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世の中って「結果がすべて」なのですかね。
中学とかは努力することが美しいみたいなことを言われてましたが、高校に上がってから、結局努力したかしてないかは関係ないのかなって。いくら勉強したとしても、成績が悪ければそれはダメ「努力の仕方間違えてないwww」て笑われる。反面、楽して山アテしていい成績をとった時「よくがんばったね」と。 まえより、楽したのに、まえより頑張ってないのに。 所詮結果がすべてなんだなってなんとなく思ってます。 なんだか、それって悲しいなって。努力する姿は素晴らしいものだと教えられ、そう信じてきたけれど、そうじゃないのか、努力したとかしてないとかは自己満足。他人に評価されようと思えば結果さえ出せばいい。そうかんがえると、この世の中が嫌になるというか。 努力至上主義者なのかも知れませんが、それは改めないといけないのか。 ぼくは、頑張ってるなって人を見たら応援したくなる。失敗したらかわいそうだなってなく、成功したら自分も嬉しい。 でもそうじゃないのかな、どんな過程であれ結果を出す人こそ自分が尊敬するべき人、応援すべき人? 甲子園目指してる人たちを見て、応援するよりは「そんな実現可能性の低いことを目指してもバカにされるだけのくだらない努力になる可能性が高い」と見るほうがいいのか ぎゃくに、単に努力してるだけの人なんて、付き合う価値はないのかなとか... こんご、どうやって生きていくべきなのか。 結果の絶対になる努力がしたい。結果が出るのかがわからない努力はむしろ馬鹿にされる骨折り損、と考えると怖くなる。 ようするには、人からバカにされる可能性を考えると怖くなる臆病者。自分は才能なんてないから努力しないとダメなのに。 自分を変えたいのです。人からどう評価される、どう思われる、バカにされる、そんなこと気にせずにやりたいように頑張りたい。けれども、臆病な自分がかわれない。どうすれば、助けてください
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- mevius007
- ベストアンサー率40% (14/35)
私の友人は とても長い間職人として働いてます 周りの職人にどんなに馬鹿にされても 物の精度を保つ事を彼は貫きました これを貫き通せば いつかきっと こだわりのない仕事を超えたスピードで かつ精度を保った美しい物を造る事ができると そうずっと信じて今でも彼は仕事しています 敢えて誰も雇わず 一人でやるという環境を保ち より困難な状況に彼は身を置き続けています 限界を超える為に 家でもろくに眠らずに より完全に近付ける仕事を考え続けています こういった仕事を続けている内に 誰も彼を馬鹿にしなくなりました スピード 精度 知識 全てにおいて誰も彼に全く勝てなくなったからです 客は彼の事を怪物と呼びます 何カ月待ってでも彼に仕事を依頼します それでも彼は努力をやめようとしません 満足できる仕事がいまだに1つもないからだそうです こういう人を努力する人だと私は思う 他人がどう思うか そんな事は最初から1ミリも関係ない そもそも成功するかしないかすら 彼には関係ないんですよね 強い心を持ってください あなたの人生に 良い結果が出るといいですね
- mink6137
- ベストアンサー率23% (595/2500)
実社会では中は「結果がすべて」です。 結果を出せない努力をしても、それは努力でなく徒労。 結果を出すには継続的に血のにじむような努力が必要。 学校で「努力するのは…」は実社会で努力するための「予行練習」である。 山アテで運よく結果が出るのは、あくまでも学校のテストだけの話し。 実社会では山アテで結果が出ることは絶対あり得ない。 最近、世界的大手のエアバッグメーカーの「会社更生法」が決まりましたよね。 学校のテストでは95点とれば成績優秀ですが、 実社会では95点では0点になってしまう例ですね!
- sansyokudangox
- ベストアンサー率13% (80/600)
今の会社は「結果」より「プロセス」重視。 質問者さんの「努力・頑張り・結果」って具体的に言うとなんですか? 具体的に言葉にして図にしたものを「フロー図(プロセスの流れ図)」と いいます。(たぶん)フロー図が正確であれば「結果」もつながるはずです。
- 5minutesmore
- ベストアンサー率12% (61/502)
大切なのは、その結果で自分が喜べるかどうかです。 自分で希望をもって目標を決め、頑張った結果が、満足のいくものであれば、それで十分です。 人によって能力や、好きなことや、経済的環境など違ってるので、当然、目標も違ってきます。 それを一人でやる場合と、みんなで一緒にやる場合、別々の部分をやり最終的に組み立てる場合などでは、求められる完成度合いも違ってきます。 そして満足度も違うかもしれません。 それらは、自分で選んで挑戦すればいいんです。 ある程度で満足するもよし、再度挑戦するもよし、さらに高嶺を目指すも良しです。 まずは、身近なものから、手の届きそうな目標をたてて、やってみましょう。 そして、完成の喜びを味わってみましょう。 少しずつ、自信がついてきますよ。
- pipipi911
- ベストアンサー率22% (1029/4602)
結果が大事と云ってもニーズによって異なる のではないでしょうか。 私は、一流の板前さんの創作料理の方が、 専門課程を履修して資格を取得した管理栄養士さんの 創作料理よりも、美味しく感じます。 所属する組織のトップの人生観、価値観、 美意識、人生哲学、経営哲学、教育理念などに よって、ニーズや評価が変わってくる筈です。 上席技師に対するような評価基準を新卒者、 2年生に適用しないと思いますし、当然、 結果は大事には違いないのですが、プロセスである 日々の言動、眼差し、表情、雰囲気から読み取れる ものが、その新参者の近未来~未来に関しての 職責水準に絡んでくると思いますよ。 ミスしても、意気阻喪の状況を引き摺らずに、 リカヴァーセンス等のリスクマネージメントで 魅せる若い才能やバイタリティーが トップを呻らせる筈です。 鉄鋼王のアンドリュー・カーネギーの伝記を 詳細に知ってみませんか。それと、 彼の墓碑銘を知ってみてください。 ロックフェラーなどもそうなのですが 殆ど学歴なんてないようなものなんです。
- potatorooms
- ベストアンサー率28% (3506/12498)
努力は評価されますが、頑張りはどうでも良いことです。 要はなにを努力して実行したかです。 ご質問者さんは、ほめられる何か、利益を上げる価値を生む何かが、結果だと思っていませんか? 例えば、学問の分野では、成果の得られなかった研究、予定の成果を得られなかった失敗実験も成果なんです。 その成果に基づき、次の研究の方向を決めることができるからです。 難関大に受かった人のスケジュール帳を集めた本を出した人がいたんですが、難しい受験を成功させた人たちって、勉強の予定をスケジュール帳に書いているのではなく、勉強した実績とその勉強によって得た成果が書かれています。効果のある勉強と無い勉強を記録として残して改善していけるようにしているんです。 ご質問者さんの勘違いはたぶん頑張って努力したら、結果は得られないと悔しい、運が悪い、才能がない、と、気持ちと成果を直接つないでいません? 自分にとってよい方法、自分にあった方法は、聞いても本で読んでも得られません。自分で試して失敗を失敗として生かして成果が出る方向に変えていくという過程を踏めるかなんです。 期限があるものだとその試行錯誤込みで期限までに結果を出さないと意味がない、という意図ならご質問者さんの話は正しいですが、楽して山当てした人を見て、勉強時間だけ積んだ人たちが報われないのはおかしいという感情は絶対に持ってはだめです。 勉強時間を重ねながら、その山を見逃していた、成果の上がらなかった勉強の仕方を改善する方法を考え試していくことです。 たいがい、山当てできるひとは運の要素以外に山当ての技術を持っていることがあって、授業や先生自体の特徴をつかんでいて、授業中に机やノート、教科書を見続けるということはしていないことが多いようですよ。 身を立てたい学問でこの手のことをやるのはおすすめしませんが、社会に出てからも役立つ技術のひとつであることは間違いないです。 高校を出たら関わりたくない科目でそんなやり方をするのもアリだと思いますよ。 頑張れば誉められるというのは幼児への接し方ですね。お手伝いしたこと自身を誉めて、よいことを反復させるんです。犬にお手を躾るときと同じ。 ヒトを誉めるときは、頑張りではなく、どんな過程を取ったかを誉めます。正しい手順、ご質問者さんのいう間違えない努力の仕方? が身につくように誉めます。 結果だけ誉めるというのは、大人でも滅多にありません。
- OKWavex
- ベストアンサー率22% (1222/5383)
努力すればおのずと結果も出ます 逆に結果が出ないということは努力したつもりでも実はしていないんです 最初から成果を当てにして作業するようなノルマの消化は努力とは言いません 努力をしたふりだけ見せても結果は出ません つまりは自業自得・因果応報ということ
- fjdksla
- ベストアンサー率26% (1812/6770)
成長するには努力が必要です。 成長には結果が伴わなくても問題ありません。 「努力する事」が成長に必要なんです。 成長すると結果がでます。 結果がでないと言うのは、何か足りないと言う事です。 テストにしても部活動にしても結果がでないと言うのは 勉強の仕方、練習の仕方に何か問題が有るということです。 そして、大人になったら・・・「成長した」と思われます。 ですので、大人は努力した後なので・・・・ 結果がでないといけないのです。 結果がでないと何か問題が有ると思われても仕方ありません。 と言う事で、 学生の時は努力する事はすばらしい! 大人になったら結果を出さないといけない!
そうですよ。 社会に出れば要求されるのは結果だけです。 ただ、その結果を出す為に日々皆さん地道に努力してるんです。 努力無しで結果は得られないので「努力」などという事は社会では当たり前なのです。 多くの人は他人に努力する姿を見せたりはしません。 それがプロという事でもあります。 ただ、その過程を短く効率的に行う事はできます。 これを目指すのです。 ただ、そうそう一本道では行かないので失敗を繰り返しそこから学び先へ進むのです。 そうするなら無駄になる努力は無いです。 努力は決して無駄ではないです。 単にそれを活かせず無駄にしてしまう人がいるだけです。 仕事はともかく人生は効率だけではないです。 時にはその無駄が人生を予想外の方向へ導く事があります。 それだって無駄にはなってないってことですよね。
社会に出れば『結果が全て』ですね 納期に間に合わせる様に、工程をフル稼働させて頑張ってみても 結局間に合わず、エンドユーザーに「一生懸命頑張りましたが・・・」なんて事を主張しても そんな言い訳は一切通用しませんしね 一生懸命頑張っても結果が出なければ、評価はされません だからと言って、適当にやって結果を出しても評価はされないでしょうね 一生懸命に頑張って結果を出す事が、一番評価されますし 逆に言うと、努力なくして結果は出せません 適当にやって結果を出したとしても、それはまぐれで二度三度同じ事は続くとは限らないでしょうしね
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