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学生時代からの恋人との思い出話
- 学生時代から付き合っていた彼氏と結婚することになりました。お金がなくて田舎でのデートや東京観光など、思い出の数々があります。
- 学生の頃は別々の環境にいたため、休みが合わないこともありましたが、別れることなく関係を続けてきました。
- 環境の変化があった中でも、私たちは幸せを感じています。
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質問者が選んだベストアンサー
こんばんは。私は結婚15年目の専業主婦で中2の一人娘がおります。主人は大学の部活の先輩でした。 私は生まれも育ちも福岡でして、大学で初めて東京に出て1人暮らしでした。 部活は陸上で、中距離~駅伝を走っていましたが、当時主人は4年で私は1年でした。 私は僭越ながら、当時陸上部のマドンナに選出されていたので、誰もが簡単に付き合えない状態だったのです。 陸上部には、とにかく、大きな大会で優勝した男子が、唯一、歴代のマドンナの女子に交際を申し込めるという 暗黙のルールというか、掟があったのです。もちろん女子がノーと言ってしまえばおしまいですが、 とにかく男子部員は大会の優勝という勲章を得ないと交際ができなかったようです。 主人は関東インカレの10000mでかなり良い記録で優勝しましたので、私との交際権を得たのですが、 それから半年後には主人は卒業して院に行ってしまいましたから、実質的に部活は1年しか 一緒では有りませんでした。 でも、私はその時まで、恋愛経験も全く無く、何かもうこの人(主人)と一緒にならなきゃいけないんだ・・・ そんな宿命を感じていましたね。それで、私が大学卒業と同時に結婚しました。 主人は亭主関白で、かなりワンマンな人ですが中身はとても優しいです。私が若かったせいか、 結婚までは一切深い関係を求めませんでした。きっちりしたけじめをつける人でしたね。 技術者で大学院時代に、革命的技術の特許を取得し、それが縁で今の会社にスカウトされたのですが、 その特許権の会社への譲渡で、莫大な報奨金を得ていましたので、私は就職をすることもなく、 何不自由なく専業主婦で子育てに明け暮れる20代でした。 今、主人は海外の現地法人研究所の責任者をしており、単身赴任なので、普段は娘と2人だけです。 なんとなく空虚な感じもありますが、夏休みには1ヵ月半、冬休みにも1ヶ月程度帰国しますので、 それが待ち遠しい昨今です。 結婚まで結構時間がありましたから、私は主人の性格や行動パターンを全て把握しましたし、 操縦方法も熟知しましたので、今までケンカしたことはありませんね。 いつも主人を立て、意見が対立した場合には私が一歩引く・・・それでうまく行くのです。 確かに大学時代に好きだった人は、若い時代の淡い、あるいは熱病のような恋愛感情で終わってしまう 人も多いですが、私は主人以外に全く男性を知らずに結婚しました。でも良い人にめぐり合えて 本当に良かったと思っています。
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- rapisupyon
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既婚、二児の母です。 私は、高校1年生になったばかり、16歳のときに、7歳年上の主人と8年付き合い、結婚しました。 私は学生でしたが、主人は、交際当初から社会人でした。 ただ、主人も、交際中は、無職の時期があったり、転職を繰り返したり・・・と、若さゆえの未熟さ、甘さもあり、安定した状況ではなかったです。 7歳も年下の学生の私が、主人に仕事や人としての大事なことについてお説教をしたこともあります^^; 私も学生で、まだまだ未熟者だったと思いますが、それでも、主人のことを考えて、厳しいことも伝え、でも、何があっても、どんな結果になっても主人の側にいて、全てを受け入れるという覚悟でした。 主人は、結婚願望が強く、私が高校を卒業したら結婚したいと言っていました。 私自身も、主人と結婚したい気持ちはありましたが、やはり、自分自身が一人前の社会人になり、いろんな経験をして、人として、女性としてもっともっとしっかりとした力を身につけなくては、自分以外の誰かの人生や命を背負うなんてことはできないと思い、大学進学を決意しました。 高校、大学と、私自身、対人恐怖症、心身症、うつなどと診断されるような状況になったこともあったのですが、主人が全力で誠心誠意寄り添ってくれていました。 時間が許す限りは、どんなに仕事で疲れていても、私に会いにきてくれて、必要ならば大学まで送り迎えもしてくれました。 そして、「俺は、お前の出した答えなら、どんな答えでもそれを受け入れる。たとえ、どんな結果になっても、一緒に背負ってやるから、お前の好きなように、思うように生きろ。俺は、お前を信じてるから。」と言い続けてくれました。 その言葉があったからこそ、私も、「この人の、これだけの想いに私も応えたい。この人のために、私は強くなりたい。」と思え、大学を卒業し、資格を取得し、希望する職種に就職することが出来ました。 そして、就職して1年後、私が24歳のときに結婚しました。 就職してすぐの結婚に、両親はあまり良い顔をしませんでした。 主人の家庭環境も複雑だったため、両親はあまり認めてくれませんでした。 それでも、お互いに絶対にこの人しかいないという思いだったので、私は何度も何度も両親とも、主人とも話し合い、時には、修羅場のような喧嘩や泣き叫び、物を投げるほどの喧嘩もしました。 私が「もう結婚なんてしないほうがいいのかも・・・」と弱気になりそうなときでも、主人は「俺は、何が何でも絶対にお前と結婚する。お前以上の女はいない。お前と結婚しなかったら、俺は、絶対に幸せになれない」と言い続けてくれました。 その努力の甲斐あって、両親は、「二人の強い気持ちと強い覚悟を感じた。それだけの強いものが二人にあり、誠実に親とも向き合ってくれる〇〇君(夫)なら、信頼できる。二人なら、どんなことがっても、乗り越えていけるだろうと思えた。」と結婚を認めてくれました。 そして、今、結婚を反対していた人たちが、みんな、私と主人の家庭を認めてくれています。 私も、16歳から主人と付き合ってきて、主人しか男性は知らないけれど、主人でよかったと思っています。 主人も、いまだに「お前以外との結婚なんてありえない。お前以上の女はいない。」と言ってくれているので、きっと幸せだと思います^^; 付き合いが長かった分、お互いに理解していることが多く、付き合い方もよく分かっているので、結婚してからも揉めることが少なかったですね。 問題が起きても、どういう言葉を、どういうタイミングで出せば良いか分かっているので、うまく問題を解決できましたよ。 私の場合、いろんな環境の変化があり、いろんな人と接し、結婚までの間に告白されたこともあったのですが、やっぱり、主人以外の男性は考えられませんでした。 変な言い方ですが、独身のときは、主人以外の男性は気持ち悪い・・・という感じでした・・・^^; PHSの適当な番号で送信した「メル友になりませんか??」という主人からのメールで始まった関係ですが、まさか、その相手と結婚することになるとは、そのときは思ってもいませんでした^^ 最初は、主人も軽い気持ちだったようですし、お互いに第一印象は良くなかったのですから。 でも、不思議と、初対面のときから、お互いに温かい気持ちになれる相手で、何かと共通点なども多く、縁のある相手でした。
お礼
色々とあったんですね。 何となくここまで来た私たちには凄い話に思えます^^
お礼
ドラマみたいな話ですね。 回答ありがとうございました。