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敷居が高いクラシック
私はクラシック音楽が大好きな者ですがよく言われるほど特別に「敷居の高い」世界ではないと思ってます。 しかし、これはどの世界でもそうでしょうがあまり普段縁の無い世界のことは敬遠しがちになるのは仕方ありませんよね。 ただ、クラシック音楽の場合は楽しいエンタテインメント系の世界でもあると思われるのに他のジャンル、ポップスやジャズ、歌謡曲などから見ると今一つ盛り上がりが少ないと日頃から感じています。こう感じてるのは私だけでしょうか?また、どうしたらもう少しこの世界に人々の関心を集めることができるのでしょうか?
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- marialulala
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バイオリニストの千住真理子さんが雑誌のインタビューで、日本ではクラシックをお勉強のように考えている人が多いと話していたのを覚えています。クラシックが盛り上がらないのは、クラシックを聞くには「薀蓄」が必要だという先入観ではないでしょうか。誰でも面倒くさいことは避けたがりますから。確かに作曲家や演奏者、楽器、時代背景などについての知識があれば、楽しみ方も広がると思います。でも知識がなければクラシックを聞く価値がない、なんてことはないはずです。ある曲を聴いて「あ、この曲が好き」と思えばその曲を素直に聴けばいいのではないでしょうか。一流のクラシックの音楽家になるのは至難の業でしょうが、クラシック好きの聴き手になるのはそう難しいことではないと思います。ユーゴスラビア出身の知り合いにバッハのCDを借りたときに、その人が言った「楽しんでね」という軽い一言が忘れられません。 #3の回答者の方もお書きになっていますが、「のだめカンタービレ」という漫画を読んでクラシックにはまった日本人が山のようにいるようです。私も大好きです。また、「ボンド」というエレキ弦楽器の美女四人組も、自分たちの音楽を通してクラシックを身近に感じてもらえれば嬉しいとどこかで話していました。このように、いわゆる高文化であるクラシックの人気を高めるには、庶民の文化(漫画や、ポップなクラシック)の橋渡しが必要なのかもしれません。 また、日本人がクラシックになじめない理由の一つとして、キリスト教をベースにしたクラシック音楽が多いということもあるのではないでしょうか。「南無阿弥陀仏」と「アーメン」の文化の差だという気がします。
#9の方が、 いつかは正装して、サントリーホールに有名オーケストラの演奏を聞きに行きたいものですが、今のところはただの夢ですね。 とおっしゃっていますが。 私はサントリーホールのブロムシュテットのBだかC席を12000円で購入して行きましたが、正装している人は見た限り一人もいませんでした。 横浜みなとみらいホールでノリントン&シュトゥットガルト放送交響楽団のベト5,6をA席9000円で聴きにいきましたが、正装してる人はいませんでしたよ。見た限り。 だから、別に正装してこなくても大丈夫だと思いますよ。 #3さんはクラシックにそういうイメージがあるのですね。 私がノリントン聴きに行った時は全然お洒落じゃない格好の人がいましたよ。結構。ラフでしたよ。ていうか、ファッションには気を使ってないと思いましたよ。 サントリーホールもそうでしたねえ。 せいぜいがスーツじゃないかしら。 男の人の場合。 正装ってフォーマルのこと? フォーマル着てくる人なんていませんよ。 一度、着物の女性を見たことがありますが。 外国でも、カルロス・クライバーがアムステルダム・コンセルトヘボウを振ったDVDを見れば分かるとおり、トレーナーで聴きにきてましたよ。お客さんは。服装はまあ国によって違うでしょうけど。 とりあえず、日本ではフォーマルじゃなくても大丈夫だと思います。むしろフォーマルで来る人の方が珍しいと思います。注目の的になるのでは? ちなみに私は当時、全然お洒落に気を使っていなかったので、ユニクロのTシャツとユニクロのパンツ(ズボン)で行きました。 今度はお洒落して行きたいですが、これは単に自分の趣味です。 まあ、昔のレコ芸には、ベルリン・フィルの演奏で立見席の若者がジーンズで着てた。若者も来るようになった。みたいに書かれてましたが。 とにかく、日本の場合、正装、フォーマルで演奏会に来るというのは誤解ですよ。 服装の敷居もそんなに高くないですから。
- joy-net
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No3です。 >何かいいコンサートって言うのはどうやって 元々、漫画に対する興味から派生しているクラシック熱なので(私自身は、それ以外も聞くようになりましたが)、とりあえずは、漫画の中でかなり印象的に描かれている楽曲が、最初はいいかなぁと言っています。 というのも、素人なので、あまり長い曲だと最後まで集中力を持続できるか、途中で眠りやしないか不安だという知人が多数いるので。漫画の中で取り上げられている楽曲なら5~60分は大丈夫だろうとのこと。 漫画で紹介されていない楽曲の演奏会だったら、一つの楽曲の全楽章を一気に聞くよりも、色々な楽曲が各20分以内で構成されているといいな……と言っています。 演奏者等については、皆、詳しくないし、CDで聞いているような有名オーケストラや指揮者たちが、自分たちが気軽にいける近場のコンサートホールなどには、来てくれそうもないので、今のところ考慮の余地無しという所です。やはり東京や大都市でないと……ね。 いつかは正装して、サントリーホールに有名オーケストラの演奏を聞きに行きたいものですが、今のところはただの夢ですね。 そうそう、二ノ宮知子の「のだめカンタービレ」は、 少女漫画ですが、老若男女関係なく楽しめると思いますので、ぜひおすすめします。 私のような一般人だけでなく、クラシック好きの通な人や音楽家、音大生にも人気があると聞きます。 ↓公式サイト http://www.din.or.jp/~nino/ とりあえず、インタビュー記事だけでもどうぞ ◆二ノ宮さんのインタビュー記事 ↓都響 常任指揮者デプリースト氏と対談 http://www.tmso.or.jp/conversation.html ↓ショパン国際ピアノコンクール に寄せて http://www.maxell.co.jp/chopin/interview/index_vol2.html ↓漫画が掲載されている雑誌「KISS」にて http://www.kisscomic.com/interview/0211_ninomiya_tomoko/
お礼
ご回答ありがとうございます。 「のだめ」さんが大活躍ですね。また探して読んでみますね!お教えいただいたURL大変興味深く読みました。ありがとうございました。
- juzube
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クラシック音楽の歴史は300年程度ですが、やはりそうした「時代の選択」を経て生き残り続けてきたものですね。 つまり、古今東西を問わず、人類普遍のものを持っている、と言っていいでしょう。 ほかのジャンルにおいては、時代性がかなり影響してきます。 この先100年後(人類文明が残っていたとして)、さて、ポップスやジャズの中でどれだけの曲が生き残れるだろうか、と考えると、危ういものを感じはします。 (ビートルズやシャンソンのピアフ、などなどは確実に残る~みなに歌い継がれ続ける~と思うのですが、大方のものは、歴史に名前が残るだけになってしまいそうです)。 クラシック音楽と言っても、かつて貴族にだけ聞かれた時代は別として、当時のはやり音楽でもあったわけです。 そのうちのほとんどが、歴史に名前が残っているだけで(残ってない方がはるかに多いでしょうね)、実際に今、演奏されたりみなに聞かれたりはしていません。 今、残っているいわゆる「クラシック音楽」は、そうした厳しい淘汰を経たものと言えます。 つまりは、それだけ普遍性を持っているものだということになり、 それだけ内容があるということになります。 内容があると、それだけ中身が深くなり、それを聞き取るにはある程度の能力と努力も必要になることがあるでしょうね。 なのでどうしても、突発的な大きなブームにはならないのでしょう。 そういうものだ、と考えた方がいいと思います。 その分、未来にまでも確実に聞かれ続けるはずです。
お礼
ご回答ありがとうございます。大変わかりよいご意見で 参考になりました。ただ、普遍的な意味ではまったくそのとおりと存じますが、わが国における・・・となった時には何か寂しいものがあるのですが・・
- fcrjoey
- ベストアンサー率35% (20/57)
私は民間人ですが公共団体の文化事業の中で クラシック音楽に携わっている者です。 「敷居が高い」と言うのは 確かにその通りだと思います。 ただ、クラシック自体が持っている 「敷居の高さ」以上に「敷居が高い」と思いこまれている事もあるかもしれません。 確かに敷居の高さがある程度ある事は 望ましい事だと思うのです。 例えばレストランでも ラグジュアリーなレストランにジーンズとTシャツではおかしいでしょうし、逆にドレスアップしてマクドナルドもおかしいでしょう。(別に「いけない」という事はないでしょうが) 服装だけではなくテーブルマナーなどもそうだと思います。 楽しむという事に色々な敷居がある事は より楽しむためのスパイスにはなり得ると思うのです。(あくまでスパイスであり本質ではありません) ただ、その敷居の高さを本来の高さ以上に感じられている様に思います。 先ほどのレストランの例えだと ファミレスをよく知らない人が 「あそこではフォークとナイフでご飯を食べるんだろう?そんな所は私にはちょっと・・・」と言った感じです。 今では色々な演奏家や演奏団体が とっても門戸を開いて、 色々な人に受け入れられるコンサートを 開いています。 一昔前だと、入門用クラシックコンサートなんてのは 全然つまらないものが多く、押しつけがましいだけでした。押しつけがましい「入門用」は後述の教育と一緒でクラシック嫌いを作るだけですが、 最近はとてもプログラミングなどよく作られていて 結構いい出来のものが多いです。 (なによりも「入門用」とうたっていないのがよい) あと、教育にもおそらく問題があって 先進国で音楽の授業がある国は非常に少ないです。 ある記事によると世界中の国で義務教育の中で音楽の授業があるのは1割程度しかないそうです。 教育の題材としてクラシックが取り上げられている事が、クラシックに対しての苦手意識を作っているのではないかと思います。 あと、非常によく感じるのですが クラシックのコンサートのチラシがつまらない。 でも、最近すこしずつましになってきているような気がします。たまにとてもセンスのいいものを見かけて、このセンスの持ち主の演奏を聴いてみたいと感じる事もあります。 最近では演奏家がブログなどのツールを使って 演奏だけではなくそれぞれのパーソナルな魅力を伝えて、ファンを作っていこうという姿勢や 先ほど書いた様に演奏団体でも、「入門用」なんてするのではなく、本物を身近に聴かせるという努力などが顕著で、(私も事業の中で、いかにして従来のクラシックファンと「今回が初めて」という人を客席に同居させるかに腐心していますし) 音楽に携わる人達が代替わりしていく事で 少しずつ状態は良くなっていくのではないかと思っています。クラシックの敷居の高さの上にあぐらをかいている演奏家・演奏団体が自然に淘汰されていきつつありますし、そういう世の中作りに尽力していきたいと思っています。 長文失礼しました。
お礼
ご回答ありがとうございます。 そうですよね。やはりクラシックはなんだかんだ言ったって芸術表現の一種ですね。だからブランド物の製品を選ぶ人々の中でほんの一握りの人たちは純粋にその良さを感じて求めるんでしょうね。やはりスーパーマーケット的なクラシックの安売りは後々、選ばれた芸術としての価値を損なうかもしれませんね。いい意味での敷居は必要かも知れませんね。ああ難しい!
敷居は高いと思います。 私はクラシックファンで聴き始めてから9年くらいになります。 今までにCDを買って聴いても一回聴いただけではよく解らない(いいと感じない。よさが解らない)こともありました。何度か聴いていいと感じる(よさが解る)演奏もありました。 それを考えると敷居が高いと思います。いいと感じるのには敷居が高いと思います。 もう一つ。好みの問題かもしれませんが。絵画が好きな人でも、ゴッホは好きだけど、クリムトは好みではないとかあると思います。 クラシックもそんな感じだと思います。 私はフランスものはよく解りません。サン・サーンスのチェロコンとか、ベルリオーズの幻想とか。いいと感じることもあるんですけど。 あと、クラシックを聴いて泣くほど感動することもあれば、あまり何も感じないこともありました。 自分の感性にも調子があるみたいで、いつも好調で自分にとっての鋭敏であるとは限らないんですね。 あとは演奏者によっても解りやすい演奏とかあるし。 あと初めて聴く人がいきなり、ブルックナーの8番を全曲通して聴くのもきついと思います。 私はクラシック暦9年ですが、室内楽は苦手だし。 ショパンのピアコン1番のCDを始めて買う時は、店員さんにツィマーマン&ポーランドを一旦勧められましたが、「でも、ファーストチョイスには向かないかもしれない」といわれました。それで買ったんですけど、なかなか濃い演奏のようで。でも何度か聴くうちに凄い気に入りました。 濃い演奏といえば、チェリのシェーラザード。ああいう演奏はクラシックを初めて聴く人には向かないと思います。 私は初心者はチャイコの後期交響曲やドヴォ9がいいと思います。 全曲通して聴くよりも第一楽章だけとか、抜粋して聴いていましたね。聴き始めの頃は。 そういうことを考えると、聴くのには敷居が高いのかもしれません。 まあ、自分の感性に合った曲から聴くといいと思いますね。 あと、のだめカンタービレの話が出てましたが、ああいう何かきっかけがあると入りやすそうですね。 私も全巻(今のところの)を読みました。 一度聴いただけでは解らない曲は何度か聴いていいと感じるようになることもあるし、感性が磨かれるとすれば、昔より今の磨かれた感性の時のほうが、曲を聴いてよりいいと感じるでしょうね。耳が肥えてくるとか言うじゃないですか。
お礼
ご回答ありがとうございます。 やはり「のだめ」さんですか。今度ぜひ見てみます!
- uoza
- ベストアンサー率39% (326/827)
ハードロックからクラシックを聴くようになった世代?です。ツェッペリンの解散以来ロックは色褪せまして、退屈に感じられてきました。そういうときにモーツァルトの第40番は効きました、ベートーベンのクロイツェル・ソナタは効きました、チャイコフスキーのバイオリン・ソナタは効きました、カルメンの名曲オンパレードは効きました‥ブルックナーの重厚さは効きました‥。 かなり熱中しましたが、今ちょうどfabianxさんと似た倦怠期にあります。もともと再現芸術ですから、ひとときのようなロマン派濃厚な指揮者がありえなくなった今日では表現するものがあるかどうか。宇野功芳さんのような聴き手、個性の体現者が出ないのですね。また、バッハの作品は音楽の自然法則を研究した成果と読み齧っていますが、そういう「憑きもの」がないと似たり寄ったりで展開していかないような。 「ジャンル、ポップスやジャズ、歌謡曲などから見ると今一つ盛り上がりが少ない」とありますが、音楽界全体がそんなに盛り上がっているようには思っていません。映画も面白くなくなっています。「憑きもの」がないからだと思っています。
お礼
御回答有り難うございます。 実を言うと私はまだまだ倦怠期までは行ってないのですが ご意見の「憑き物」という表現は素晴らしいですね。 確かに、CDが良い音(均質で・・)でどこでも簡単に手に入りだした頃から、ご指摘の傾向ですよね。ライヴに出かける人が減少してるのは、このこととも関係があるような・・・LED ZEPPELINも聴いてみたくなりました(笑)
- Ta595
- ベストアンサー率57% (525/911)
こんにちは。質問者さんと同じクラシック音楽ファン(マニア?)です。 私の場合は中学校で吹奏楽部に入ったのがきっかけでした。 >今一つ盛り上がりが少ないと日頃から感じています。こう感じてるのは私だけでしょうか? 私もそう思います。 #2さんもおっしゃっていますが,クラシックはBGMでも十分魅力的ですが,本当においしいところを味わうには,「ある程度」の時間と準備と集中力が必要ですよね。人それぞれのライフスタイルがある中,また,他にも趣味とするにふさわしい多種多様な楽しみがある中,クラシックのメロディーはいくつか知っているけれども,趣味として楽しむまではいかない,という人が多いのは,残念ですがある意味仕方のないことだと思います。 (興味を持てない人が多い背景として,メディアへの露出の少なさによる認知度の低さや,学校教育がもたらす堅苦しいイメージはあるでしょうけれども) >どうしたらもう少しこの世界に人々の関心を集めることができるのでしょうか? 最近TVによく登場するカルミナブラーナの冒頭やヴェルディのレクイエムの怒りの日を,映画音楽のサントラかなにかと思って「かっこいい」と言っている人,クラシックのメロディに歌詞をつけて歌って人気が出た人,TVで取り上げられて話題になった曲,などなどの事例を見るにつけ,クラシック音楽に万人を惹きつける普遍的な魅力があることは間違いない,と私は勝手に確信しています(^^。 それに,多くの演奏家の方々は,少しでも聴き手の側に近づくような努力をコツコツと続けてくれていると思っています。何かきっかけをもらった人がその世界に入っていくのは,以前よりもずっと簡単になっているとは思いますよ。 何より,質問者さんがそのように思うのであれば,質問者さんが周りの人々への「きっかけ」になってあげること,これが一番大事なのではないかな,と私は思いますが,いかがでしょうか?(^^ ---(質問者さん,以下,勝手に場所を借りてすみません)--- #3さんへ。私はクラシックと同じくらい漫画が大好きなんです。それに,私の周りにも「のだめデビュー」の人,たくさんいますよ(^^。一番身近なところで,私の姉がそうです。きっかけはなんでもいいから,興味を持ってくれる人がもっと増えるといいな,と思っています。
お礼
御回答有り難うございます。 文中の、ある程度の時間と準備と集中力・・・これですね多分。芸術的な感覚を含む表現の世界のものを観賞するにはこれが絶対必要ですよねえ。好きな人にはこの努力が快感なんでしょうけど、これは実際、用のない人には強いられたら苦痛以外ないですね。閑話休題・・・そう、私もキッカケ人になろうと常日頃努力してますが、たまに、もうアカンと思うこともしばしばです・・・(涙)
- joy-net
- ベストアンサー率49% (301/606)
実は私は、最近までクラシック音楽をまともに聞いたことがなかった人間です。 しかし知人にすすめられた、漫画「のだめカンタービレ」で一気に世界が広がりました。 それまでも、クラシック音楽を題材にした漫画は色々読んできたのですが、漫画は読んでも題材には興味が沸かなくて、それ以上の広がりはありませんでした。 でも、この漫画で取り上げられている「ラフマニノフのピアノ協奏曲2番」をどうしても聞きたくなって、1枚CDを買った日から、それこそ世界が変わった気がしました。 しばらくは、そればかり聞いていたのですが、その内に、漫画に取り上げられている楽曲がどんどん気になって「ガーシュウィンのラプソディ・イン・ブルー」、「ベートーベンのピアノソナタ悲愴、熱情」「エルガーのヴァイオリン・ソナタ」などどんどんCDを買いまくり、最近は漫画に取り上げられていない楽曲もあれこれ買い求めています。 コンサートに行きたくて、でも一人ではなんとなく心細く、友人に漫画を貸してクラシック仲間を増やそうと画策中です。実際、漫画を読んだ知人たちは、結構、漫画で取り上げられている楽曲に興味を示すので、仲間が少しずつ増えています。 もとより私に漫画をすすめた知人もその一人です。 今度、何かいいコンサートがあれば皆で行こうと約束もしています。 漫画の世界で、あまり堅苦しくないイメージをもらったから、とっかかりがよかった気がします。 それまでは、敷居が高いというよりも、クラシックというと、学校で掃除のとき流れていた、とか、下校のときに流れていた、とか、音楽で鑑賞させられて眠かった、とか退屈なマイナスイメージだったので。 きっかけ一つではないのかなあと、私は思っています。 ところで、純粋にクラシック好きな方からは、私のようなはまり方は、やっぱりミーハーに思われますか? 漫画から……と、眉をひそめられてしまうのでしょうか?
お礼
御回答有り難うございます。 漫画の存在は知りませんでした。今度見てみますね。 御回答文中に「今度、何かいいコンサートがあれば皆で行こう・・・」というのがありますが、この、何かいいコンサートって言うのはどうやって探されるのでしょうか? 機会がありましたら、またおおしえくださると嬉しいです。
だいぶ昔に友人の薦めからクラシック音楽にはまったことのある者です(今はほとんど聞きません) あなたのご質問に対する前向きな解決策を講じる為に、まずは聴かなくなってしまった原因の部分として、 1.一般的に曲が長い。(聴いてるうち飽きてきてしまい、間延びしてる感じがする。もう少し凝縮出来ないかな等、素人なりには感じました) 2.一般的に歌詞が無いので、一緒に歌ったりすることが出来ない。(みんなカラオケする世の中なので歌えないのは・・・という感じです) 3.1とも関係し、BGM的に流しておくには良いなと感じる場面もありますが、生活の中でそのようなシチュエーションが少ない。 4.これも1と関係し、好きな曲の好きなフレーズがあったとしても、それ以外の部分が長い。 等々が、聴かなくなった勝手な原因です。 クラシックもCM等で使われたり、生活の中で馴染みのある曲やフレーズは相当に多いと思います。 クラシックとして、根本的に残して行くべきスタイルと、それとは別に多少現代の若い人などが受け入れ易いように、有名なフレーズ等をポップ(ジャズ風でもテクノ風でも良いですが)にアレンジするなどして、馴染みやすいような歩み寄りは必要なのかなと思います。(その様なモノも既にあるのかも知れませんが・・) その中で原曲を聴いてみたい等になっていけば、今よりは敷居の低い状況が出来るのかな、と思います。 (本当は決して敷居の高い音楽では無いと思っています。しかし自分で演奏しようとしてバイオリンやチェロやを購入し、練習するとなると、実際敷居が高い感はありますね) 何の世界でもそうですが、こうすれば人々の関心を集められます、というような簡単なお話は無いとは思いますが。
お礼
御回答有り難うございます。 ふう~ん!なんと言うか、やはりドレミで出来た西洋音楽クラシックは気軽に生で聴くチャンスが少なすぎるのかもしれないですねえ・・
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お礼
ご回答ありがとうございます。 フォーマルな服装という言葉に敷居は感じますが、音楽ほどではありません。フォーマルのかっこよさはクラシック音楽のかっこよさとも通じ合える気がします。 フォーマルな服装を避けたがったのは共産党支配のソ連や東側諸国でした。フォーマルを四角四面に捉えることはないと思うのですが・・・でも回答者さんのご意見も一理あるなあと思いました。