こんにちは、kinkin0212さん。
西暦200年前後の三国志の時代には、日本はまだ確りとした国家としての形が出来上がっていない時代でした。
一部の地域で、天皇を中心とする国家の初期の形態が出来つつあった時代で、各地の有力者や豪族同士の戦争でも、双方の兵士数が100人対100人とか、大きな戦いでも400人対500人程度の戦いだったと思います。
そんな時代に中国では50万人の兵士とか、100万人の兵隊を指揮して戦ってた、日本では考えられないスケールの大きさとか壮大さに感銘する人が多いのだと思います。
また、30年くらい前にテレビ放映された人形劇の影響、その後も三国志のまんがアニメとか有ったり、現在では三国志を題材にしたテレビゲームのソフトが発売されるなどの相乗効果によって、三国志が幅広い年代層の人達に浸透した事にも因ると思います。
また、魏・呉・蜀の曹操・孫権・劉備らが織りなす人間模様や各人物のそれぞれの個性や人間的な素晴らしさ魅力に、心を惹かれる人も多いのだと思います。
しかし、何と言っても頭脳明晰な諸葛亮孔明の軍師としての采配や策略(戦略)の凄さとか、人物そのものの素晴らしさなどが、日本人から見た場合の三国志の魅力の中心になっていると思います。
また、中国の歴史書や戦略書は日本の戦国時代の著名な武将達にも愛読され、国を治め人を治め領地を豊かにして他国との戦に打ち勝つ為の教本として用いられてきました。
戦国時代の武将達は現在の日本人にも人気が高く、彼ら日本の著名な武将の登場するテレビや著書を見たり読んだりしていると、自然に三国志からの引用などが頭に入って来ますので、多くの人がこれらの媒体を通じて自然に三国志を知っていたりする事も、日本人が三国志に親しみを覚え易い理由なのかも知れません。