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人と接するのが苦痛になりました。

人と接するのが苦痛になりました。 こんにちは。 都内の大型ショッピングセンターで洋服販売の接客業をしている女です。 二年半になります。 人と話すのは好きなタイプでしたが、接客業を始めてからどうしても人と話すのが嫌で嫌でたまらないのです。 お店では入店したお客様としっかり話さなければなりません… 洋服の話、世話話など… まったく興味がもてませんし、話した後どっとつかれてしまいます。 それと一回親しく話したお客様がもう一度来店されると、なぜか話したくない、どうしたらよいかわからないと頭の中がパニックになり避けてしまいます。 私何かおかしいのでしょうか? とにかく人との会話が面倒くさくて仕方なく、苦痛でしかありません。 これは病気ですか? 補足ですが、人がたりなすぎてかなり仕事だらけです。

みんなの回答

noname#140971
noname#140971
回答No.6

Q、例えばどのような策があるのか例にあげていただけませんでしょうか? A、犬を飼うことです。と言いたいが、散歩に留めておきます。  浅間山の大噴火もかくやと思われるほどの怒りを爆発させながら、玄関のドアを開ける。開けると同時に、ボーイが二階のリビングルームから転がるように下りてくる音が聞こえてくる-その足音を聞いただけで、怒りは中噴火になった。下りてきたボーイと上がり框で顔が合う。目と目が合う-それだけで怒りは小噴火になった。ボーイはまるで喜びの歌を歌うかのように吠えながら、尻尾というよりお尻全体を振り振り出迎えてくれる-怒りの噴火は完全に鎮静化した。(「軽井沢のボーイ」89頁)  これは、放送作家である海老原靖芳氏執筆の「軽井沢のボーイ」からの引用です。  私のこの16年は、実に悲惨なものでした。バブル経済崩壊の影響で一挙に勤務していた会社の業績が悪化し、ついには廃業を持って決着がつきました。でも、振り返って見れば、実に楽しくて充実した16年でもありました。シベリアン・ハスキーやゴールデン・レトリーバーに囲まれ、そして、今は、盲導犬候補生のパピーと暮らしています。  私の場合は、海老原氏が書かれているような形では噴火は沈静しませんでした。が、犬達との散歩の途中で色々と会社の愚痴を道端に吐き捨てることで家の周辺を回って玄関まで戻ってくる頃には噴火は完全に鎮静化していました。  犬を飼い始めて散歩するようになって初めて、道端の山野草が蕾を膨らませているのが見えるようになりました。これは、驚きの発見であり、忘れていた心の平穏を思い出した瞬間でもあります。  多分ですが、人は、犬や自然と交流することを忘れ過ぎたのかも知れませんね。そういう忘れていたものを取り戻すことが職場でのストレスを解消する有効な策かもしれません。  質問者が、どこかに置き忘れてきたものは何でしょうか?その答えが解決策を見出すヒントになるかもです。

noname#121206
質問者

お礼

Husky2007様 何度も親身にお答え下さりありがとうございます。当たり前だと言っていただいてなんだか心が楽になりました。接客しながらまったく楽しめない自分を、なんて社交性がないのかと責めていました。仕事だから嫌なことも当たり前ですよね。 散歩続けてみます。

回答No.5

至って正常です。 同じ客がまた来ると「今度は何の用で来たんだろう。また来た」 という心理でしょうね。私も嫌です、そういうのは。 そういう奴に限ってお構いなく延々と話して、時間を取られるから嫌いです。 おそらく仕事が過重で負担がかかっているせいかもしれません。 我慢して一杯一杯なら、やめてしまうのも手です。 人と話すのが好きなことと、仕事として向いているかどうかは別問題だと思います。

回答No.4

接客業をやっている20代女です。 >一回親しく話したお客様がもう一度来店されると、なぜか話したくない、どうしたらよいかわからないと頭の中がパニックになり避けてしまいます ↑これ…ものすごくわかります!! 一回顔見知りになったら無視するわけにもいかないですしね… かといってそれほど話題があるわけじゃないし。 病気でもなんでもなく、普通の感情だと思います。 人と接するのが大好き!という人はそうでもないかもしれませんが。

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回答No.3

30代サラリーマン♂です。   SE(システムエンジニア)です。 人と話すのは寧ろ好きな方ですが ワンマンな性格なので今の仕事を選んでいます。   付き合いもかなり悪い方ですので 人と話す量としては平均以下だと思います。 それでも年々、人と接するのが億劫になりここ1年くらいは 見ず知らずの人とは恐怖ですらあります。 他愛無い会話でも、仕事柄「意味」をすぐに考えてしまうので 他人の意味不明な会話を長時間聞かされると 疲れと怒りを感じます。 ↑自分のことを棚に上げていることを自覚した上での 発現です。 というわけで >私何かおかしいのでしょうか? >とにかく人との会話が面倒くさくて仕方なく、苦痛でしかありません。 は「全く正常」ではないでしょうか。 ご同情申し上げます。 例えば仕事の帰りに治安に問題ない静かな駅で降りて 一人佇んでみるとか、いつも客がいない店を探して ひとりじっとしてみるとか、とにかく 「音がしない」環境に一定時間身を置いて 脳を休ませることを強くお奨めします。 独断ですが、一人でいてもイヤホンをして音楽をかけるとか 脳が休まない状況はよろしくないかと思います。 家電製品が"アース"といって製品から導線を延ばして壁や地面に 設置させて電位の差を無くして感電等の防止をするように、 人間もガチャガチャとした"他人の騒音"に囲まれているならば 人工的な音のしない空間に浸ることがとても大事です。   これからは可能な限り心を休める時間を多くとり 自己分析をして、今の仕事が向いていないと思ったら 思い切って接客ではない世界へ転職してみても いいのではないでしょうか?   ご参考になれば幸いです。

noname#119957
noname#119957
回答No.2

お客が、あなたの興味が持てないことを長々と話されるのは、疲れると思います。しかし、そういうようにお客が話すことは、あなたと店の接客の勝利です。つまりすこしは、信頼されていることになります。 お客さんとの会話は、礼儀作法だけは守ることが必要ですが、あとは、本音で話したほうがいいと思います。また、「教えて差し上げる程度の話」なら、何度でも同じことを、話せるのではありませんか?同じ人間ですから。 話は変わって・・ 仮に看護婦になったとします。患者からいろんな苦痛の話などをいやというほどされる時があるかもしれませんし。老人ホームで働けば、老人から毎日同じようなことをいやというほどに聞かされるとのこと、年寄りの話は特に疲れるようでもあります。 ということですから・・ 質問者さんと同じような思いをしている人は、このような、サービス業をやっていると、誰もが経験するのです。 しかし・・ 人間疲れるから、癒しも求めます。また、仕事は疲れるものです。今後もそういうことは、続くのですから、ストレス解消もやりましょうよ。 と思います。昼休みに、すこし癒されることを見つけたり、仕事が終わったら仕事のことを 忘れて爽快に。。ストレスを発散しましょう。 会社側の指導にそういう気分転換があればいいのにね。と思いますね。 そういうことなのです。

noname#140971
noname#140971
回答No.1

Q、人と接するのが苦痛になりました。 A、余りにも普通のことでしょう。  接客業でお客様と話すのは、ファミレスで友達としゃべくるのとは全く違う行為です。  友人との話は、お互いに気が合う者同士が共通する話題について行うもので楽しいことしきりです。他方、接客時の会話は、お客様の話に半ば強制的に耳を傾けて無理してでもお世辞のひとつも言う行為。これは、友との会話とはまったく質の異なる接客術の実践にすぎません。  接客業で接客術をこなして売上を伸ばしたとしても、その成果はお店のものであって決して質問者の成果・獲得物にはなりません。仮に、質問者が、自分の店を経営しているのであれば、嫌なお客に話を合わせても、閉店後に売上を数えることでその不満は解消することでしょう。このように、雇われる身であれば、そこに接客術の実践にある種の疎外感を感じるのは当たり前のこと。そういう労働の疎外感が不満となって鬱積すれば、それは接客術の実践そのものから熱意というのを失わせていきます。心そこになければ、まあ、接客なんて苦痛でしかないでしょうね。  余りにも当たり前の悩み。しかし、それから逃げても収入の当てを失うだけ。ならば、この余りにも当たり前の悩みといかに向き合うか?そこが問題。まあ、大抵の職業人が大なり小なりぶつかっている問題といかに向き合うのか?学校では習わなかったテーマですね。逃げずに、人それぞれの答えを見つけてくださいね。

noname#121206
質問者

補足

回答ありがとうございます。当たり前と言っていただき少し楽になります。 実はもう一年以上試行錯誤しているのですが、うまく解決もできずにいます… 例えばどのような策があるのか例にあげていただけませんでしょうか?