獣医師でウイルスに専門知識を有します。
何度も同じような質問があり、同じような回答を何度もしているのですが、N95マスクを薦める人って自分で装着して日常生活を送ったことがあるのでしょうか???
鳥インフルエンザ等の伝染病の防疫業務に従事する仕事をしているので、N95マスクは仕事でよく使いますが、きちんと装着すると呼吸が苦しくなるほど気密性が高い代物ですよ。
ウイルス濃度がとてつもなく高い空間(鳥インフルエンザが発生した鶏舎など)で作業に従事する際は、マスクだけでなくゴーグル、防疫衣、手袋などフル装備で仕事するせいもあるのですが、30分働いて30分休憩、くらいのローテーションを組まないと倒れる人が出るくらい息苦しいです。
N95マスクを装着して息苦しくない、という人がいれば、それは正しく装着していない=N95の意味なし、ということでしょうね。
私は職場に行けばN95マスクは大量に在庫があり、業者から個人的に入手することも容易ですが、自宅に備蓄しているのは安価な不織布のサージカルマスクです。それで十分、というよりマスクだけ完璧に防御してもあまり意味がありません。(戦争の際にミサイルを撃たれるかもしれず、空爆されるかもしれないのに港の軍備だけ完璧にするようなものです)
マスクの種類以上に装着方法が重要です。上部のワイヤーで鼻梁にフィットさせること、頬の部分に隙間がないよう装着すること、顎の下まできちんと覆うこと、要するにマスクと顔の間に隙間ができないように装着することです。
それ以上に重要なのが「外し方」です。
まず、ウイルスが大量に付着しているマスクの前面を持たないこと。持つとウイルスが手に付着するので、当然の事ながら感染のリスクが増えます。というより、ヘタするとマスクなしより感染のリスクが増えます。
従って、多くは耳にゴムで留めていると思いますが、その部分を手でもって"静かに前に"外すのが正しい外し方です。その時バタつかせると、わざわざ顔の前でウイルスを撒き散らすことになるので、やはり感染リスクが上がります。
外したマスクはそのまま捨てるのが基本です。どこかに置いて再装着、なんてことをすると、その分だけ感染リスクが上がります。(マスクを置いた場所にもウイルスが付着するので感染源になる)
何かモノを飲み食いしたりする時に顎の下に一時的にずらす、なんてのは最悪です。
つまりこれらの行為は、そのままだったら吸引しても感染が成立するほどではなかった微量なウイルスを、時間をかけてマスクにトラップし、量が溜まったところで顔の前で撒き散らす・・・ということになりかねないわけです。
ですから、安いマスクを頻繁に替えた方が感染防止効果は高いでしょう。
インフルエンザは飛沫感染です。
これが何を意味するかというと、「マスクで防御すべき粒子の大きさ」はおよそ5μm以上、ということです。
インフルエンザウイルスの粒子の大きさは100nm前後、すなわち0.1μm前後ですので、実はN95でも遮断できないと考えて良いです。
実際にNIOSH規格で用いる試験粒子の大きさはおよそ0.3μmですから、ウイルス粒子が単独で浮遊しているのなら、たいていのウイルスはN95マスクでも通過するということになります。単独で浮遊しているウイルスを確実にキャプチャーしようとすれば、0.05μmクラスのフィルターが必要ですし、そんなフィルターを使ったマスクを"隙間無く"装着すれば、普通に窒息死します。(このサイズですら楽々通過するウイルスもありますが)
マスクでインフルエンザウイルスを防御する場合は、飛沫のサイズすなわち5μm以上の粒子をキャプチャーできるマスクを使えば十分なのです。キッチンペーパーですら、複数枚重ねて作れば何もないよりは遙かにマシ、という程度の効果は十分期待できるでしょう。
もうひとつ、重要な感染源があります。
ウイルスを含んだ"飛沫"が付着した"モノ"です。電車の吊革、手すり、ドアのノブ、テーブル・・・つまり手で触るものは全てウイルスが付着していることがあり得るわけです。
これを手で触ると当然手にウイルスが付着します。この手で食事したりすることによってウイルスが口から侵入し、咽喉頭に達すれば感染が成立します。
なのでマスクだけN95にしてもオーバースペックなだけで意味がないのです。よほどウイルス濃度が高い空間に行くのであれば、逆にN95でなければならないでしょうが、この場合はマスクだけでなく帽子(髪の毛を露出させない)、防疫衣、手袋など、フル装備でないと意味がありません。
ですので、安価なものでけっこうですから不織布のマスクをなるべく多く入手し、使用する際は頻繁に交換することをお薦めします。