質問者さんは、他人に対して頭を下げて、こびへつらう必要が何故あるのかに疑問をお持ちなのでしょうか?
謙遜とは、”本来は”人に対してするものではなく、自分に対してするものだと思います。
歴史背景などを話すと、長くなりますしその方面の専門家でもありませんので、自分の謙遜に対する考えですが。
心情としては「自分と身内は、はこんなに程度が低いんで許してね」ではなく、「自分と身内はまだまだ、向上しようとしてます。生活すべて勉強だと思っています。もちろん貴方からも学べる事があると思っています。」
ではないでしょうか。
"のんちゃん雲に乗る"という児童文学で、主人公におじいさんが、語るシーンがあるのでご紹介します。
「人にはひれふす心がなければ、えらくはなれんのじゃよ。勉強のできることなど、ハナにかけるのは、大バカだ。ひれふす心のない人間は、いくら勉強ができても、えらくはなれん。・・・なるほど、字はよく読める。話もじょうずだ。が、知らぬまに人の心が読めなくなる。そうなったら、人間はもうおしまいさ・・・」
「謙遜というのはな、まだまだ自分はえらくないと思うこころだ。これではならない、これではならないと頭を下げるたんびに、人間は・・・ズン、ズンと大きくなる、えらくなる。それにひきかえ、おれはえらいぞ、あたしはたいしたもんだと思うたんびに、小さくちぢまる・・・かならずおまえは、つまァらん人間になる・・・」
お礼
ありがとうございます