは、ないもの(Nothing)は「ない」のです。ALLにおいてはすべてがそうなります。矛盾はありません。「ない」はないんです。タイプですか?タイプに分けれるようなもの、タイプを思い描くような愛はマジ愛ではないと思います(お気に触ったらごめんなさい、。)マジ愛では、千差万別などという言葉は不適切です。それぞれの形(十人十色)があるという表現は不適切です。それはそれ以外何者でもなく、すべてです。愛がすべてにつながると言うのはそういうことです。はかったり、水槽(環境)に納まったり出来ません。その者の立つ場所は、「その者」という場所だからです。個人におけるすべてとはこういう事で、わかります。 >女性に多いのか? 僕の感想は、女性は、私欲、わだかまった私見に支配されやすいと言う事です。男性は、虚無におぼれやすいです。女性の目はよく見えるのに、盲目的になってしまい、男性はよく知りえるのに、無知になりやすいんです。 >哲学者であり、詩人でもあるんですね。 はは、僕は僕ですよ、僕以外ありえません。 ただ、言葉を少しだけ知ってると言う意味で、その両方の行為をします。 adelaideさんは、すごく人間的だと思いました(幸)哲学的であると思い、詩的であると思ったからです。詩人が女性的だとは言いませんが(言葉を使う(知ってる)ので)、詩人の目は、女性によくみられる、「よく見える目」です。本来人間は、男性、女性の両方を兼ね備えてると思います。
お礼
あ・・・また、課題の量が増えてしまいました(笑)。 わたし、ほんと、理解力がないんですよ。 昔、埴谷雄高の本を買ったものの、ウン十年経った今でも、最初の一段落すら理解していないんですね。 。と。の間が、長い長い。 アルコールが入っていると、何となく理解力のエンジンがかかるので、イッパイをイッパイ飲みながら「参考資料」を拝見致します。 でもわたしの言うall or nothingって、何と言いますか、「心底愛されないなら、付き合わない方が良い」といったような意味合いです。 わたしもどちらかというとそのタイプですが、多くの女性にとっては、ひとりの愛する男性と、後は世の中全ての男性の2種類しか男性は存在しないそうです。 all or nothing には、そういう意味合いを込めて書きました。 詩人のcaballeroさんに、都都逸をおひとつ進呈。 (でも七七七五じゃないので、ただの小唄なのかもしれません) 水に映りし 月の影 手に取り得ぬと 知りながら しっぽりと 濡れてみたしは 人の常
初めまして、adelaideさん。 距離感がなければ恋は出来ません。 100組の恋人達には100通りの距離と境界線がある事でしょう。 統計で何とかなるような物でない事に、気が付かないうちは、 恋愛運の参考にもならないでしょう。 サンプルその1として体験を語ることに意味を感じないと言った方が 正確かもしれません。 別れの臨界点などは人によって違うのみではなく、あらゆる瞬間で変化する物です。 昆虫の番とは訳が違うという事です。 この回答も何かの参考にして下さい。
お礼
初めましてlie-quoさん、ご回答をありがとうございました。 わたし、別に統計をとるつもりは無いんですよ。それが虚しい行為だという事はわかっているつもりです。 でも、皆さんの経験談をお伺いしていて、それを参考にするかしないかは、lie-quoさんではなくて、わたし次第でわたしの問題だと思うんです。そこに意味を感じるかどうかも同様です。 lie-quoさんのおっしゃる事も、わかるんですよ。一理あると。 でも、それではどうして心理学などという人間の心を研究する分野が発展するのでしょう?統計などでは計り知ることのできない人間の心ですから、心理学に限界があるといわれているのも当然です。 ただ、計りしれないからこそ、色々な人々の実体験を聞くという行為も、何か新たな発見が見出せるかもしれないではないですか? 人間は感情の動物ですから、同じ「恋人との別れ」でも、ひとりひとりの感性で、そこに生まれるものが異なる訳です。 「素晴らしき実体験!」ではありませんか! 文は意を尽くさずといいます。 >サンプルその1として体験を語ることに意味を感じないと言った方が 正確かもしれません。 こういう風にlie-quoさんは、感じられたかもしれませんが、できれば他の方のご回答を否定するような事は書いて頂きたくはありませんでした。 回答者の方々は、別に否定されるような事は、何もしていらっしゃらないのですから・・・。 もしかしたら、lie-quoさんは、そんなおつもりで書かれた文章ではないのかもしれません。文面からのみでは推測しかできません。誤解は虚しいので、そうおっしゃって下さいね。 >別れの臨界点などは人によって違うのみではなく、あらゆる瞬間で変化する物です。 これは本当におっしゃる通りだと思います。 lie-quoさん、わたしは自分の考えと反対の事を言われてプイッとむくれて聞く耳を持たないタイプの人間ではありません。 ですから、頂いたご回答もひとつのご意見として参考にさせて頂くつもりです。 けれど、わたしは自分自身で参考にすべく皆さんの実体験を教えて下さいとお願いしています。男女の別れについてどう思われますか?とは質問して居りません。 こういったやりとりを否定する必要がどこにありましょう? お気に召さなければ、無視をして下されば良いのではないでしょうか? 他の回答者の皆さんに対しても、わたしに対しても少々失礼なご回答だと感じた為、書かせて頂きました。 でも、lie-quoさん、少なくても、「悪意」になんかは全然感じていないんですよ。文脈からそう感じるのです。喧嘩なんかしたくありません。 わだかまりなど持たず、またいつかどこかでご回答を宜しくお願い致します。
- caballero
- ベストアンサー率17% (31/182)
なはは、うらみですかぁ?adelaideさんは結構怖いですねぇ(笑 >別れを言いたくないから自然消滅してしまうのか、別れを言う気もしないから自然消滅してしまうのか、どちらかだとお思いになりませんか? 別れに言葉など必要ありませんし、出会いに言葉など必要ありません。僕らは、「これって付き合ってるん?」とういうような会話がありました。返事は「ちがうの?」でしたね。 出会いには別れがあります。発生するものは消滅します。何故恋愛が永遠につながるかと言うと、それが、お互いの存在をかけたようなものであるからです。今、二人がいる場所に、二人がいる。こういう二人は行方不明にはなりません。このことに、別れも出会いもありません。そのような表現は、そんな二人には場違いなものです。出会いや別れといったようなものは、思い出であり、二人は、記憶に生きるのではなく、今、生きるんです。記憶は、今と共にいてはじめて、生きます。それはデータではありません。ぐにゃぐにゃと、一般の生き物のように、形はありません。しかし、今と共にあるので、それはあります。 経験の少ない僕にはこれくらいのことしかいえませんが、あの時二人には、そういうものが少なからずあったのです。しかし、それは、恋愛ゴッコでしたでしょうね。マジ恋愛には、恋愛と言う言葉、もしくは、言葉自体が不似合いです。遭遇すれば、わかるんじゃないかなぁと、僕は思っています。 自然消滅に関してですが、僕ら的には、おままごとはおわりだってふうに、実感をもてなくなったのです。卒業おめでとうとは言いにくい?ですが、卒業したと言う事でしょうか。通り過ぎるべくして、通り過ぎたと言う意味で、自然消滅です。 僕は、自然消滅は、別れを言う意味もないという場合だと思います。 余談:そのような過程では、傷ついたり傷つけたり、仕方のないことだと思います。今と共に進めば、傷は治ります。傷から目をそらさず、傷を受け入れることが大事と思います。傷を医者に隠して、どうやって治療しますか? 医者は時(今)と共にいるあなたです。 楽しい会話ですね(笑 >それでもやっぱり、わたしには「愛が全て」なんです。 僕にはどういっていいかわかりません、。すべてはすべて、愛は愛、といったときに、愛はすべてになると思ってます。すべてに「おいて」、愛が純化するって言うんですか?あらゆる行為に愛が基本だー!よ♪みたいに、口で言い難いですが、。 マジ愛は、「隙間なく輝る光」だと思います。その光のせいで、影が出来る事はありません。そういう性質も、すべてにおいて、愛があるからだと思います。
お礼
caballeroさん、ご回答をありがとうございました。 caballeroさんって、哲学的思考の方なんですね。 なかなか難解なご回答文なので、咀嚼するのにかなりの時間を要しそうです。 でも、わたしなりに考え、参考にさせて頂きます。 「愛が全て」と言ったのは、何といいますか、「全てのパワーの源は愛の存在」だと思っているんです。あ、あくまでわたしの体質ですよ。 「恋愛ゴッコ」とか「マジ愛」って、結果論ですよね?付き合っている最中に自覚している事なのでしょうか? うーん、何故かわたしはいつも(・・・といってもごくごく少ない経験です)真剣なんです。ゴッコだったら、付き合わないほうがマシだと、ひとりでいた方がいいやと思うんです。こういうのは女性に多いのでしょうか?all or nothingなんですね。自分では、忠誠心の強い愛情溢れる犬の愛というタイプだと思っているのですが、他人は猫の愛タイプだと言います。 「隙間なく輝る光」というのはいい表現ですね。 哲学者であり、詩人でもあるんですね。
- akushu
- ベストアンサー率13% (7/51)
そ、そんなあ(TT)。(←フォントサイズ100分の1) お互いに好きと言えなかった当時の二人がまだまだ未熟だった ということですよお。 もしかして私だけが悪者?。
お礼
・・・当然の報いです。 でも、いつか彼女とどこかで会ったら、「実はあの時、好きだったんだよ」って教えてあげて下さい。 きっと彼女のその後の人生に、彩りを添えると思うんですよ。 女としての自信が違ってくるとか・・・。 (えーと、絶交中ですが、まあいいや。意志が弱いんです。ありがとうございました。)
ご丁寧なお礼をどうもありがとうございます。 母性本能を僕に向けられても 僕は、それを必要としてないのだから 向けるだけ、彼女たちの損ですねえ。 仰るとおり 『ちょっと待てよ。』 などと言いつつ、引き留めたくなるような 魅力的な女性と、おつきあいしたいですねえ。 恋愛というものに、心身をそそぎ込んで 『愛がなければ、生きていけない』 と、声高に叫んでみたいものですねえ。 まあ、そのうちに、僕も、痛い目にあうでしょう。 いや、あってみたいものだなあ。 とにかく、男に依存して、自分の足で 立っていられなくなってしまった女には 全く興味を失うわけですよ。 ですから 『あなたがいなくても、私は生きていける。』 と、いうふうに、自分の世界をちゃんと持っている女に 痛い目にあわされてみたいものですねえ。 と、いう事で。
お礼
lonewolfさん、再びのご回答をありがとうございました。 >とにかく、男に依存して、自分の足で立っていられなくなってしまった女には 全く興味を失うわけですよ。 最近の結婚式の披露宴では、花嫁ではなく花婿が泣くそうです。 おっしゃるタイプの女性と同様の男性がパラサイトしつつあると感じますが、如何でしょうか? >あなたがいなくても、私は生きていける でも、これって、実は99%の人がもっているものではないでしょうか? そして、女性の方が男性よりもこの能力(?)にたけているような・・・。 だって、よく夫を亡くした女性って、数年後にはすごく元気になっているではありませんか?男性はその逆で、妻に先立たれると、血液中のある成分が分泌されなくなると科学的に証明されていると聞いた事があります。 それができないと、作家の江藤淳氏のご夫人のように、江藤氏亡き後、対象喪失鬱になり、ご主人の後を追って自殺なさったりするのだと思います。 lonewolfさんが思っていらっしゃるほど、実は女性は依存心が無いような気がします。恐るべし・・・なんですよ、きっと。 うふふ。
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お礼
いやーん、lonewolfさん、ちゃうちゃう! 結婚式で泣く男性をどう思うか聞いたのではなくて、そういう男性が増えていると思うけれど、はたしてlonewolfさんは、そういう男性が増えていると思われますか?と聞いたのですよ。 ほんと、文章だけでは、誤解って生じやすいですよね。 (わたしの文章力の無さは、あっちにぶん投げておきます) >『私は、あなたを、こんなに好きなのに!』等 自分一人の感情を、僕に押しつけたり自分と同じように、気持ちを盛り上げることを強要さえしなければそれでいいという事でしょうかねえ。 うーん、辛いものがありますね。↑は殆ど拷問に近いものを感じますね。 仲の良い友人もわたしも同様なのですが、「去る者は追わず、来る者は相手によって拒む」が鉄則なんです。 何故なら、心変わりした気持ちなんて、追ったところで変わらないから。本当に縁があれば、また戻ってくるし・・・。 ところが、世の中には、「行かないで!よよよ・・・」とすがって泣くと、思い留まってくれる男性も結構存在するんですよ!(友人知人の経験談) 例えばそういう男性にとっては、わたしのようなタイプは「冷たい女」となる訳で、「限界線」を越えちゃうのでしょうね、きっと。 恋愛は難しいけれど、「相性」というフルイの存在は、それを1段階だけ容易にしてくれますよね。 失礼ながら、ちびまるこちゃんの花輪君とイメージがダブルlonewolfさん、ご回答をありがとうございました。