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※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:人生の肥やし)

人生の肥やしとは?

このQ&Aのポイント
  • 人生の肥やしとは、無駄な経験や遠回りの中にある成長や学びのことを指します。
  • 時には政治や世相を考えることもありますが、自分自身の判断やモラルに沿わないこともあると言えます。
  • 人生の肥やしは、鶴田浩二さんが言葉にしたように、利口でも馬鹿でもなく中途半端ではない経験や成長を通じて得るものです。

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回答No.11

おはようございます。 仕入れの出張と決算期っての有って、中々参加出来ずにご無沙汰してます。 私にとって、人生の肥やしと言えるのは、修業時代だと思います。 他に選択肢が無かったので入った飲食業界ですが、親方を初め多くの方のご助力のお陰で、地方ではそこそこ名の知れたお店の花板まで勤めさせて頂きましたので、現在の仕事を行う上で、非常に有利になっています。 最近は、職人系の学校も色々出来て、修業は無駄のようなお話もネットでは散見しますが、果たしてそうでしょうか。上辺の技術だけなら良いのでしょうが、膨大な先人達の知識や技を受け継ぐのはそんな簡単な事じゃ無いし、縦横の人間関係は大切な宝だと思います。 一週間程度の研修で研ぎ師を名乗る人に自分の包丁は預けられませんしね。 最初から出来る人は居ないし順序が有るので、一つづつ認められて上に進むのが大事に思うのです。それと、急に辞めたバイトに慰謝料を請求したいなどと、お馬鹿な経営者の二代目らしき人が吠えてるのも見ましたが、下っ端を経験しないと人の心が理解出来ないでしょうね。 かといって、昔のような追い回しですと、やりがいが持てないのも理解出来ますので、スタッフには、通常業務と研修的な技術指導を並行して行うようにしてます。 早いもので施設の後輩に当たる同居の高校生は来月から三年生になりますが、捌かせて頂いて宜しいのですかと、眼を輝かせて言います。お高いお魚ですと結構しますから、捌かせてもらえるのが嬉しくて仕方ないようです。謙虚だし、熱心なので先が楽しみですし、一人前に育てるのが、諸先輩に受けた恩を返す事だと思ってます。 最近ネットで話題になってる一つに、薪を背負いながら読書の二宮金次郎像が歩きスマホや、子供を働かせるのは児童虐待に当たると、座って読書する像に代わっているとか。何だかピントが外れたお話に思います。 二宮金治郎さんと言えば生涯600以上の村の立て直しを行った、農業アドバイザー的な方ですが、ご両親が早くに亡くなり叔父さんの家に2年お世話になった時に、夜の読書は油が勿体ないと言われ、自分で土手に種を蒔いて菜種を育てたり、余って捨てられた苗から1俵のお米を収穫したりと、働かされたのじゃ無くて未来を掴む為に働いたと思います。 茄子の味で冷夏を予想し、飢饉を救ったお話も有ります。 人それぞれ、育ちや生き方で考え方も違うのでしょうが、正しい歴史認識が出来るように、勉強するのも人生の肥やしに思います。 先の大戦にしても侵略だと言うのは違うと思いますし、日本の戦時中の設備のお陰で、中国は近代化出来たし、稲塚権次郎先生のように戦後も残って小麦の品種改良を行い、飢饉に苦しんだ時代を脱する事が出来たのでは無いでしょうか。

isoken
質問者

お礼

yuria さん お久し振りです、こんにちは。 お忙しそうで、何よりです。 >私にとって、人生の肥やしと言えるのは、修業時代だと思います。 >他に選択肢が無かったので入った飲食業界ですが、親方を初め多くの方のご助力のお陰で、地方ではそこそこ名の知れたお店の花板まで勤めさせて頂きましたので、現在の仕事を行う上で、非常に有利になっています。 一流を極める為の真の修行というものは、いつの世も生半可なものではないでしょう、私が知らぬ世界ではありますが、それなりに想像は出来ます。 特に和食の世界の厳しさ・・、漏れ聞くだけでも殴る蹴るは当たり前、包丁を持った親方に追い掛け回される、昔はそんな物騒な光景も珍しくなかったようですね。 >最近は、職人系の学校も色々出来て、修業は無駄のようなお話もネットでは散見しますが、果たしてそうでしょうか。 技術大国日本・・手前味噌ながら我々日本人が持つ美点の一つは、職人の技量に対する畏敬・・一流に対する尊敬の念を持つ事だろうと思います。 そしてその対象は、和食の達人であったり町工場でその道数十年のベテランに対するもの、つまり通り一遍そして上辺に対するものじゃないはず、もっとも若干時代が変わった感は否定出来ないのかも知れませんが・・。 >早いもので施設の後輩に当たる同居の高校生は来月から三年生になりますが、捌かせて頂いて宜しいのですかと、眼を輝かせて言います。お高いお魚ですと結構しますから、捌かせてもらえるのが嬉しくて仕方ないようです。謙虚だし、熱心なので先が楽しみですし、一人前に育てるのが、諸先輩に受けた恩を返す事だと思ってます。 若い頃の苦労は金を出してでも・・と言いますが、 yuria さんにぴったりの格言だろうと思います、私なんぞより遥かにしっかりしておられるし・・、貴女のような若者に次代を担ってもらえれば、どれだけいいか。 >最近ネットで話題になってる一つに、薪を背負いながら読書の二宮金次郎像が歩きスマホや、子供を働かせるのは児童虐待に当たると、座って読書する像に代わっているとか。何だかピントが外れたお話に思います。 その話は聞いておりますが、近頃の親は全く何を考えているんだか・・、開いた口が塞がらないとはこの事でしょう。 その昔子供が親の手伝いをするのは当たり前の光景でした、ところが大した家でもないのにべたべた甘やかせる昨今の風潮・・一体何様かと、だから先に行ってろくなものにならない、熱いうちに叩かなくて何が教育なものか、間違った事をすれば往復ビンタを食らわせて叱ればいいんです。 そもそも私がそうでしたが、子供は馬鹿だから叱らねば分からない、可愛い我が子を殴り蹴飛ばしてでもいっちょ前に育てて世間に出す、それが親の愛情であり責務だと思うのですがねぇ。 >人それぞれ、育ちや生き方で考え方も違うのでしょうが、正しい歴史認識が出来るように、勉強するのも人生の肥やしに思います。 >先の大戦にしても侵略だと言うのは違うと思いますし、日本の戦時中の設備のお陰で、中国は近代化出来たし、稲塚権次郎先生のように戦後も残って小麦の品種改良を行い、飢饉に苦しんだ時代を脱する事が出来たのでは無いでしょうか。 仰る通りで正しい歴史認識は大切な事です、この世は嘘と欺瞞に満ちておりますから、客観的な判断力を養い御自身で判断する事が肝要でしょう、それともう一つ、新聞を始めとする各種メディアの報道を必ずしも鵜呑みに出来ない点・・これは申し上げておきたい。 ただ yuria さんの御意見とは異なり、中国に関してはまあ侵略だったと思うのですが・・。 他方私が非常に残念に思うのは、我が先人達が犯した千慮の一失・・つまり朝鮮半島に深くコミットし過ぎた点、僅か30数年間の支配が途方もない不利益を生み、我が日本を蝕み続けている点にある。 そもそも朝鮮半島を支配して以降、我が国にたった一つでも良い事があったか・・、全くのゼロです。 そもそも国庫を傾けて整備した各種インフラ、民度最低の不毛地帯に設けた学校教育他、換金作物・資源も何もない世界の最貧地域に投入した資本と労力は、全て無駄に終わりました、無論大幅な出超。 恐らく世界史に於いて稀なケースであったろうと思います、宗主国を全く潤さず何等メリットを齎さなかった植民地の存在というのは・・。 その挙句、現在の価値に換算して60兆円を超える在韓資産の返還要求は無視され、日韓基本条約の締結に依り、虎の子の外貨の 2 / 3 に当る11億ドルを吐き出したのみならず、それで完全決着と思いきや、何やかやといまだに毟り続けられる始末です。 加えて我が国に流入した不法入国者に社会保障費を食い荒らされ、いまだ日帝36年を叫び続けられるに至っては、こっちこそあの国と関わった事に対する恨み辛みを叫びたい 「 いい加減で祟るのは止めにしてくれ! 」 ・・と。 回答ありがとうございました。

その他の回答 (12)

noname#229162
noname#229162
回答No.2

「挫折が人生の肥やし」と言えるほど、厳しい経験をしてきたわけではないですが、辛さを乗り越えることが、人の器を作るのだと思います。他人の痛みは、自分が敬遠していないと解らない。また、試行錯誤の先に求めるものがあったりするのも事実です。 などというありきたりの説教は、isokenさんの質問には無用ですね。博打か色気の話を交えて粋な答えを書かないといけません。 「濃厚な官能の記憶は人生の肥やし」 これは、頻繁に経験せずともいい肥やし。当然相手はとびっきりの美人、人妻だったりすれば背徳の媚薬も加味されます。ただし過ぎたるは身の破滅に通じます。 不遇の時代もあっていいけど、長引くと不遇の耐性ができてしまいます。肥やしとして吸収しないで生活習慣の一部になってしまいます。これがよくない。 例えば失恋。誰しも青春時代に経験するけど工夫もしないで失恋を繰り返していると単なるモテない人になってしまいます。 「眼福は人生の肥やし」 これは芸術作品や世界遺産にかぎらず、波留ちゃんとかすずちゃんとかをTVで観ても、心が癒されます。最近我が家にシャルトリューというフランス産のネコがきましたけど、これが優雅な風格ある美形のネコなんです。 美しいものを愛でる。これも心を豊かにしてくれますね。自分も年老いても若々しく優雅でありたいと思わせます。

isoken
質問者

お礼

ex さん、こんにちは。 >「挫折が人生の肥やし」と言えるほど、厳しい経験をしてきたわけではないですが、辛さを乗り越えることが、人の器を作るのだと思います。他人の痛みは、自分が敬遠していないと解らない。また、試行錯誤の先に求めるものがあったりするのも事実です。 「 若いうちの苦労は、金を出してでも買え! 」 という格言らしきものがありますね、誰だって苦労はしたくない挫折も味わいたくないもの、但しそれがやがて血となり肉となる、逆境に耐えた分だけ人間は強くなれるのだろうと思います。 >「濃厚な官能の記憶は人生の肥やし」 >これは、頻繁に経験せずともいい肥やし。当然相手はとびっきりの美人、人妻だったりすれば背徳の媚薬も加味されます。ただし過ぎたるは身の破滅に通じます。 かの 司馬遼太郎 氏は自著 『 国盗り物語 』 に於いて、長良川の畔でその波乱万丈の人生に幕を下ろす事となる、戦国の梟雄にして 「 美濃の蝮 」 こと斎藤道三・・その今わの際に、こういうセリフを吐かしめております。 「 おうよ、双六とは本来こういうものだ、途中の風景が見られただけ儲けものではないか 」 人生に彩りを添える美女もそうかも知れません、その価値は宝石や貴金属と同じで恐らく普遍的なものでしょう、故に多少かすった程度の事でも一生の記憶と成り得る、ましてやそんな彼女達が恋愛相手・寝た相手となれば、儲けものでありますね。 >不遇の時代もあっていいけど、長引くと不遇の耐性ができてしまいます。肥やしとして吸収しないで生活習慣の一部になってしまいます。これがよくない。 何となく卑屈さを感じさせる人間・・、ex さんも見て来られたと思います、或る意味謙虚さと紙一重でありますが、一方が弱さならばもう一方は自信・・身に纏う何かがやはり違う訳で、似て非なるが故に他人様の評価は180度違ったものとなってしまいます。 こういう評価が定まってしまえばもうお終いと言う他ない、不遇・逆境の蓄積はやはり本人の責任に帰するものでしょう、長い人生には何度か断固戦わねばならない局面があるのでしょうから・・。 回答ありがとうございました。

回答No.1

isoken大センセお邪魔します 私も散々遊んだタイプです 時にはハズレくじも引きながら… 「三十させ頃、四十し頃、五十ゴザ掻き」ではなく、「二十させ頃、三十し頃、四十ゴザ掻き」ですね 犯罪はダメですが、自分の経験したことはその人の糧になるので、遠回りしようがそれはそれで意味のあるものだと思うのですがどうでしょう? 例えしくじった行動でも知らないよりマシ 見逃し三振するぐらいなら、空振り三振の方がいいってことです 私はいつもそう考えます

isoken
質問者

お礼

ミッタン、こんにちは。 >私も散々遊んだタイプです >時にはハズレくじも引きながら… 外れくじは金を出してでも引いておくものです、その中にどれだけのエキスが詰まっているか分かりません、加えてその楽しさ悔しさ切なさを味わえるのも、引いた人だけに与えられる特権でありましょう。 そもそも人生というガラポン抽選器の中身は、外れくじばかりで構成されているはず、また当たりくじばかり引いてたんじゃ面白くも何ともないですね。 >「三十させ頃、四十し頃、五十ゴザ掻き」ではなく、「二十させ頃、三十し頃、四十ゴザ掻き」ですね ??? ・・ 危険過ぎるご発言、だってミッタンは今ゴザ掻きという事でしょう? >見逃し三振するぐらいなら、空振り三振の方がいいってことです そこで躊躇っていては何も起こらないのはその通り、誇って良い勲章であろうと思います。 回答ありがとうございました。

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