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あるHPを見て不思議の思ったこと

 私はたまたま面白い歴史のHPを見つけて思ったのですが、時代劇の剣の流派って、本当にその流派の殺陣を採用してるんでしょうか?なんかどれを見ても似たり寄ったりの気がしてなりません。殺陣師がつけた派手なアクションのような気がして…。  また、TVを見てますと、様々な流派も出てきます。名の知れた流派なら私もわかりますが、全く知らない流派だっていっぱい出てきます。あれってどうやってあんな名前の流派を付けてるんでしょうか?適当なんですか?それともそれなりの文献・資料に基づいて決めているんでしょうか?教えて下さい。  このような剣術は、現代では古流武術と云われているようです。だけど今の日本にはどれだけの流派が存在してるんですか?まぁかなり淘汰されたか、継承されずに途絶えた流派が殆どだと思いますが、是非共知りたいです。   ちなみにドラマ“子連れ狼”拝一刀の『水鴎流』は今でも本当にあるみたいです。雑誌で読んだことがあります。山梨県あたりに…?。TVで見たことも聞いたこともない“飛猿陰流”は三重県にあります。猿飛佐助が編み出した剣だとか…。これはTVで旅行のミニ番組で見ました。ひょっとしたら文献・資料にも記載されていない流派ってまだまだあるのかもしれません。中村主水の『奥山神影流』は現在もあるのかぁ?『タイ捨流』なんてTVに出てきたことなんか一度もありません。  気になったり、興味をそそられると余計に知りたくなります。誰か私の素朴な疑問に答えて頂けませんか?歴史好きな人、時代劇の好きな人、下記のサイトに覗いて来て下さい。本当に面白いですよ。 http://www.m-network.com/sengoku/index.html http://www.interq.or.jp/tokyo/toshizo/bakusin/

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回答No.1

剣の流派といって、ぼくがまっさきに思い出したのが、 「天然理心流」 新選組でおなじみの近藤勇や土方歳三の流派ですね。 といってもたいして歴史のある流派でもなく、近藤の養父が百姓しながらえっちらおっちら修行して、勝手に創始した流派だったと思います。 ちなみに、まだ実在します。 「タイ捨流」は 「体捨流」または「捨流体術」のことでしょう。 創始者は戦国末期の熊本・人吉の丸目蔵人長恵。 上泉伊勢守の弟子で、領国が薩摩に侵食されている中、かまわず上方に剣術修行に出て、乱暴ながらも確かな剣術で評判を取ったといいます。 で、その丸目蔵人が肥後に戻ったのちに作った流派が「体捨流」です。 海音寺潮五郎「おどんな日本一」(新潮文庫)で読みました。 今も大会が開かれている武道で「体道」というものがありますが、これはたしか「体捨流」の流れを汲むものだったと思います。 テレビに出てくる流派は、けっこう適当なものが多いのでは多いのではないでしょうか? ましてや、悪代官と結託して悪さをはたらく道場主、などに実在の流派を使うわけないですしね  ^^

noname#4349
質問者

お礼

 ありがとうございました。歴史のサイトを見たら、流派って結構複雑みたいです。現在何派あるのか作者にもわからないとか…。わからないとなると余計に知りたくなります。知ったからといって別にどうなるわけでもなし。剣術と剣道は別物のジャンルみたいですね。そんなこと考えたこともなかった。でも知ったら時代劇が面白く見れそうな気がしますけど…。

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