学生時代仲が良かった。
貴方は、
その仲良しの「名残り」をしっかり感じたかった。
その上で、
疎遠になったその後の人生を確認し合い、
「今」の自分たちとしての拠り所を見つけたかった。
そうすれば関係自体が再興される。
久々故に、
それなりに待望感もあったんだと思う。
待望感だけでは無くて、
少し過去の良いイメージを美化した部分もあった筈。
それでも、
疎遠≒関係性の圧倒的な鈍り。更新不足。
そう捉えるなら、
いきなり再会して盛り上がらない方が自然とも言える。
当時余程の仲があれば別だけれど。
昔は昔。今は今。
確かに当時はそれなりに仲は良かったけれど、
お互いに必要とし合わずに長い年月が(疎遠)
それも事実。
理想は、
会って直ぐに昔の感覚を取り戻せる事。
でも、
取り戻せない場合もある。
それが関係性の「鈍り」なんだよ。
手探りのまま、限られた時間が過ぎてしまう。
しかも、
お互いの「今」にあまりパッとしたものを感じない。
会う前は、
自分の中の思い出や歴史のフィードバックもあった。
でも・・・
いざ再会してみるとふ~ん、と。
あっさりと終わってしまう場合もある。
会う前に期待値を高めている側程、
会った際の鈍さにショックを受けたり、
それに対して少し残念な気持ちを持つ。
今で言えばおそらく貴方にあたる。
貴方と再会した友人は、
会う前にそんなに期待もしていなかった。
その分、
会った際の弾み方の△にも、
そんなに違和感を感じていないのかもしれない。
むしろ納得さえしている。
それもそうだよね?と。
疎遠になっている位だから、
お互いにもう以前のような感覚は分かち合えないよね?と。
それでも、
皆自分の道を進んでいる事だけは分かった。
分かった事でオッケー(確認済み)を出されてしまうと・・・
また直ぐに会いたいとか、会おうという話にはならない。
それも縁の形だ。
そう捉える人もいれば、
やっぱり以前の仲良しが忘れられなくて、
仕切り直しをしてでも別の形で会おうとする人もいる。
今回はそんなに盛り上がらなくても、
とりあえず最低限のさび落としは出来た。
再会をそう捉える事も出来る訳じゃない?
いきなり動かそうとしたら動かなかっただけで。
さびを落とし、
鈍りをある程度解いた「後」どうか?
そこまでトライしたいと思う人がいれば、
その人が音頭(温度)を取って交流の機会が模索される。
貴方はそこまでしたいと思っているのか?
それはもう貴方次第なんだと思うからね☆