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26歳男性の僧侶への夢と挫折
- 26歳になる男性が中学の頃から僧侶になりたいという夢を持ちながら修行を重ねてきたが、今もなお道場での修行の段階で挫折する不安を抱えている。
- 彼の生い立ちは家族に無視され、一人で家事をこなし学校に通い、友達とも交流がなかった。夕食は弁当を受け取って食べるだけで、楽しい思い出は一つもなかった。
- 20歳で得度し、24歳で専門の道場で修行をしたが、和尚になることはできなかった。彼は今も和尚になりたい気持ちを持ちながら、どこが間違っていて、どう改めれば道を見つけられるのか悩んでいる。
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〉また修行の段階で挫折するのではという不安もあります。 これ、何かをしようとする人には、誰にでもある気持ちだと思いますが、その不安で何もしないか、不安を隠して再挑戦するか、不安と対策をして再挑戦するかで、成し得るか、挫折するか、何もできないか、の差ができるのでは? ちなみに、万馬券を当てる方法って知っています? 1パーセントの可能性を、必ず逃す、絶対に当たらない方法があるんですよね。 外れるからという理由で、馬券を買わない人は正しい人なのでしょうか?
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- omochipan
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和尚になるのかどれほどの修行が必要で、どんな困難があるのかもわかりません。 なぜ道場から逃げたのか、そのあたりもよくわかりませんが、温かく見守ってくれている思われるのなら、今の気持ちを方丈さまに手紙に書いて送ってみてはどうですか。 今はアルバイトをしながら生活をしているということ、和尚になりたい気持ちや、何が間違っていてどこを改めれば、和尚になれるのか、修行でまた挫折するのではという不安があるということを、連絡先もちゃんと書いて送ってください。 しかしそんなに焦って和尚になっても何もいいことはないと思いますよ。
お礼
丁寧なご回答ありがとうございます。 焦ってもダメですよね...
- tokohay
- ベストアンサー率10% (173/1579)
仏教でなくてもいいじゃない。
お礼
ご回答ありがとうございます。 実はそうなんです汗 はい汗
- lugiyk
- ベストアンサー率13% (11/81)
動機が不純であるような気もしますが。「和尚」という精神的な肩書に到達しても、あるのは現在と同じ日常ではないでしょうか。人を究極に満たせる物事が何であるかは知りませんが、もし和尚であったなら誰しもが寺の和尚を目指すのではないでしょうか。(一般には大金持ちだとは思いますが)ネットにも転がっているかもしれませんが、抵抗しない・判断しない・執着しないを身をもって実践していた禅僧たちは、当時のエピソードも踏まえて名言集として書籍にもなっているので、生きるヒントとして参考になるのではないかと思います。
お礼
ご回答ありがとうございます。
- hue2011
- ベストアンサー率38% (2801/7250)
間違っていることはひとつだけあります。 自分のことしか考えていないということです。 自分が救われる、自分が僧正という位に就ける、というようなことだけを考えている以上、坊様としてはそこで止まります。 それぞれの宗教には関係ないことですが、その宗教の指導者たるものは、自分のことは2の次3の次なんです。ひとを助けよう、救いたい、が前面にあり、そのために当人に成り代わって悩み苦しみ、こうすれば救われるんじゃないかと言う方向に相手を導いてみようというトライの繰り返しなんです。 それがあなたにはひとつもありません。つまり、あなたと会話した人が、ああ気持ちが楽になった、助けられた、ありがたいと思うことがないだろうと思われるのです。そんなひとを一歩下がって尊敬する気になりますか。 あぶないときに身を乗り出して助けてくれる人は、命の恩人としてずっと大事に思い生涯その人のために役立ちたいと考えてくれるものです。それがあなたにありますか。
お礼
ご回答ありがとうございます。
- SPS700
- ベストアンサー率46% (15297/33016)
1。何が間違っていたのでしょうか。 和尚とは、お巡りさん、のような漠然とした敬称ですから、何がなさりたいのかどのような勉強をすれば良いのか、お調べになるのが先決でしょう。 2。どこを改めれば、和尚になれるのでしょうか。 下記のように色々な解釈がありますから、その「方丈」さんに伺ったり、お家の檀那寺のお坊さんに聞いたりしてご覧になるといいと思います。 https://kotobank.jp/word/%E5%92%8C%E5%B0%9A-40294
お礼
ご回答いただきありがとうございます。
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ご回答ありがとうございます! 共感致しました。