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努力の仕方が間違っている?
私はよく頑張り屋さんで努力家だね、と人に言われるのですが どうも成果がはっきり現れません。そういう場合は人から言われるほど努力が足りていないのでしょうか?それとも勉強なら勉強方法などが間違っているのでしょうか? 何事にもコツというのがあると思うのですけどそういったことをいつも 念頭に置いていると逆に、合理的になって努力するとは反対の事のように見えます。 私の場合、どちらかというと途中で挫折することが多くそれがいけないのかも知れません。嫌気がさしてしまってからはいくらやってもダメなような気がします。似たような経験をお持ちの方、ご意見下さい。
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- dell_OK
- ベストアンサー率13% (766/5721)
そうです。 単純に、がんばっている人は、何かができていないのだと思います。 できている人は、がんばらなくてもできるのだと思います。 がんばっていると言う姿勢は大事だけど、それは人に見られて「がんばってるね」と言われたらアウトだと思います。 努力は人知れず。 がんばっている人を見たら、なんだか「助けて」、「手伝って」と言っているようなアピールに見える人もいます。 おせっかいな人が、またこれを手助けしようとします。 あきらかにできていないから手伝われる。 「しかたないなあ」と言われながら。 できれば、水面を進む白鳥で言われるように、水面上は優雅に、水面下ではがむしゃらに。 と言うわけで、がんばっている姿が人に見られているのは、努力が足りていないと思います。 この努力には、その方法も含まれています。 自転車はどんどんこげば(努力)進みますが、ギアが軽くなっていたら(方法)進み具合はよくないし、スタンドが立っていたら(方法)いくらこいでも(努力)進みません。 でも、ギアが軽いから坂道をのぼりやすくなったりもします。 チェーンがはずれていないかも、ブレーキがきくかも確認が必要です。 ベルが鳴るかもチェックして欲しいところ。 ハンドルは、少々曲がってても、うまく運転すれば大丈夫です。 もう、はたから見たら、「自転車にも乗れないの?」と言われないようにすればいいかな。 私には他人事なので、努力が足りていないし、方法が間違っているとは言えますが、どのように努力すればいいのか、どこがどう間違っているのかと言う事は言えません。 努力している人が偉いわけでもなければ、努力せずにできている人が偉いわけでもありません。 努力が必要だから努力し、コツが必要だから合理的になる。 質問者様のような経験はまったくありませんが、回答してみました。
NO.4です。 実は質問の意味がきちんと理解できていないのですが・・・。 >努力の仕方が間違っている? 「そうだろうな」と想像します。 >そういう場合は人から言われるほど努力が足りていないのでしょうか? 他の回答者様へのお礼などから、それは無いと思います。 >それとも勉強なら勉強方法などが間違っているのでしょうか? それもあるでしょうし、あとは資質の問題だと思います。 >コツというのを身につけると早くないですか? 早いですね。 「コツ」を掴むのも資質の1つです。
お礼
難しいところですね。有難うございました。
何をするかにもよりますし、どうやるかにもよります。 勉強なら、いっそのこと休憩を増やしてみるのも手です。 自分にはこれは不可能だと諦めて別の事を始めてそっちの努力をする、、というのも時には必要です。 これは、ものを分析して決断する努力です。
お礼
そうですね。しかし私は一日に8時間勉強する人を目指したいと思います。
- nimda_1969
- ベストアンサー率42% (123/290)
確かに以前の職場にもコツコツと地道に作業をしているのですが、成果が中々現れないとこぼす社員がいました。 コツコツ地道にこなす事と要領よくこなすことは対極的に捉えられることが多いのですが、私はそう思いません。 そのプロセス(過程)が間違っていればそれはコツコツとした地道な作業は「徒労」になってしまうからです。 またそれが失敗であった場合はより早くその失敗と分かるようにすることが必要です。 また、「徒労に終わった」と自分自身で感じても「果たしてそれは結果が結び付くまで実施していたのか?」とも思います。 以前私の恩師に「成功しないのは、成功するまでやらないからだと」仙人のようなことを言われた事がありますが、実際そうだと思いますし、そのためにも方法論を含めて考えなければならないと思っています。特に勉強をしているようには見えないがテストをするといつも高得点の人と予習復習は欠かさないがテストの点数はあまりよくないという点も正しくそうだと感じます。 私の場合、大学受験の時は勉強量を増やす事よりも勉強方法について勉強していたような気がします。 結果はそのプロセスを表すものであると思いますから、 失敗したには失敗のプロセス 成功するためには成功のプロセス 成功により速く導くためのプロセスがあるのだと思っております。 よく会社の会議とかで「内容は良かったのだが上手くいかなかった」という議論はありますが、それは「上手く行かないプロセスにて実施実行されたもの」だと思います。なのでよく「上司は結果しかみていない。その苦労を分かっていない」という愚痴には批判的です。その苦労は徒労だったからです。結果を見れば分るからです。 とはいえ私も徒労に終わることは良くあるのですが・・・。
お礼
ご意見ありがとうございました。そういわれると非常に悔しく思いますね・・・・今までやってきた事は水の泡にも見えます・・・・ 目標=ゴールですが、そこへ行き着く方法が間違っていたとは・・・・・まぁ今気がついただけ良かったとします。 辛いご指摘ありがとうございます。
- hyakkinman
- ベストアンサー率16% (738/4426)
心が、「~したい」「~なりたい」という方向に向いていますか? 「~しなければいけない」努力は、成果になりませんよ。 「心技体」・・・3拍子が揃わないとダメですね。 コツは「技」なり。大切なことのひとつです。自分の「技」になるように応用してください。 「身体の手入れ」も怠らないことです。 「使って、手入れをする習慣」って、「イチロー選手のグローブ」みたいに「大事なこと」ですよ。 「挫折してしまうような目標」では、「成果も出ないでしょうね」 「ほんとうにやりたいこと」に向かって、カメさんのように前進してください。 「あせらず、おごらず、ゆっくりと」・・・「マイペース」、大事ですよ。 そうすれば、成果がでなくても「努力という途中行程は、心を成長させてくれます」。 50年、人生やっていて、たどり着いた結論です。
お礼
そうですよね、参考アドバイス有難うございました。
漫画 はじめの一歩の中で鴨川会長が口にした台詞。 「努力した者が全て報われるとは限らん。しかし!成功した者は皆すべからく努力しておる!!」 凄くインパクトがあり感銘しました。 私自身は今は努力嫌い、疲れることはしないダメ男ですが、大昔にあるスポーツ競技で日本新記録(公式)を樹立しました。 その前の長い期間には今の自分からは想像できないような自己流の努力を積み重ねそこに辿り着いた経験を持っています。 「日本新記録」という言葉よりも努力の中で得たものの方に今でも価値を感じています。
お礼
羨ましいです・・・結果に満足できた事は今までにあまり経験していません。今後頑張っていきたいと思います。
「努力」と「苦労」を分けて考えてみては如何でしょうか。 >何事にもコツというのがあると~ これこそ「努力」ですよ。 >私の場合、どちらかというと途中で挫折することが多くそれがいけないのかも知れません。 >嫌気がさしてしまってからはいくらやってもダメなような気がします。 それは「苦労」しているからだと思います。
お礼
参考アドバイス有難うございました。コツというのを身につけると早くないですか?
- midori1998
- ベストアンサー率46% (21/45)
努力というものは結果に至るまでのいくつもある方法の中の1つですから、 方法として頑張ったときに出た結果とweofjocsさんの求める結果をもたらす方法が食い違っていたのでしょう。 ただ、努力が間違いなのではなくて、求める結果ばかりに目が向いていて、努力で得た結果を見落としているのかもしれませんよ? 最終的に不本意な結果ならば間違っていると言えるのかもしれませんが…。 途中で挫折してしまう、嫌気が差してしまうと感じていらっしゃるようですが、最初から100の結果を求めて、10や25の結果を見逃して、0と感じてしまっていたりはしませんか?
お礼
そうですね。よく人からそう言われます。結果がよければ満点、 ダメなら0点みたいに・・・・・少し面倒くさがりなものですから しょうがないです。参考になりました。
- KGS
- ベストアンサー率24% (1324/5321)
ずっと以前のことですが、スポーツをやっているときに自分では一生懸命に努力して練習しているつもりだったのですが、結果が出ないのです。 そのときに先生に言われたことを今だに覚えています。 「君は努力しているように見えるが、どういう努力をしているのかね?」 「自分の力を100%出せるように限界まで頑張っています」 と言ったところ、「100%出せるようにとか、限界までとか言うのは努力って言わないんだよ。みんな当たり前のようにやっていること」とした上で「努力とは100%の力を120%にすること、自分の限界を超えてから頑張る部分を努力と言うんだよ」 と体育会系の教師に言われました。 また、違う先生には「全員が120%の努力をしたとしても優劣は必ず付くもの。 同じ努力をしたのに結果は差がつくのは頭を使った努力をしたかどうかにかかってくる」と言われました。 人より劣っている場合なら、目標にしている人のやり方を真似てもいいし、多少なりとも人より優れているのなら、さらに人が思いつかない勉強方法を考えてみるのも良いでしょう。 成績の良い人が必ず毎日、何時間も猛勉強しているとは限りません。 メリハリを付けて、遊ぶときは遊び勉強するときは自分で課題を与えて、それが完了しなければ完了するまで寝ないとか、集中力を切らさない勉強が身に付くのです。 だらだらと勉強らしき行動をとっていれば他人から見れば、よく勉強していると映るかもしれませんが、実際は時間ばかり食ってしまって何も収穫がないということは良くあることです。
お礼
参考意見頂き、有難うございました。 体育会系でハードな部活は本当に凄いですよね。おそらく、こういっても失礼と思いますけど体育系にしか分からない人の特権とも思います。 頭を使って考えることの差・・・今まであまり考えなかったので 振り返ってむなしく思いました。でもこれから頑張りたいと思います。
- ssykpu
- ベストアンサー率28% (319/1125)
努力をしても、途中で終わってしまったら、なんにもなりませんよね。最後までやりぬくことを目標にしましょう。途中、多少サボっても、停滞しても、最後までやりとげられたら、それが本当の意味での「努力家」ですよね。 偉そうな事かきましたが、私も今年はある資格をとるために勉強します。途中、停滞してもいいから最後までやりぬきたいと思ってます。
お礼
そうですよね、ただ言葉で話すほどたやすいものではない事です。 辛いのに無理してやっても逆効果になりますし・・・・ 有難うございました。
お礼
辛いアドバイス有難うございました。またお礼が遅くなり失礼致しました。 確かに頑張っているねと言われているうちはダメなのは分かります。 何故ならそう言われるといや~な気がするからですが・・・ しかし頑張らなくても出来る人は出来るとは羨ましい・・・・ まあ例えていえば取りこし苦労をしない人でしょうか。 しかし、だからといってその人は素晴らしいか?というとそうでもない。とここまで来ると訳が分かりませんが・・・・ 実力主義の世の中、成功を収めた人が偉いとすれば、いかに効率的にそして結果を残すかでしょう。嫌味ないい方しますと最小限の努力で 最大の成果。ですね。私は実はこの言葉嫌いですが・・・・ 薄っぺらい人間になりそうで・・・・失礼致しました。