※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:ぶつかり合った強烈な個性)
ぶつかり合った強烈な個性
このQ&Aのポイント
千利休という高名な茶人と豊臣秀吉の関係について、個性のぶつかり合いを通じて世俗の力学が現れていた。
利休と秀吉の愛憎の関係が、利休の死に繋がった理由の一つとされている。
利休と秀吉の個性の激突は歴史においても見られるものであり、項羽と劉邦、曹操と劉備、ヒトラーとスターリン、ケネディとフルシチョフなどの例が挙げられる。
その昔千利休という高名な茶人がおりました。
御存じ三千家の始祖にして、天下一の茶人の名を欲しいままにしましたが、それ以上に狭い茶室で天下人と膝を突き合わすその姿が諸侯をして憚らせ、自然に或る種の政治的影響力を持つに至ります。
ところがそんな彼も天下人豊臣秀吉の逆鱗に触れ死を賜わる事となる、その原因に就いては諸説あり個人的にも何冊かの本を読みましたが、そのどれもがなるほどと思えるその一方で何となく説得力に欠ける気がしないでもない、何せ社会に於ける裁量なんて今も昔もいい加減なものです、その殆どが好き嫌いの領域と言ってもいいでしょう、・・とすれば利休に死を齎せたとされるその殆ど全ては後付の理由に過ぎない。
私なりに理解するところは、愛寵が深かった分、それが憎しみに転じた際死を命じるほどに秀吉の針が振れてしまった・・、つまり好きな間は 「 あばたもえくぼ 」 で何でも許せるが、その逆に振れた場合には 「 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い 」 、言うなれば世俗の男女の仲と何等変わるところがないのではなかろうかと・・。
何せ独特の美学をお持ちの複雑な人ではあったようです、侘び寂びを尊ぶ余り秀吉の派手好きを暗に批判し、刃の上を素足で渡るような危うい事も何度かしている、即ち互いに一歩も引かない強烈な個性がぶつかり合った果てに、世俗の力学が働きその延長線上にあの結末があるという事でしょう。
その種の個性の激突は歴史を見渡せば色々とある、項羽と劉邦・曹操と劉備 、近いところでは ヒトラー と スターリン そして ケネディ と フルシチョフ、少しばかり人選に難があるかも知れませんが ・・。
さてぶつかり合った強烈な個性・・、思うところをお教え下さい。
お礼
raimugurin さん、こんにちは。 連休のさ中、どうお過ごしでしょうか? さて、 >舞台で(映画)笑いと笑顔で世界平和を願った >チャールズ・チャップリン チャップリンの作品は政治的メッセージが強く、 『 独裁者 』 では反ファシズムの旗幟を鮮明にしましたが、その本質は飽く迄もコメディアン。 ところが保守主義の台頭に依り、大戦後吹き荒れたレッド・パージの嵐で、まさかアメリカを石もて追われる事になろうとは、思いも寄らなかったのではないでしょうか。 国や平和を愛する気持ちに右も左もへったくれもない、且つそのアプローチの方法論は容認されて然るべき・・、我々としても心して掛からねばならないと思います。 >演台で(演説)世界を変えようとした? >アドルフ・ヒトラー ケインズに準拠した世界大恐慌脱出の方法論は、フランクリン・ルーズベルトもアドルフ・ヒトラーも大差ない、且つ最大の景気対策として最終的に戦争を志向した点もほぼ変わらない、更には国家指導者レベルとしては途方も無いレイシストであった点もそう。 ところが一方は平和の旗手として称賛され、もう一方は今に至り悪魔の烙印を押され続けている・・、一体何処に違いがあるというのでしょうか。 誤解を恐れずに申し上げれば、やはり戦争は勝たねばならない、敗者というのは誠に憐れで全ての責任を押し付けられてしまう、理由は後で何とでも付けられますしね・・。 ヒトラー並びにナチスにそのほぼ全てを押し付けて、第2次大戦の戦争責任から決別したドイツ、他方未だ中国・韓国辺りからネチネチとやられている我が国、・・というのが戦後70年を経た現実でありますが、欧州と極東という周囲を取り巻く国家の民度の違いなんでしょうかねぇ。 回答ありがとうございます。