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猫の最期について
- 猫の最期について考えた時、長生きしていることに感謝しつつも、自然死を見守ることは辛いものです。
- 猫の老衰や病気によって苦しむ姿を見るのはつらいですが、安楽死ではなく自然な最期を迎えさせてあげたいと思います。
- 最後まで猫と一緒にいてあげることができることに感謝し、静かな最期を迎えることを願っています。
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質問者が選んだベストアンサー
18年と、長い歳月一緒に暮らされてきて、今の心境を考えただけで涙がでてきます。 一匹目の猫ちゃんは出産を機に実家に譲り、交通事故にも見舞われましたが11年で天寿をまっとうしました。死に目には会えませんでしたが、安らかに亡くなったとの事でした。 2引き目の猫ちゃんは、成猫で我が家にやってきました。飼い主が主人の部下で同居の彼からの暴力に耐え切れず、1週間預かって欲しいとの事でしたが、飼い主さんが音信不通になり、そのまま、6年家族になり息を引き取りました。成猫だったので幼い子供達に噛み付いたり、結構最初は大変でした。安いドライフードは絶対食べないし・・(;´∀`) 亡くなる最後の夜私の布団に入ってきて、一緒に朝まで寝ました。翌朝仕事に行きました。実家の母に伝えてあったので、来てくれていて、長男が学校から帰って声を掛けてすぐ、痙攣を起こし亡くなったそうです。待ってたのかな・・むしの知らせというか、なんか感じた様に思います。 対策とは言い難いですが、悲しいですが、自身の覚悟での行動で後悔しないのが、一番かと思います。
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- asaineko
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こんにちは。私も累計10頭以上の猫を飼ってきました。 今までに5頭失くしましたが、全員自宅で看取りました。 年齢も病気も様々でしたが、最後はしばらく通院または往診をしており、もうそろそろ危ないのかもしれないという覚悟をせざるを得ないほど、どの猫も最期は衰弱して動けなくなっていました。 いよいよ危ないと感じたり、付きっきりの看護が必要と思った時は、仕事を休んでそばにいました。 質問者さまが今まで看取ったことがない、というのは私からしたら少し不思議ではありますが、老衰に近い自然死のような理想的な亡くなり方をされているのかもしれませんね。または外に自由に出入りしているようなわりとワイルドな子だったのかな・・ うちでは亡くなる前に、もう意識もはっきりしてないと思われる子と、じっと私の顔を見つめて手を握られながら逝った子がいました。苦痛などから意識がほとんどないような子の場合は、体が動けば、ひっそりと静かな場所に行きたいのでしょうね(死期が近づくともう疲れてしまい、冷たいところに行って終わりにしようとするのだ。死なせたくなければ温めてあげないと、と当時かかっていた獣医さんは言ってました。) 私の経験からすると、猫も犬も、意識ある限りは家族に見守ってもらって逝くことを望んでいると思います。それも、家族がなるべく集まった時を待ってさよならをするような気がします。たぶん残される人間への思いやりなのでしょう。病院で失くすのは絶対に避けたいですね。(入院中の愛猫のつらい表情を思い出しただけで涙が出ます) 死に目に会えなくても、つねに最善を尽くしていればいいのですよね。もう長くないと予感したら、なるべくたくさんそばに居てあげて充分に愛を伝えて、意識があるうちに今までのお礼なども言っておいてあげたら良いと思います。 私の場合いつもいろいろ後悔があり、つらいです。いつか必ず終わりは来るので、とにかく生きている貴重な瞬間を大事にしてくださいね。
お礼
ご意見ありがとうございます。 はい、当方九州のド田舎なので一軒屋です。 猫用のドアから自由に出入りが出来てるようにしているのが仇になり、事故に繋がっているのかもしれません。 一度だけ、腎臓の病気でゼーゼー言いながら寝たきりになったコを看取るつもりでしたが、結局叶いませんでした。 「そろそろ危ないかな」なんて思ったのはそのコだけで、後は「えっ」ってくらい突然に別れが来ます。 老衰(自然死)の子は全部、不思議と行った事もないようなトコで死を迎えようとします。 多分、ガヤガヤした家ではなく静かなトコでヒッソリと死を迎えたかったんだろうと家族も話しています。 おっしゃる通り、病院で失くすと言うのは切ないですね。 今のトコ、長生きしてるこの子も他も元気なので、精一杯の愛情を注ぎ、また私自身も癒されようと思います。<(_ _)>
- pigunosuke
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動物は言葉を話しません 何を感じ、何を思っていたか?判らないものです だからこそ 「家で飼われて幸せだった」と思う事が大切です 悔いを残した、なんて、嫌じゃないですか 幸せに生きた、精一杯生きて、天命を全うしたと 信じるのです 子供の頃に犬を飼っていた時の事を思い出しました 口の周りの毛が白くなって 髭が白くなった祖父を連想させました いつも登れていた段差を登れなくなって 散歩に行ってもすぐに歩くのを止めてしまい 何となく、予感はありました 私が幸運だったのは 学校が休日の時に逝って、死の瞬間に立ち会う事が出来たのです 寂しかったけど、悲しみが無かった事を覚えています 何か対策をしていたか?は 残念ながら覚えていません 庭が有ったので、土葬をしました だから 準備らしい準備はしてなかったと思います
お礼
ご意見ありがとうございます。 横のベッドで「クーピー」言いながら寝ている老猫を見ながら拝見させて頂きました。 「何となく、予感」っては共通しているのかもしれませんね。 準備や対策ってのはおかしな表現だったのかも知れません。 人間だっていくら危篤とは言え、「お葬式」の準備なんてしませんからね・・・。 飼い主に看取られる事が出来たそのワンちゃんは幸せだったでしょうね。
お礼
ご意見ありがとうございます。 「対策」と言う表現は適切ではありませんでしたね。 要は「心の準備」を皆さんはしているのかなと言った内容でした。 命の灯火と言うのは本当にあっけないもので先住猫より、まだ生まれてから1年しか経っていなかったコの方が先に事故死したり、病気にかかってオシッコが出なくなって、慌てて病院に連れて行った子もいました。 病院で「今夜が山です」と言われ、祈りながら寝ずに看病しました。 一夜明け、点滴のおかげか、寝たきりだった猫が自力で起き上り、すり寄って来た事に安心したトタン、 次の日に急変し「今夜が山です」と言われた時、思わず「またですか?」と理不尽にも獣医さんに詰め寄った経験もありました。 そんな時、特に重い病気や怪我になる事もなく、18年も生きて尚、元気であるコノ子は「いつ別れが来るんだろう・・」 なんてふと感じたので、変な質問をしてしまいました。 回答なんて何でもヨカッタんです。 ただ、どなたかの意見が聞きたかっただけでした。 ありがとうございます。