- ベストアンサー
破壊的なエネルギーと創作
- 創造と破壊の葛藤に悩む私の心情
- 破壊的なエネルギーを創作に向ける方法はあるのか
- 自分のなかにいるエネルギーの化け物にどう立ち向かうか
- みんなの回答 (7)
- 専門家の回答
質問者が選んだベストアンサー
本心に気づかれて、良かったですね^_^ 同時に動揺もあるかと思いますが……お気持ちはとても大切なものです。 文を拝見して、子どものときは本当に創作がお好きだったのでは、と思いました。 今は、破壊的な気持ちを創作していると認識することが大事だと思います。 また、なにか真に行いたいことへ移行する一時期かもしれません。 創作が真に行いたいことだとしても、そのために、なにか別のことをしたいと直感されてるのかもしれません。 長い間、創作していると、わたしは、制作期、破壊期、瞑想期、などが巡り巡ります。 制作期でさえ、生まれては死ぬの繰り返しです。 作るために、プロ並みに音楽をやったり、絵をかいたりして、 別のことをし、心を研ぎ澄ませることが作家としての日常です。 ご自身が主体性をもち、今なにを作っているのか。 出来上がったのか。 今どんな気持ちを表現しているのか。 それさえハッキリしていればいいと思います。 どんなものでも、「こういうものが出来上がった」と認知します。 失敗はありません。良くないものが、完成し、発見したということです。 気持ちの分離を確認します。 そして、どんな気持ちで作るときが真に自分らしく、幸福なのか、修正、再認識します。 傭兵になる、革命家になるなんて、思ったら即職業にするのは、短絡的かと感じました。 破壊的衝動は人間なら誰しもあるものだからです。 内なる気持ちが今戦っているのだから、自分を見つめればいいだけです。 そうしてどうなりたいのか。 自分の意思を確認し、今と違ったら、修正する。 うまくいかなかったら、違うことに目を向け、気持ちを修める。 生きる喜び、楽しさから切り離されてませんか。 あなたの体や心、精神、魂は、あなたのどうにもならないもののために、無闇に苦しませていいものではありません。 いただきもので、あなたが使っていいと承ったものです。 いま、本当に体や心が欲して、心地よいと感じることしてあげてください。 真の創作あるいは人生とは、あなた自身を育むものです。 今もまた、マイナスに感じますが、作られています。 どうか、善きことだと思うことに、 ご自身の気持ちをゆだねて、平の状態になってみてください。 なにが見えてくるでしょうか。 恐ろしいものだとしても、それを認知し、受け入れて、ふたたび探してみてください。 あせらず、何日もかけて、進んでみるのだ、と新しい未来と認識を手に入れてください。 素晴らしい創作活動、人生になりますよう祈っています。
その他の回答 (6)
- cheory
- ベストアンサー率26% (38/141)
こんばんは^_^) floe10さんの『ゴミ』というものは、作ってはいけない物なのでしょうか。 破壊的なエネルギーを表現することも創作の一部ではありませんか。 その『ゴミ』がfloe10さんの心を満たすのであれば、有意義な物にはなりませんか? 形ある物(手で触れられる物)は、いつか無くなると思います。 心は、想いは、いつまでも無くならないと思います。 floe10さんの心が満たされることを応援しています。
お礼
ゴミでも作り続ければ何かみえてくるかもしれませんね。ご回答ありがとうございました!
- eroero4649
- ベストアンサー率32% (11074/34516)
破滅型天才、と呼ばれる人がまれにいます。私が憧れるのは「新宿の殺し屋」と呼ばれた、真剣師小池重明。真剣師とは、賭け将棋屋のことです。マンガ「ハチワンダイバー」で話題になりましたね。昭和の頃には存在しましたが、現在は絶滅したと聞いています。 この小池重明、アマチュアがプロに絶対勝つことはないといわれる将棋界において、プロをも破った伝説のアマチュア棋士でした。ところがこの男、品行が悪いどころの騒ぎじゃない。人妻との駆け落ち3回。人の金をくすねて姿を消す寸借騒動まで何度も起こし、アマ棋界を何度も出入り禁止になった伝説の男でもあります。最後は、入院先の病院で点滴の針を自ら抜いて死ぬというものでした。 男というのは、しばしばこういった破滅型天才に憧れます。しかしほとんどの人は、破滅する勇気も持てず、その破滅に見合うほどの才能もないためマンガや映画の登場人物に投影しながら平凡な人生を送ります。私もそんな一人です。嗚呼、せめてこの身に天才と呼ばれるほどの才能があったなら。 質問者さんも、そういった破壊のエネルギーは持ち合わせているのでしょう。そもそも若さというものは活火山のようなもので、内側からグツグツとマグマのようにエネルギーが湧いてくるもので、それを持て余すのが若さの特権です。 芸術分野なら、その葛藤こそが創作の源泉だと思いますよ。どのジャンルでも、前衛芸術は従来の手法を否定して破壊しています。それを「新しい芸術の創造だ」と本人と分かる人はいうけれど、素人に限って「あんな変なことなら、俺だってできる」とうそぶきます。そう、壊すことだけなら、素人にもできるのだ。しかし前衛芸術が前衛芸術たるゆえんは、そこに素人には不可能な「創造」が吹き込まれているからです。 有名な言葉ですが、いい言葉を教えてあげます。まさに稀代の千両役者でありながら早世が今も惜しまれる十八代故中村勘三郎が生前よくいっていた言葉です。 「あのね、僕は若い頃に新しいことをやろう、新しいことをやろうともがいていたんだけど、そのときこう言われたの。『お前ね、型ができての【型破り】だ。型ができてないのは【形無し】だよ』って」
お礼
私は男でもなければさして若くもないのですが(笑)破滅的な天才に憧れる気持ちはよくわかります。画家の鴨居玲さんはご存じですか?彼の存在を知ったときにあぁ、身を削るというのもひとつの才能なんだと思いました。それを形にできているから天才なのかとも。 書いていて思ったのですが、破滅に″見合う″ほどの才能があるかどうかということより、破滅できること自体が才能なのかもしれませんね。それなら、自分にでもできそうな気がしませんか?笑 私はまさに形無しですね。 諦めがついたら、破滅するという才能を?伸ばしていきたいと思います。 お礼というより独り言になってしまいましたが…ご回答ありがとうございました!
- kanto-i
- ベストアンサー率30% (180/596)
お礼、ありがとうございます。 事がなし得ないと思われているのですね。 ことに対応できなくても、本当は気持ちに対応できますが 詳細と時間とスキルが必要なことですので、深く自分の気持ちを理解し 対応策を打ち出すこと。 自分だけで叶わないなら、直接人に手助けを頼むことがいいように思います。 カウンセラー使うのも手ですよ。 自分をなおざりにしない。 それだけは、年齢に関係なく大切ですので心の隅にでもと思います。
お礼
私も自分をおざなりにしないということは大切なことだと思い、常に意識しているのですが、それが私にとっては逆効果なのかもしれません。 ある意味、おざなりにしないということは誤魔化しがきかなかったり、自分のあまりにストレートな感情も受け入れなければならないので(^-^; カウンセリングはしていますが収穫は超スローペースです。笑 ご回答ありがとうございました!
革命家の才能がありそうですね。 一歩間違えればテロリストかな。 別に破壊願望をもつのは不思議ではありません。 スカッとするしね。 ただ、だったら芸術以外の道に行った方がいいんじゃないですか。 傭兵にでもなったほうがいい気がします。 破壊したいにしても、なにを破壊したいのですか? 世界ですか? その割に表現欲があるんですね。 それって認められたいんですよね、世界に? 破壊して満足するなら、「作品」だの「ゴミ」だのという発想は出てきませんよ。 自己満でいいなら、作品が世間的にゴミでもいいじゃないですか。 ただの認められがり屋、ただの寂しがり屋にみえます。 その矛盾を説明できるのは自分への憎しみでしょうか? 自分への破壊願望、認められない無名な自分への憎しみ、それゆえの表現欲。 なんかピンと来る部分があれば、幸いです。
お礼
うまく言えないのですが、これまでの半生をこの破壊的なエネルギーによって踊らされてきました。世界というより自分自身に向けられるものなんですが、かなり破滅的な生き方をしていると思います。 壊すこととつくることのどちらも強いエネルギーを使うことだと思うのですが、ならばつくることにエネルギーの矛先を向けることもできるのではないかと思いヒントが欲しかったんです。 認められたいというよりも、自分の破滅的な生き方を変えたいという思いです。 ご回答ありがとうございました!
- kanto-i
- ベストアンサー率30% (180/596)
破壊的なエネルギーは、何か気持ちを無視し続けてるもの(事)があると出ます。 それが何かは、自分で分かってあげて対処しないと収まらないと思います。 創作エネルギーは、破壊が前面に出過ぎて上手く機能してないと思います。 ご自分が、日常どんなことを思いどんな気持ちを持っているか。 まずは、その気持ちに注意を向けてあげることです。
お礼
>破壊的なエネルギーは、何か気持ちを無視し続けてるもの(事)があると出ます なぜか妙に反応してしまいました。思い当たる節があるからだと思いますが…しかし、それを解決する方法というのは永久にありえないので破壊的な方向に向かうエネルギーを生み出す方に転換できないかと思ったのです。 う~ん(^_^;)やっぱり難しいのかもしれませんね… ご回答ありがとうございました!
何かを作りたい衝動というのがそもそもあなたの勘違いである可能性も。 真っ白いキャンパスに絵の具をやたらにぶちまけたい!とか 何かをめちゃくちゃにしたい!って衝動なら私でもほかの(穏やかな人以外)人でも持ってますし。 破壊しつくしたものを「作品」として提出するくらいしか思いつかない。 マネージメントが上手な人と組んで、「作品」に価値を付加してもらうとか。 芸術は爆発だ!といった岡本太郎氏とて、作品はちゃんと形になってたのをみるに 破壊衝動をエネルギー変換して創作できる人が、芸術家になれる人。 そうでないのは芸術家をやるには難しい人、ということになるんじゃないかな。 どっちかというと、そういう衝動は激しい肉体労働の現場とかで(ただし連帯責任の生まれない) 活かす方がいいと思う。 解体工とか、何かを粉砕する職業とかどうですかね。
お礼
勘違いであってほしいです。じゃなきゃここまで生きることが苦しくないかもしれないにと思います(^_^;) 解体工はやったことありますよ! めちゃくちゃ楽しかったです(笑) でも、壊して壊して壊しまくっているうちに心が叫ぶんですよ、作れって。 おっしゃる通り、私には創作は向いてはないのでしょうが向いてなくてもどうやらやるしかないみたいです。 ご回答ありがとうございました!
お礼
>今は破壊的な気持ちを創作していると認識することが大事だと思います。 また、なにか真に行いたいことへ移行する一時期かもしれません。 創作が真に行いたいことだとしても、そのために、なにか別のことをしたいと直感されてるのかもしれません。 面白い見方ですね!実はずっとモヤモヤと言葉にできない何かがあって、それを言い当てて頂けた気がします。 >失敗はありません。良くないものが、完成し、発見したということです。 エジソンの言葉が浮かびました。こういう視点を持つことで進展する部分もあるのかもと思えました。 胸に響く言葉ばかりで、感謝します。 ご回答ありがとうございました!