• ベストアンサー

人格障害

人格障害の治癒例、また、その治療方法、医学的なものでなくても結構です体験談含め、教えて下さい。

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
  • amurensis
  • ベストアンサー率63% (30/47)
回答No.2

実体験に基づく考えですので、非常にピンポイントな回答ですが・・・。 No.1の方も仰っているように、人格障害の根本はその人の性格ということになるので、治癒というのはなかなか難しいし、捉え方によってはあり得ないのかも知れないと思います。 私は通院の必要がなくなってから1年以上経ち、衝動的な行動もうつ状態や不眠状態もなくなり元気に働いていますが、何となく「治った」という表現より「治療を完了した」という表現が自分でもしっくり来ます。 人に話す場合(あまり話しませんけど)、たいていは面倒なので「治った」ですけどね^^; 以下、問題の解決=治癒という言葉で書かせていただきます。 人格障害の原因として幼少期の親子(特に母子)関係が挙げられることが多いようですが、そこにばかり焦点を当てても治癒に結びつきにくい気がします。研究としてはそこが大切なのでしょうが。 また、病院では自傷行為やうつ状態等の表面化している問題を押さえ込もうとする治療が多かったように思いますが、それも解決に結びついたとは言い難いです。 前者は根本的すぎるし、後者は目先すぎると思うのです。 実際に私が治癒したきっかけは、自身の考え方や行動パターンの歪みを自覚し、「自分で」矯正していったことでした。 もちろん、そこには歪みを指摘し、より良い方向を示してくれる協力者が必要でしたが、自分自身で意識して矯正していくことが最大の治療だったように思います。 人格障害とうつ病が混同される場面が多々ありますが、それは人格障害の治療にとってそうとうな弊害になっていると感じます。 うつ病に「頑張れ」は禁句ですが、人格障害はある程度の努力(自発的な矯正)がなければ治癒は難しいと思います。 うつ病の治癒には薬が効果的ですが、人格障害に対しては薬はあくまで表面化している問題を改善するだけの補助輪です。 ですので、治療法は?とのご質問に端的に答えるとすれば、  <<自身のアクションとして>>  自身の歪みを知り、矯正するという努力・姿勢。  自分が自分を治すという意思。  <<治療者・協力者のアクションとして>>  思考パターンの歪みを説明し、生きやすい方向を示す。  具体的にどうすれば良いか教えてあげる方が本人に分かりやすい。 こんなところでしょうか。 母子関係などの根本的解決は、人格障害の「生きにくさ」を解消してからでも遅くないと思います。 問題行動を起こしているうちは、本人の頭の中は戦争状態ですから、そこに更に難しい問題を持ち込んでも解決は得られにくいのではないでしょうか。 それに、私個人の体験に過ぎませんが、自分の思考パターンを矯正していくうちに親子関係の歪みも自然と少し昇華できたようです。 殆どが私個人の体験談になってしまいましたが・・・、参考になれば幸いです。 長文失礼いたしましたm(_ _)m

taro2006
質問者

お礼

貴重な体験談本当に有り難うございます。 「生きにくさ」の解消 この部分が本当に大事だと思いました。 生きにくさこそが、うつ症状などにつながっていくわけですから、 生きにくさの原因の行動パターン(考え方)探しが 結果につながっていきそうです。

その他の回答 (2)

回答No.3

少し外れてしまいますが、余計なことだったら聞き流してください。 人格障害の治癒というのは、理論的に言えばあると思います。 人格障害と「変わった人」の違いは、社会に適応的であるか否かです。 なので、社会に適応できた(すなわち、質問者様がおっしゃる「生きにくさ」が解消された)ら、治癒となるでしょう。 私は治療者側なので治癒例などは倫理上出せませんが、 #2さんのおっしゃるような方法(思考パターンのゆがみの矯正)はとても有効です。 (まあ、人格障害の種類によっても違いますが。逆に母子関係を見ていったほうが近道である場合もあります。) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ここからはついでの話です。 #2さまのおっしゃっていた、 >うつ病の治癒には薬が効果的ですが、人格障害に対しては薬はあくまで表面化している問題を改善するだけの補助輪です。 精神科等で処方される薬で、根本的な問題を解決する薬はほとんどありません。 つまり、うつ病の治療でも人格障害の治療でも、薬は表面化している問題を改善するだけなのです。 つまり、風邪薬と同じです。(風邪薬も症状を抑えるだけですよね。) しかし、人格障害の方の方がなかなか薬の効果が見えにくいというのは言えます。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー どうでもいいことまでつらつら書いてしまいました。 気分を害されたらごめんなさい。

taro2006
質問者

補足

回答有り難うございます。  人格障害によっておこる症状が、神経伝達の異常ではなく、成長過程の様々なことによる性格の異常の為と、考えるならば、薬物による対処療法中、心の原因を取り除くことで症状が抑えられるように感じています。  過去のイベントから得た、様々なことへの捕らえ方、考え方を変える努力が心の原因を取り除くこととなるのでしょうか?  そうではなく成長過程で得るべきスキルが不足している為に心に問題を作っていて、それを補うことが捕らえ方、考え方を変えることになるのでしょうか? また、他の方法なのでしょうか? 専門家の意見お聞かせ願えませんか?

  • altosax
  • ベストアンサー率56% (473/830)
回答No.1

私もこの問題については非常に気になるので、いろいろ本を読んでいますが、「直った」というニュアンスのものはあっても「治った」というものは見当たらない感じですね。まだまだ私も読み足りないですが・・・ 人格障害は病気でなく(治る治らないの対象でない)、文字通りの「人格」にすぎませんから、ねじまがった人格が少しは素直に「直る」という程度で目標達成なのではないでしょうか。 病気ではないから治癒、ということはありえなく(不治の病ということではなくそもそも治療という言葉は使っているけど、人格に対する指導矯正という感じではないでしょうか)、ねじけた人格が以前に比べて落ち着く、という程度のことしか求められていない様子です。 なぜなら人格障害は、「大きなトラブルが表面化」さえしなければ、単に「こまった人だねえ」で終わってしまうべき性格(大切な個性としての人格)の問題だからです。 何名かの精神科医の臨床記録の本を読んでみましたが、いずれも「医師の元を去ったとき」が「治療の終結」と描かれています。 その医師のもとを去った理由が、「治療」の甲斐あって本人の心が落ち着いたからなのか、はたまた人格障害お得意の突飛な行動で飛び出して、よその医師のところで新たな困りごとを繰り広げるために「活躍場所」を変えただけなのかは、特別な報告を貰わない限り医師もわからないようです。 しかし、特定の医師のもとを離れたとき、というのがひとつの「本人の意思の区切り」として「治療の終結」と見ているのではないでしょうか。

taro2006
質問者

お礼

治癒ではなく、本人なりの回答を見つけ出す、また見つけた時が1つの区切りと考えるのがよい様ですね。 回答有り難うございます。

関連するQ&A