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母のネガティブな波動にうんざりします
- 私は母のネガティブなエネルギーにうんざりしています。母の顔や表情、不満ばかりの姿勢が耐えられなくて、顔を合わせたくない気持ちになってしまいます。
- 母はアスベルガーのような行動を取ることもあり、話を聞いてくれないし意見も通じません。私も母にアドバイスすることをあきらめ、同じ家にいつも顔を合わせずに生活しています。
- 母の存在は私にとってストレスですが、家を出ることができない経済的な理由もあります。母の愛情は感じられず、私も母に何も期待していません。どうにか心の平静を保つ方法があれば教えてください。
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質問者が選んだベストアンサー
(1)何とかして自立する 物理的に離れれば接触が減るし 存在を意識することが減ります。 生活水準は下げたくない、から 同居なさっていると思うので そこをどこまで妥協できるか考えてみては いかがでしょうか。 予算決めたら それをもって物件探しはできますし ほかにも 彼氏を作って転がり込む、 ルームシェアする、 など本当に耐えられなかったら 色々奔走されると思います。 ですから そうはいっても甘えがあるかな と思いました(^_^;) (2)自分の姿だ、と認識する お母様をみていらつくのは 自分の恥部をみせつけられているように 感じるからです。 自分の中にあるどろどろしたものを お母様の姿に投影しているのです。 また、 ストレスのはけ口にしているともいえます。 実際お母様の態度にイラつくのでしょうが そこにはそれと関係のない 質問者様の精神状態がのっかっています。 人の批判をすることで 自分の立ち位置を確認しているのです。 存在するものを存在しないかのように振舞う方が ストレスがかかるため、余計存在が濃くなります。 お互いがそういう精神状態なので お母様も同じく質問者様のことを >ネガティブなエネルギーのように感じるんです。 と思っているでしょう。 それでもお互い寂しいから本当は接点が持ちたい。 かまってオーラを出し合っているけど 相手を理解しようとするより 自分をわかって欲しいが勝るので かみあいません。 (3)「愛」に定形はない 食物を与えて世話する、のも結構大変ですよ(^_^;) そんなことぐらい、って思うかもしれないけど。 無事 >そんな年齢じゃない ぐらい生きてこられたのは幸運だと思います。 与えて欲しい質の愛情が与えられなかったのは 不運だったかもしれないけど 自分がその立場になったときに 自分が欲しかった質の愛情を他人に注げば いいのではないでしょうか。 ない袖は振れぬ、でしょうから お母様にそれを求めても出てこないでしょう。 諦めた、とありますが そうではないから 不満が燻り続けているのではないでしょうか。 いまある様々なストレスのはけ口として お母様に甘えている面があるということを 意識した上で どんな生活をしたいか どんな人生にしていきたいか 御自身に焦点を当てて考え ひとまず今後数年の計画を立て実行していくのが よいのではないでしょうか。 そしたら必要以上に お母様の存在に影響を受けなくなります。 お母様の批判をしている場合じゃないので。
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- sakura-333
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狭い家に一緒に住んでいれば目に付く事もあるかもしれません。 ですが、噂好きで暇を持て余した他人を巻き込むよりはマシです。 家を出れないのですから、やはり我慢するしかないですね。
お礼
お礼が遅くなってすみません。 頑張って我慢します・・。 噂好きで暇を持て余して他人を巻き込む。 私が中学生の頃、パート勤めだった母は毎日学校から帰ったばかりの私に茶菓子を与え、延々と職場のパート仲間の悪口とか父への愚痴を私に聞かせていましたので、気質的には同類かと思います。今はただ話す内容がないんでしょう。そういう話か、ワイドショーで見た芸能人や犯罪の話だけが人間の会話だと思ってるらしいので。 なんか、頭の中が昭和の時代で止まってるみたいな人なんです。 どうもありがとうございました。
- sergio2010
- ベストアンサー率19% (36/185)
私も出戻りで神経質で小うるさい母親を持っていますが、 嫌だったら実家を出て自分で生活すれば良いじゃないですか? それがままならないのなら、一応、お世話になっているのですから、 我慢するしかないですね。
お礼
お礼が遅くなってすみません。 そうですね、我慢しないとですね。 小うるさいでも一応理屈とか通ってればいいんですが、理屈もなにもすっとばして感情だけで言葉を発してしかも一方通行なんです、うちの場合。せめて会話らしい会話が出来ればいいのですけど。 (すみません、また愚痴を。) 回答者さまのお母様が、小うるさくても神経質でもまともに会話できるのなら羨ましいです。 どうもありがとうございました。
- worldallone
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あなたが自立してまた家を出れば解消はしますが、 根本的な解決は二人で愛という感情を学んでいきなさいということでしょう。 母親が愛情知らずで無知なのが、そういう行動を取るとあなたが分かっているならば、 母親の面倒を根気よく見て世話をして愛を学ばせていき、それによって心が開かれたら、 それ相当の喜びに変わるでしょう。 肉体年齢と精神年齢は違います。親を選んで生まれて来たのはあなたなのですから。
お礼
二人で愛を学ぶ。 確かに一番いいことだと思います。 一度は結婚して、母以外の人間と暮らして、男女間だけの愛でなく何人もの人と接する機会があって、やっと愛情というものがどいういうものかわかったと思います。 そして家に戻ってきたので、余計そのギャップが感じられたのかもしれません。 もちろん家に帰って来たばかりの頃は、できるだけ母に話したりいろいろ考えたりしました。が、母からすれば自分のペースを邪魔される以外の何物でもなかったらしく、また母の世代での離婚というものへの概念を反映してか、『死ね』『出て行け』『そんなだから離婚された』と毎日言われ続けました。 生を与えることが親の最も根底にあるものだと思っているので、『死ね』と言われた時点で、もう親とは思えなくなりました。 また自分のことは人に任せたくないらしく、私が料理をすることすら嫌がりますし、世話と呼べることは今は出来ません。 ただ、いずれ母が病気なり老齢化して介護が必要になったとき、どう考えても私がそれをすることになると思いますので、その時もし可能なら、母が少しでも、世間体のためでなく、愛情をもって世話をする、ということがどういういうことかわかってくれればいいなとは思います。ただ母はコンプレックスの塊なので、下手に私が上手に介護しても逆に気に入らないかもしれないので、あまり期待はしていません。 肉体年齢と精神年齢、確かにそうですね。 母は時々幼い子供のような話し方をするときがあります。 話していても、どっちが親なのかわからなることが多々あります。 親を選んで生まれてきたのですか、知りませんでした。 そういう話を聞いたことがあったような気がしますが、正直、そんなばかな、と思ってました。 もし自分で選んでいたとしたら、ほんとに馬鹿ですね、私は。 それとも私に必要な苦労だったということでしょうか。 いろいろな視点を提示して頂いて、おかげさまで少し考えがすっきりしてきました。 どうもありがとうございました。
- sadami10
- ベストアンサー率23% (354/1536)
そのような母は何処にでもいます。母を見て嫌なら自分が変わるのです。わかりましたね(^・^)
お礼
えっ、他にもいるんですか? それはよかった(?)です。^^ 母のようには絶対なりたくないとは思います。 反面教師という意味ではいいですが、ただ母のようでないというだけで、立派な人というほどになれるとも思えませんが 笑 でも、趣旨はわかりました(^^)/ どうもありがとうございました。
お礼
お礼が遅くなりました、お詫び致します。 いくつもご提言下さり感謝します。 (1)何とかして自立する お恥ずかしいですが、生活水準を下げる以前に、独りで生活できるほどの収入がないんです。最低の生活でも自活できるなら、おそらくそうしてたと思います、ほんとに。専業主婦をしていて離婚、しかも半分騙されるみたいに慰謝料も何もなく本当に無一文で追い出されまして。相手のほうは親族で相談しあって最も都合のいい離婚の仕方の段取りをしてかかって来られ、こちらは誰一人相談する相手もおらず、本来味方になってくれるはずの母からは私への罵言と脅ししかもらえず、また込み入った話は一切聞きたがないので、未だに私がどういう目にあったのか具体的には何も知らない始末です。離婚直後は私も精神的にそうとう参ってましたし、まあ、これも甘えなのかもしれないですが。 (2)自分の姿だ、と認識する これはまさにそのとおりだと思わずにいられませんでした。母の気持ちや考えがこんなに細かく見えてしまうのは、それだけ自分にも同じ感性があるわけですし。また上記のことも重なりますが、なんのかんの言って母のやっかいになっている自分を取り繕っているのかもしれませんね、いやそうだと思います。 『かまってオーラ』については私は出してるつもりはないんです、それに母のオーラにしても、ここが母の変なところで、無意識下でいつも誰かにかまって欲しいと思ってると思うんですが、ただ、それが行動に現われていても、普通ならそれが見られる相手に発してると思うものですが、母の場合、本当に意識して出してるわけではなさそうで、つまりたまたまそれが見られる私に『かまって』とオーラを発してるわけではないと思います・・・。でも、そういえばよく『自分のことぜんぜんわかってくれない』ってまるで子供が親に言うようなこと言ってました。そういう母こそ私のこと本当に何も知らず、何か話そうとしても聞きたがらないので、私のことを一切知りたがらないで自分のことだけ心配してもらおうっていうのがそもそも都合よすぎると思うのですが。っていうか、これって本当に親が子供に対して思うことでしょうか。私のこと友達とかだと思ってるんでしょうか。 (3)「愛」に定形はない なるほど、そういえばそうですね。でもまあ、それ以前に母に、『愛』って言葉を言ったら笑い飛ばされると思いますが。そういうのはドラマの中だけだと思ってると思うので。一度『毎日家事してご飯食べてだけして、他に何もしてないけど、何のために生きてるの?』って言ったら、大笑いして『あんた、おかしいんとちがう?』と言われました・・・。真面目に人生を考えるような台詞を言ったらおかしいらしいです。 そうですね、本当に母のことでごちゃごちゃ時間潰してるような状況じゃないんです。わかってるんですけど、つい気にしていらいらするのは、ひょっとするとある意味現実逃避なのかもしれないですね。 自分も充分恥ずかしい性格だっていうことわかりました。気付かせて下さってありがとうございました。母に対して愚痴りたくなったら、その分自分も似たような者なんだって思い出すようにします。 どうもありがとうございました。