- 締切済み
60歳以上の方のご意見を下さい。
もし 小中学校などで 子供同士の衝突を減らす為に 子の親子関係、子の友達関係の悩みを客観的に聞いてあげる 子が悲しみやすれ違いから傷付けあってしまう悪循環を減らし、 お互いの気持ちを理解しあう手助けができる― 60歳以上の方の募集が始まったとしたら 協力したいと思いますか? あまり意味は無いと思いますか? 私個人の考えとして 年間2万7000人(WHO基準でならば10万2000人)が自殺するこの国。 15~34歳の死因1位2位がそれであるこの国。 心は、理解者を失い孤立するほど死に近付く様に感じます。 人と理解しあえず傷付けあえば、傷付きたくないと人を避け始める。 それも自ら死を選びやすくなる一歩の様に思います。 せっかく生まれてきた命が自ら死を選んでしまう程苦しむ。 それを減らす為に、 この他にも何か出来る事は無いでしょうか? 実現する為にはどんな問題が有ると思いますか?
- みんなの回答 (3)
- 専門家の回答
みんなの回答
- 1951715
- ベストアンサー率20% (124/609)
例えば、家庭内で親が子供を叱っても、だれかが、(例えば、おばあちゃんや、おじいちゃんなど)がその子の味方になってあげる(慰めてあげる)理解者が必ず必要です。それは身内の人でなければなりません。そして、その子は「逃げ道」があるわけです。家族全員で、その子を叱ったり、又、叱る親にも責任が有ります。叱ると言うより、自分の腹いせに、不満を子供にぶつけているよな状態が多く見られます。親、自身が大人になっていない。 子供どうしの友達関係 最近の少子化により、兄弟喧嘩の経験がない子供も多い。喧嘩の仕方がわからない。(殴っても、どこまでで止めたら良いのか、という。) 「本当の遊び」を知らない子が多い。テレビゲームに浸っているのは、遊びではない。機械に遊んでもらっているのである。親自体が、そのテレビゲームに浸っている状態です。子供が、真似をするのは当たり前。その家庭の問題でもあります。「本当の遊び」はグループで身体と会話(コミュニケーション)力をつけます。「Sけん」、「けんぱ」、「馬跳び」、「ゴム飛び」・・・・、アウトドアの遊び。子供の世界で、リーダーが生まれ、従う者、対立する者など、多少の事で挫けない子供が育つ。陰湿ないじめや、自殺などの回避につながるのだが、そう言う遊び場がない。又、ゲーム世代の社会・・・等で、親の意識や、社会が変わらないと難しいですね。
- dell_OK
- ベストアンサー率13% (766/5721)
協力したいと言う積極的な思いはない。 これを果たす60才以上、あるいは、年配から類推する、その役目があるのなら、 それは、その祖父母の出番であって、一般から応募するものではないと思う。 その関係にあたいする者の存在がない子は、環境に恵まれなかったと言う事だ。 加えて言うなら、自殺を選んだ子らは、その環境に恵まれなかったからそうなったと言う事だ。 これを外部の者として、その恵まれない環境をどうこうして、 自殺を減らすと言う奇特さは、私は持ち合わせていない。 当事者解決と言うのが私のモットーだと言ってもいい。 だが私が当事者だとしても、何もしない可能性が高い。 私は私の出番がきても、舞台に出たがらないほどで、部外者になんとかしてくれろと願っている。 意味の有無は判断しかねる。 これを言ったらすべてが無である。 私はそうは思っていないが、無意味なものなど何一つない説を唱える人もあるので、 意味の多寡は別にしても、何もしない事よりも、何かした方が意味は多くありそうだ。 結局、あまり意味が無い結果が出たとしても、それを何度と繰り替えす内に変化もあるだろう
お礼
ご回答ありがとうございます。 傷付けあう延長線上には様々な暴力があるだけに 私は減らすアプローチをした方が良いと思うのですが どうも違う形の方が良さそうですね。
60歳以上ですが、60歳以上という年齢こだわる理由が分かりません。 だから、とりあえず、協力できません。 現在、日本社会が上手く回ってゆかない理由は、不公平感です。 公平公正と、誰もが感じる様な社会ならば、貧しい人たちも、多少ハンディを持っている人も、頑張れますが、現代日本のように、一部の人たちだけのために政治行政などの権力機構が働いている現状では、難しいと思います。
お礼
ご回答ありがとうございます。
お礼
ご回答ありがとうございます。 親自身が大人になっていない。 そう育たない社会と化した事を補う何かが 必要なのではないかと思っての話でした。 逃げ道は身内でなければならない・・ですか。 安心して地域社会の大人と触れ合わせられた時代は そうした人に話す事でも 親の気持ちや他の子の気持ちなど 他の人の気持ちを諭されたものですが。 今はもう全ての世代が面倒事はご免だと 突き放す事を善しとしているのかもしれませんね。 協力を期待している方が馬鹿なのかもしれない。 大人になれていない親が子を苦しむ方向に育て 共倒れしても問題の本質にすら気付いていない。 解りきったリスクへ突き進むが周囲の声は届かない。 そんな面倒な親と関わろうと思う人も 声を届けられるだけの頭でっかちでない人も乏しい。 今時は全ての世代が諦めているのでしょうかね。 子が傷付けあう延長線上には 人を人と思わず傷つける事も厭わない犯罪の増加も ある様に見えるのは私だけなのかもしれませんね。