伊賀忍者と甲賀忍者の待遇差
伊賀忍者と甲賀忍者の待遇差
江戸も平和な時代になると、伊賀忍者は同心として30俵3人扶持、職務も空き屋敷の管理とか軽い役目、甲賀は与力として200俵を与えられ、江戸城の門番などを務める。
元々の出自が、伊賀は足軽身分に対して、甲賀は望月家に代表されるように六角氏配下の豪族身分であり、武士階級だったという差はあるにしても、功績を考えれば、伊賀の方が上だと思います。
何せ甲賀忍者は伏見城攻防戦で裏切たため、守将の鳥居元忠以下が討ち死に落城しているのに対して、伊賀忍者は伊賀越えで家康を助けた功があり、幕府成立後の待遇の差に何となく釈然としません。
現実、伊賀忍者は服部半蔵正就の時代には待遇改善を要求する事件も起こしており、伊賀忍者自体待遇に不満もあったと思います。
裏切り者が重く用いられ、功臣が軽んじられたのは何故でしょうか?
お礼
日光江戸村にもありましたか。 ありがとうございます。