- ベストアンサー
精神病否定論とは? うつ病・精神病を否定する人々の考えとは
- うつ病や精神病を否定する方々は、精神的な不調を怠惰や甘えと捉える傾向があります。精神科への通院や不調の言及を避けるため、ウソをついているケースも多いです。
- なぜ精神的な不調が怠けや甘えとされるのか疑問です。精神病を否定する人々によって、精神科医や心理カウンセラーまでが批判されることもあります。
- 実際には、うつ病や双極性障害になる人は真面目な人が多く、過労やストレスにより精神的な不調を抱えることが多いです。そのため、精神病を傷病として受け入れ、適切なケアや対応が必要だと考えられます。
- みんなの回答 (14)
- 専門家の回答
質問者が選んだベストアンサー
- ベストアンサー
>私の周りには、うつ病とか精神的な病気を否定する人がたくさん居ます。 二言目には怠け・サボり・堕落と言われます。 でしょうね、まず、確定診断が怪しいですよね。 診断しても病名がつかない人もいますし、病気とはいえ、身体の病気とは質が違います。それに診断も嘘くさと思います。 以前ネットでなにも悪くない人がネットの書き込みを真似て答えたら鬱病という診断をもらったっていうHPありました、今も同様にありますよね。答え方次第でなんとでもなる病気です。 >ですので、そういう傾向にある人の前では精神的な不調はひた隠しにしています。 それはいいと思います。 でも例えば職場ならどんな理由(身体の病気でも精神でも)であれ、仕事を全うできない人はひと括りに給料泥棒ですから。 あそこが悪いここが悪いそういう不定愁訴を訴える人は決まったタイプですから。 まわりも聞くのが嫌になりますね。 >精神的な病や、精神的な弱りを否定する方々はどの様にお考えなのでしょうか? 心の底から、「精神的な不調=怠け・甘え」みたいに捉えられているのでしょうか? はい。実際に詐病だと思える人が居るのは事実。 貴方はまじめな人なのかもしれないけど、現実でもネットでもそうじゃない人のほうが多いでしょう? 私の会社にも鬱病ですとか、統合失調症、パニック障害ですとか仰る方はいるけど、(甘え、怠け)以前に、精神鍛錬が足りないとしか思えない人も居るし、むしろ真面目故になったんだろうと思える人のほうが少ないです。ごめんなさいね。 それに真面目は良いことじゃないですから。 真面目と言えば聞こえは良いですけど・・・。 >もし、「精神的な不調=怠け・甘え」と捉えているとしたら、精神科医や心理カウンセラーは怠け者を正当化するための不当なお医者さんという風に捉えられているのでしょうか? 勿論そう思ってますよ。 現在の精神医学に於いては、精神科医と薬剤メーカーが団結し3分診療+薬漬け(自立支援を食い物に)と国の医療費を貪ってきたわけです。 そんなの常識ですよ。 どこも悪くない人、気分が沈んだ人が3分診療で鬱病と判断され薬害により本当の鬱病になった人もいると沢山のニュースソースでやっているでしょう。 >むしろ、うつ病や双極性障害になる人は真面目すぎる人が多く、 それも今は昔の話ではないですか? 昔は自分で精神の病気だのと認めないために病院すら行きませんでした。 今は精神障碍者枠で大手で仕事をしたいからと進んでなる方もいるのです。(このサイトにもいますよ) 真面目な人がなる病気というのは一部で言えることで全体的にはもう少ないと感じていますね。それに真面目といえば聞こえはいいが物事の受け取り方が愚直であるともいえる。クッションをひいて受け取る能力が無い人がなりやすいともね。 >精神的な不調(病含む)を受け入れない人々があまりにも多く、困っているところでも あります。 では、何故そういう人を受け入れられないか考えては? 嫌われる原因は遊ぶ時だけ元気。 嫌なことはしたくない。 そんな人が診断書という印籠をもってくるわけです。 そういう人が多いことが偏見を生むのでは? 私は会社で実際に多くの鬱病を見てますけど、仕事が原因で欝になったという人をよく見るけど、実際に仕事をしてもらうとよくわかりますよ。 仕事が多くなるとパニックになり、周囲に助けを求められない人が多いです。 抱え込むだけ抱えこんでいきなり沈没タイプもです。 また家庭環境や本人の性質というのも十分あります。 そういう人ほど、いかに会社が悪いかを言うけども、自分の性質についてはなんら考えないからです。 gdbnb6cさんはは今、理解してくれない世間に対して質問をしているようですが、貴方の影に、健康でもギリギリのところで働いている人を見ないでしょう? みんな頑張っている。 病気をしないと同士と見ないのですか? 自分は挫折した人間、だから強いと経験者の皆さんよく言うけど、挫折を繰り返すことで余計に弱くなっている人のほうが多いです。 そう思いたいならとめませんが、精神の病気はコンプライアンスが発達した今だからこそ表立って言わないだけです。 人の本心は変わりません。
その他の回答 (13)
- pigunosuke
- ベストアンサー率19% (1063/5529)
例え鬱でも、出来る事は有ります と言うと 「鬱を経験した事が無いからそんな事が言える」 とか 言い返されそうですが 実際には、出来る事って有るのですよ? ただ 何が出来るのか?を 知らないだけです 何故知らないのか? と言うと 誰も教えてくれないから なのです 何故誰も教えてくれないの? と言うと 私はあなたじゃないから、あなたに必要な物に見当が付かない そういう理由です 鬱は、病院で症状を軽減できますが 自力で治さないと、根本的に治らないのです 私は 「今の自分はもう嫌だ!」と思うくらい 散々追い詰められました 追い詰められて 追い詰められて 死にたい けど 死ぬのは怖いから嫌だ と 思う時期もありました 今思うと 追い詰められた事が良かった気がします 自分の意地やプライドをかなぐり捨てて 無我夢中で助けを求めたら 助けてくれた人が居たのです 何時か誰かが助けてくれる って思っていたら 何時まで経っても助けて貰えません 助けを求めたから、助けてくれる人が居たのです 手を差し伸べてくれた人に、素直に従ったから 助けてくれたです 今までの自分を否定する声に、素直に耳を傾ける事が出来たから 立ち直る事が出来たです 鬱の人でも出来る事は有るのです でも それをやらないから イライラするです
お礼
せめて0にしてほしいと思うのです。 足が痛いと言っても、擁護してもらえるわけでも仕事を減らしてもらえるわけでもありませんが、攻撃をされることはありません。 しかし、精神的に不調である旨を伝えると、蜂の巣に石を投げたが如く総攻撃をくらいます。 私もうつ病でもやれることややるべきことはあると思います。 きちんとやっている「つもり」ではあります。 それに対しての評価が良くても悪くても病気とは直接は関係のないことと思っています。 会社員や家庭の一員としての責任を果たすかどうかという問題に関しては、今回とは別途の話題としておきたいと思います。 ありがとうございます。
- tsufujifuji
- ベストアンサー率15% (213/1332)
わたしは、うつ経験者です。 まずさ、転んだことがない人が居るとするよね。それでわたしと貴女は、転んだことがあります。 わたしと貴女が話をしていてわたしが、こないだ転んだらいたかったなーって言ったとして、貴女がどんな風にころんだの?って聞くとするね。手もつかず思いっきり顔からこけてさ、救急車で病院いきだったよ。貴女は、それは、とてつもなく痛かったでしょって貴女は、いうよね。 転んだことがない人は、なぜ病院になんか行くんだろうっていうだろう。 痛みを知らない人なんてそんなもんです。 このまえ、落ちちゃってさ、えらい目にあったよ。貴女がどこまで落ちたの?ってきく。わたしは、なんか寂しいっていう不安がこみあげてきてさ、どうにもならなくて泣いちゃった。この会話が普通の人間にわかると思う?まず、落ちるってなに?からはじまるんだよ。 健常者さんには、たまに驚きますよ。そんなことも知らないで生きているんだって。まあ、知らないほうがいいことだってあるとおもいますけどね。うちらだけで分かり合えるしかないんだろうな。
お礼
経験者じゃなければ、真の痛みはわからないということは納得できます。 それにしても、頭ごなしに否定する人があまりに多いのには参ってしまいます。 少し勇気付けられました。ありがとうございます。 P.S. 私は男です(笑)
- IDii24
- ベストアンサー率24% (1597/6506)
>そういう傾向にある人の前では精神的な不調はひた隠しにしています。 正しいです。むしろ隠してない人が疑わしいです。 昔なら精神異常はキ○ガイでひとまとめでした。子供でもからかったものです。家族でそんなのが出たら関わりも持たれないようになり引っ越すことになりました。だからひたすら隠して外部には漏れないようにしていたのです。 今は何がうれしいのか自分から言ってくる人がいます。そういうのがなんかウソっぽいわけですよ。世間的には病気ということだから守ってあげましょう的な風潮が表向きはあります。でもあくまでも表向きです。医者に行って診断されたなら、なるべく関わりたくないと思うのが普通ですよ。
お礼
>昔なら精神異常はキ○ガイでひとまとめ そうでしたね。 すっかり忘れていました。 そうしてみると、今は幸せな時代になったと思います。 これから先もっと良い時代になるんだろうなぁと感じています。 (常識や固定概念が薄くなり、何でもありの時代になってきてしまったので。) ありがとうございます。
- 1
- 2
お礼
真面目=愚直=バカ正直のことだと思います。 私もその傾向にありました。 (多分今もその傾向にあります。) 詐病の人もバカ正直の人も、嫌われると言うことですね。 詐病とバカ正直を一緒にされるのは少し心外です。 詐病の人間とバカ正直の人間を一緒くたに指導すれば、成長のフォローにはなりにくいと思います。 大分擦れて、昔に比べれば世渡り上手になりました。 (元々が要領悪すぎだったので、今でも悪い方ですが(汗)) 詐病もバカ正直も、両方とも悪だとしても、悪の度合いが全然違う気がします。 挫折した人間だから強いとは思いません。さらに忍耐力においては低下しています。(過剰な忍耐というのは何かに依存していることが多い。) 不幸は幸福の気づきであるとは思っています。 (子供時代の暗黒の日々があったので、今苦痛に苛まれても幸せだなと認識することが出来ます。) 日本社会にうつ病と言う名の詐病があふれかえっていると言うことであれば、精神病を頑なに否定する人が多いことにもうなずけます。 参考になりました。ありがとうございます。
補足
他の回答者様もありがとうございました。 精神病の存在否定をする方たちは、精神病=詐病であると捉えている。 ということがわかりました。 ストレスで胃に穴が開けば病気とみなされますが、物理的に破損していなければ病気とはみなされないということですね。 わかりやすくて良いと思います。 心の深いところのコントロールは出来ないでしょうが、行動はコントロールできますからね。 仲間の不調を不調と認めない時間が長くなれば、仲間を解消することになります。 また、詐病でない人のパフォーマンスを引き出す機会も失っていると思います。 私が人を使う立場になったときには、詐病と不調を区別できるようにしていくか、どちらにしても対価に反映するようにする等の工夫をしていきたいです。 存在を肯定してもらえれば、対価が減っても問題ないわけです。 存在否定で、長期間生殺しにされるため、本当に自殺してしまうわけです。 存在否定をされる方の考えをお答えいただきましたので、ベストアンサーとさせていただきました。