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子供を育てていくこと

子供を育てていくことで一番、大切なことは何だと思いますか。 わたくし個人はまったく実践できていないのですが、どんな状況下でも一人で生きて行けるよう しつけることだと思っています。 が、大学生になり家を出た息子も放っておけず、過保護な私です。 放任な親御さんを尊敬します。 過保護にしておきながら、何も出来ない息子にイラつく母親失格です。 みなさんは、いかかですか。どうすれば放任になれるでしょう。 息子の自立を阻止しているわけですよね。 ※わたくし自身、過保護・過干渉で育ちましたので余計ですね。

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noname#212724
noname#212724
回答No.4

 還暦過ぎのオジサンです。女房殿は既に他界し、一人娘との父子家庭。娘も既に大学を出て社会人をしています。  実弟の塾で教えていたこともありますが、講師に来てくれていた有名大学の学生さんたちも皆ご自分で認識している『過保護』でした。  まぁ、私も貧乏なりに『過保護』で育ちましたが、要は自分で『過保護』と分かっていて、その上に“胡坐をかいて”いる分には全く問題ないと思います。  塾に来ていた生徒さんも皆『過保護』ですね。進学先の相談となるとお母様だけでなく、お父様まで来られる。これには最初ビックリしましたが、東京では普通らしい? こちらとしてはその方が安心ですが。  今の時代は周り中が遊ぶものだらけです。その中で「勉強しろ。」たって、お砂糖一杯のお菓子漬けにして「痩せろ!」って言うようなもの。無理でしょう。  親が放って置いても勉強する子なんて希少です。で、結局は進学に躓き、誰かの所為にし出す。  私の場合は家が貧乏でしたから、「この貧乏から抜け出すには勉強するしかない。」と母親に言われ続けました。でも今はそんな親もいないでしょう。その結果は『貧困の連鎖』です。  『過保護』に育てられるのも親のお蔭といずれは分かってくれるでしょう。

noname#212796
質問者

お礼

私どもの息子は幼少期から幼児教室に通っていたため、小学校に入る頃には 放っておいても宿題や塾の宿題もしておりました。 現在、大学一回生ですが、進路も全て学校と相談し、自分で決め、一度だけ 私立の滑り止めも国立も全てダメだった際、浪人をさせて欲しいと言って来ました。 これは学校の先生に促されたことのようですが、思春期の男の子が親に頭を下げ るのは勇気の必要なことだったと思います。 先生には 「自分の人生で大学にいかないということは考えられない」と言ったそう です。 この一人息子が6年後、どういった人生を歩みだすか解りませんが、この時には もう親の出る幕はありません。 夢もあるようなので、叶えば良いですが至難の業の業界です。 親は見守り続けるしかないですね。 御意見ありがとうございました。

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noname#225485
noname#225485
回答No.8

親は子供から学ぶ事も多いですね。 自分など学ぶことばかりです。 個人的には子供には親の生きる姿を見せれば良いと思ってます。 そこから学ぶもよし、反面教師とするもよし。 偉そうに言うと、1人の人間として対峙するってことかな? 大学生となればもう大人です。 親が口を出すことは無いです。 あちらから相談された時とか親から見て様子がおかしい時だけ相談に乗ればいいでしょう。 後は親は自分の人生を楽しむことです。 子育てから開放されたのですから…。

noname#212796
質問者

お礼

ひとまず、今は働いて息子を卒業させること、これがわたくしと主人のすべきことです。 久しぶりにあって、元々、痩せているのですが、更にやせており、食べるのが面倒なんだなと思いました。 食器も洗い、これまで親がやっていたことを全て自分でやるわけですから。 ラインがきますが、大方、金銭のことです。 わたくしは自宅通いでしたが、同様だった気が致します。 将来の夢があるようですので、6年間、邁進して欲しいものです。

  • eroero4649
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回答No.7

「やってみせ、いって聞かせてさせてみせ、褒めてやらねば人は動かじ」とは山本五十六の有名な言葉です。 私は小学校2年生のときにバスと電車を乗り継いで当時住んでいた大田区から祖母のいる立川市まで一人で行って、それ以来小学生のときに最大で東京郊外から千葉県佐倉市の国立歴史民俗博物館まで一人でトコトコ行ってたので、自分を基準に「ここまではできる」と分かりますから、「この年齢だったらこのくらいできるだろう」と思うことは任せますよ。 といっても、私自身は独身で、まあ娘や息子のような存在の子がいたのですけどね。「このくらいはできるだろ」と思ったものはやらせてましたよ。 ていうかね、「放任」ちゅう言葉がどうかなーと思うのですよ。放任ちゅうのはビッグダディみたいな「無関心」な人。「信じて任せる」ということです。無関心と信じるのは全然別です。「そのくらいは自分でできると信じている」ということです。ていうか、過干渉な母親の家庭って、だいたいどこも父親不在ですよね。「どんな状況下でも一人で生きていけること」を教えるのは、父親の役目だと思うのだけどな。それが母親の役目なら、質問者さんちの父親の役目ってなんですのん?ATM? 今日に水をやれば、明日に花が咲くわけでもないのに。

noname#212796
質問者

お礼

今は大学受験に親が付いて行くご時勢です。 わたくしは、そういったことを知らなかったので、息子から聞いて驚きました。 信じて任せたのは、志望校くらいですね。 後は何かと口を出した気が致します。 3歳から勉強を始め、今春、国立志望校合格、長い道のりでした。 夫は、温かく見守るといった感じでした。 普通に生きればこれからの人生の方が長いのです。 夢を失わず生きて欲しいです。

noname#211452
noname#211452
回答No.6

過保護にしたから何も出来なくなったんだと思います。 私も過保護にならないように気を付けていますが、つい口が出ます。 それでも割と放任で育てた上の子は色々自分で出来ることも多くなってきましたが、 下の子はどうしても手を掛けずにはおれず(発達的な問題)、このまま大人になったらどうなるんだろうなという漠然とした不安が残ります。 きっと普通枠で就職することになるだろうから、せめて高校を出してやらなきゃだめだろうけど、自分で距離があっても通学できるのかしら?とかかなり不安です。 放任気味で育てているほうは、帰宅時間には厳しく言いますが あとは割と好きにさせておくようにしています(遠くに遊びに行くとかなんとか)。 線引きが難しいですが、自分で決定できるものは自分の意志に任せて信じるようにしています。あまりあれこれ考えないようにしています。 考えると、ああしろこうしろと口を出してしまうので。 *私は過干渉で育ちました。過干渉で育ってある時期になると、親のいう事を聞かなくなりました。そのくせ自立度が低いので困ります。未だに困っています。

  • KoalaGold
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回答No.5

放任ではなく信頼です。 補助輪付きの自転車をいつまでも押していては自分で乗れたことにはならないので、どこかで手を放しハラハラしながら見守ります。 もちろん何回か転びます。擦り傷も打撲もしますが手を出さずに見守ります。見ているよ、との声かけだけです。そこで見られるのは子供は自分の期待以上に成長するということです。 他人とは比べません。他の子がいくらよくできても関係ありません。あくまで自分の子が過去より現在に上達成長する様を見続けるだけです。 でも時々甘くします。その時々の甘さが身に染みるみたいで感謝の言葉までもらえます。 26歳と24歳の母です。

noname#212796
質問者

お礼

大学生になったら親の手を離れ、ひと段落と思っておりましたが 一人暮らしとなると、また、心配もあり、男の子で元々、食が細いので久々に逢うと 更に痩せており、食べているのかなと思ったり、親はこういった繰り返しなんでしょ うね。 口を出さなかったのは進路だけです。中高一貫校に行きたいというので、そのよう にし、大学は学校と相談し決めておりました。 手を出したいけれど見守る、そして、本当に困れば泣きつくところがあるといった 場所が親であれば良い気が致します。 見守ることは素晴らしいことですが親には難しいことです。 息子は現在、18歳、大学院に進学できれば24歳、その頃には、私は50歳手前で す。どんな生き方をしているでしょうか。 御意見ありがとうございました。

  • lovesion
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回答No.3

成人した3人の子の母です。 専業主婦と言うこともあってついつい子供に手をかけてしまい過保護過干渉になっていたんだと思います。 最近になって反省するのですが過保護過干渉は自分が勝手に心配し自分が子に期待するがゆえの行為だったんじゃないかと言う事。 子供自身に身になって考えられなったと思います。 親と子は別人格 価値観も違うはずなのに自分の価値観を押し付けていたように思います。 今は殆ど子供のやる事には口を出しません。と言うかもう出せません。 何も出来なくてもイライラもしません。 何も出来ないと言うのは親の価値観で子供はちゃんと成長しているのかもしれません。 3人の子達は一流企業に勤めていたり未だにフリーターだったりといろいろですがどの子も置かれた場所で懸命に生きていると信じて見守るだけです。放任と見守るは違います。 「全てを受け入れる」 どんな時でも自分を受け入れ包んでくれる存在がいれば人間は強くなれるのではないでしょうか? 子育ては自分育てと言います 子供は親に沢山の気づきと学びを授けてくれるんですよね。

noname#212796
質問者

お礼

大学受験で、本人的には思っていたほどできなかったようです。 その際、苦しんでいるようでした。 そのままいくか、ランクを落とすか、ある日、学校から(休日に)電話があり、○○君 はセンターの結果を取りに来ていませんが、願書はまだですかとのこと。 金曜日に届いていたのは見たので、月曜日にだすと思いますという話の中で 期限ギリギリだったので、息子の悩んだ証たったと思います。 何とか、第一希望に合格できましたが、こういう時、親は何もできないことに気が付 きました。出発の朝、「自分のために働いて中高一環校に行かせてくれて、予備校 にも行かせてくれてありがとう」と言うと車に乗り込みました。 思いの他、子供は成長しているものなんだと感じました。

noname#222571
noname#222571
回答No.2

教育に携わるものです。 様々な子ども、そしてその両親をみてきました。 しっかりしてる、他の子供達からも信頼される、いわゆるいい子は、意外と両親はごくごく普通です。 むしろ、子どものことをそこまで知らないと言ってもいいかもしれません。 逆に、手のかかる子どもの両親は、非常に過保護で私たちにも噛みついてきます。 大事なことは、「見守ること」だけです。 一番難しいのかも知れませんが。

noname#212796
質問者

お礼

大学生にもなり一人暮らしをしていると何をしているか解りません。 別に良い子であって欲しくはないですが、困った人を助けるなどが出来る大人に なってくれればそれで良いと思います。 今は6年間、一人で頑張る息子を信じるしかないと思います。 本当にこれが難しいです。 我が子はいつまで経っても子供の時のままのようでして。 御意見ありがとうございました。

回答No.1

それはそれでありだと思いますよ。 過保護ということは親の愛情を直接的に受けているという事です。 どうせいつかは1人で生きていくか新しい家庭を作らなければならないのですし。 そのときに親から受けた過保護な愛情のありがたみも感じられるというものです。 自立することが正しいなんてこともないと思います。

noname#212796
質問者

お礼

大学に合格するまでは可愛いと思う余裕がありませんでした。 今、離れて時折、息子のところへ行って食事をします。 受験中は悪態もつかれて何度、泣いたことか。 今は私が行くと息子の怖い運転で洋服を買いに行ったりします。 色んなことも話してくれます。 前回、行った際、息子は大学に行っており、いないけど上がっておいてと言われて おりました。 (大学の管理物件で親が合い鍵を持つことが必須なのです) 到着すると、玄関にスリッパが揃えてありました。 (そんな小さなことに成長を感じ涙するバカな母です) 御意見ありがとうございます。