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イタチの台詞について
- イタチの「己ができないことを仲間が補ってくれる。できない己を認め、許す」という台詞について思うところがあって書きました。
- 己を認めるとはどういうことですか。そんな自分でもいいやって思えることでしょうか。人間は集団で生きる生き物でしょう、集団からそもそも認められない自分を認めることって果たしてできるものでしょうか。
- あれは強い人に向けて言ってるのでしょう。何でもできる人が自分を戒めるための言葉であって、何にもできない人に言う台詞ではない気がします。何にもできない人の存在をこの質問を見てくれている方はわかっていただけますか?
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>己ができないことを仲間が補ってくれる。できない己を認め、許す 例えば 料理人が運転している車が故障した時に、料理人は自分で直さないといけないのでしょうか? 料理は美味しく作れても車の整備は出来ない その自分を素直に認め受け入れる そして整備工場に修理に出し直してもらう 結果として修理された車で運転することが出来る 文字通りの解釈でならこういうことになるのでしょうね 特別難しい解釈ではないと思いますが、貴方は何もかもが自分出来ないとダメだと考えているのでしょうか >己を認めるとはどういうことですか。そんな自分でもいいやって思えることでしょうか。 極論すればそうなりますよね 自分に出来ることと出来ないことを見極められる事はとても大事な事だと個人的に思ってます ただ、自分に出来ない事があると認める事は、認めたからなにもしなくていいと言うことにはなりません 向上心のある人はその先がありますよね 出来ない自分から出来る自分になる、自分に出来る部分をより成長させる等 >人間は集団で生きる生き物でしょう、集団からそもそも認められない自分を認めることって果たしてできるものでしょうか。 >自分が認められる場所を探し続けても、一向にその場所がなければ、人は自分が必要な人間ではないとうすうす気づくと思います。 論点がずれてます 自分が自分を認めるのと他人が自分を認めるのは全の別物です 自分は自分で他人は他人です 同じに考える方がおかしいです 追記すると、NARUTOでいうのなら主人公は、当初周りから認めらていませんが、ナルトは自分を認めています そして周りに自分を認めて貰っていってますよね
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- rokometto
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自信って言葉がありますよね 自分を信じると書いて自信です 自分に自信がない、つまり自分を信じてないと周りの言動にビクビクし、大きな影響をどんどん受けて生活を送るどころではありません たとえ見かけが悪くても自分はそういうものだと認め短所として許す ならばそれ以外の価値を自分に作り、持たせ、己を高めればいい ナルトの内容で言えば 「サスケ、おまえがうちはを滅ぼした里をどうsても許せないのならナルトに手伝ってもらえ 里を許せないという自分の気持ちをまず認め、そんな自分も許せるようになれ そうすれば今より広い世界が広がるはずだ」 と、こんな感じではないでしょうか 小中高といじめられ高校中退、引きこもりにニートまでフルコースで経験した人からでした 人に負けない、負けたくないという独自のものをもちそれを磨けば自然と自信になっていくよ 自信を持ったら人の多少の悪口やいたずらなんて気にならない 「ああ、低劣なヤツの見苦しい行為だな」 とでも見下してやればいいんです 結局人を簡単に傷つけるようなアホも自信も独自の価値もないスッカスカのビーチボールみたいな人生と人格ですから
お礼
回答ありがとうございます。ですが、内容があまり理解できませんでした。 人を簡単に傷つけるアホってなんでしょう。 汚いものを汚いって赤ちゃんが避ける行為はアホにはいりますか? 汚いものをきたないということが人を傷つけることになるということを経験していない人のことを私はアホだと思えません。 サスケは自分の思いが到底受け入れられるものではないと思うからこそ一人で行動しているのではないでしょうか。自分にしか理解できないと思うことを他人に話せば黙殺される。それでは自分が自分でなくなる。だからこそ、一人で動いているのだと思います。