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ものは考えよう
あらゆる悩みは人が高度な脳みそを持った動物であるが故の副作用である。 バカな人(心に正直な人)ほど幸せであると思います、子供達なんかいい例です。 知らぬが仏 ですが生きていくには(食べていくには)その子供達に教えてあげなければいけないことが沢山あります。 私たちはその中途半端に学んだ知識に苦しめられているのではないかと思います。 その苦しみをなんとかしようとしてまた知識をつけ、それに納得する。 結局は知識をもって納得したって、幸せに生きることって端から見るとバカに見えるのかなって最近思いました。 何を思ったって変わらずに空は青いじゃないかと。 人は皆何かしらの境界で生きている、それが悩みの本質であり どっちでもいいじゃない、知識をもってバカになればと。 人っていう動物は生きていく為に(食べていく為に)遠回りしすぎている エデンの園で禁断の果実を食べた話、今なら納得がいく。 納得がいくバカになれ! より高度な遠回り(人生は高度な暇つぶし)をする為に 感想をお待ちしておりますm(_ _)m
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omoiyari22さんのおっしゃることって、どれも悩んだ末に出せる結論ばかりに思えますが。 どれほど悩んだら、というのは人それぞれでしょうが。
- gokuu999
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確かに・・・・ 心に染み入るものがありました。 よく「多少鈍感の方が生きやすい」と言われます。 敏感で他人の気持ちが分かりすぎる、自分の心を分析しつくしてしまう、傷つきやすい、等の人にとっては行き辛い人生かもしれないですね。 自分が世間の役に立っているのか、 誰かに必要とされているのか、 自分は有能なのか無能なのか、 生きている価値とはなんなのか、 そんなことを考えることなく、 毎日これと決めた仕事をこなし、周りの人間と時にはケンカしながらも笑って過ごし、 仕事の疲れでぐっすり眠り、翌朝起きてまた一日を過ごす。 これは幸せなのかもしれないですね。 考えすぎは不幸(憂鬱)の原因なのかも。 考えすぎる時間と余裕があるのは、日本が平和ボケしている証拠なのかもしれない。 食糧難や戦火の国には、「欝病」になる人は極めて少ないらしいという話をきいたことがあります。 「ベロニカは死ぬことにした」という小説を読みましたが、とても興味深い内容でした。 もし良かったら読んでみてください。
お礼
回答ありがとうございます。 ちょっと考えさせられました、というか視野の狭さを、まだまだ考えようと思えば考えることは沢山あると感じました。 ここ日本では親や周りからの言動がトラウマになるほど平和である それに執着するほど、他のことを気にしなくていいくらい平和 戦火の国には共通の敵を認識しているから、ひどい環境でも仲間がいる安心感で鬱にならないとも考えられますね 日本も災害という共通の敵に対して協和する力はあると思いますが、 幸せになるという共通の目的においては、なぜか同じ本質でも争いますね。 ちょっと意見がまとまりませんが、 皆同じ、お互い様 この心が必要に感じました。
- tohimihu
- ベストアンサー率4% (1/23)
命あるものはやがて死にます。いまのところこの状況を覆した生物はいないでしょう。どんな人、生き物もやがてなくなり物質にもどります。本質的にはすべてが同じただの塊なのです。ただそれだけ!ただそれだけなので意味を考えてもしょうがないのかな。
お礼
回答ありがとうございます。 火葬場の煙を見て、万物は地球の一部だと思わされます 人類皆兄弟 母なる地球、全てを浄化する海 それだけなのかな それだけなのかなって気持ちこそ答えに思えますが まだ先が長い(平均寿命から見て)ここでクリアするとつまらない 人生観をクリアしても次のソフトがない、そんな空虚感を覚えます。 境界を超えても、世界が新しすぎてどうしたらいいのか分からない 分かっている世界にいたい、ともするとまた まだ私は境界にいるのかもしれませんね。 感想に感想で返してしまいすみません。
お礼
回答ありがとうございます。 確かに沢山悩みましたね、 悩んだ末の結論、確かに仰る通りです だからこそなぜ悩むのかという根本的なことに辿り着けたのだと思います。 自分ってバカだなって気付けたというか笑