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アマチュア合唱団のチャリティー・コンサート3,000円には行く気しない?
歴史と実績と実力のあるアマチュア合唱団に所属しています。 当合唱団の演奏会の収益金は、毎回社会福祉法人などに献金しておりますので、チケット代金は毎回3,000円以上です。 そこで、まず伺いますが、この演奏会の内容に仮に興味があったとしても、そのような金額の場合、実際に行く気になりますか? 又、友人がそこの団員で、演奏会の案内を受けた場合、内心「アマチュアの分際で金を取るなんて! 友達なんだから少し安くしろよ。」と思いますか? あなたが、同様の合唱団や楽団に所属していて、別の団の演奏会の案内を受けた場合は、どう思いますか? 以下は、私どもの裏事情です。出来れば、この裏事情を読む前と後で、どうお考えが変わったか、教えてください。 団員は、月額会費3,000円や楽譜代、合宿代などを払った上に、チケットが10枚以上割り当てられるので、趣味とはいえ、いつも大変な出費です。 幸い、リピーターもかなりおられ、演奏会ごとに、少なくても600名以上の来場者がありますが、それだけに大きい会場(即ち高い借り賃)も必要であり、ソリストやオーケストラなど共演者に支払う金額も、人数が多いと馬鹿になりません。 従って、現状の3,000円以上の演奏会代金は、まとまった金額を献金先に提供するためには、これ以上下げられない金額なのです。 私どもからすれば、これだけ一生懸命よい音楽を作り上げ、献金もしているのだから、来場者には、その意図を理解し、その代金を公平にシェアして頂きたいと思うのですが、実情は、私の場合、相手によってはチケットを差し上げている場合も多く、挙句の果てに差し上げてもドタキャンの人もおり、割り切れない思いがしています。 最後に私と同様の演奏者の立場におられる皆さんの、チケット配布に関する苦労談も伺えれば幸いです。 大変な長文、失礼しました。
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no.2、no.3です。コメントありがとうございます。 >他国のことを褒めるのはあまり好みませんが、やはり日本などに比べ、アメリカは、もっと寄付やボランティアの文化が、成熟しており、皆が喜んで、我々のような活動に共鳴してくれると思います。 恥ずかしながら、私はアメリカやその他の国のボランティア事情に疎いので、この点について何も言えないのです。さらに日本国内についてのボランティアについても、人並み以下の認識なのではないかと思っています。なので、あくまで「日本のアマチュア団体の演奏について実体験から語っている人間の意見」としてお聞きください。 (これまでの2つの意見についても、この前提でお読みください。) >それでも尚且つ、アマチュア合唱団が、慈善演奏会でお金を頂く正当性を、私はやはり意識せざるを得ません。 確かにバブルがはじけ、皆の財布のひもがきつくなったことは認めますが、社会福祉団体に収益金を献金(寄付する)という崇高な目的は、いささかも損なわれるべきではないと考えています。 >そのような意味で、今あまり多くの皆様に、私どもの活動の賛同が得られていないように見受けられるのは、大変残念に思います。 ■慈善演奏会の趣旨が、日本人に浸透していないという問題 ■単純に、アマチュア団体の演奏会の運営の問題 この二つに分けて考えるべき問題と思います。 もしも質問者様の団体が、アメリカならば多くの賛同を得ることが出来ることが明白ならば、それは日本でのボランティア文化の未熟さを大いに嘆くべき問題だと思います。 >私のこの考えを補足し、ではどうしたらよいかを示唆して頂ける方がおられれば、有難く思います。 質問に質問を返してしまいますが、やはり当事者である質問者様達はどうしたいのか?ということが一番肝心なことだと思いますよ。 日本でボランティア活動をしようと思う以上、現在の日本の現状に則した形で行なわなければならないのは仕方の無いことですよね。 例え質問者様の団体のやり方がアメリカでは通用したとしても、今の日本で通用しないのならば、日本のボランティア意識を変えるか、質問者様達の方針を変えるかのどちらかしか無いのは明白だと思います。 個人的な印象では、現在の日本において、ボランティア活動とアマチュアの音楽活動を一体化することに非常に無理を感じます。 意地の悪い言い方になりますが、ボランティアをやりたいのならば演奏会などではなくもっと効率の良いやり方をすれば良いし、演奏会をやりたいのならばボランティアなどを絡めずにシンプルにやれば良いと思ってしまいます。 現在の日本で活動する以上、ボランティアを行いたいのか、自分達の演奏の場を求めたいのか、このどちらかを取るということが現実的な選択になると思います。 もしも質問者様達のポリシーを貫き、そしてさらに出演者自身が自腹を切ることなく収益金を寄付したいのであれば、これはもう日本のボランティアを根本から変える活動になりますよね。 (その際には微力ながら応援させて頂きますので、ぜひ団体名などをお教え頂きたいと思います。) さらに意地の悪い見方として、これまでのいくつかの回答の中に、演奏内容の質とチケット代のバランスについての意見がいくつかありますよね。 その点については、質問者様はどう感じていらっしゃるのですか? >プロになる実力があるわけでもなく、アマチュアでちょっとうまいぐらいで、3000円は、正直、無理だなあ。 今の日本において、演奏会の名前に「チャリティー」の文字が入っていたとしても、この意見はどうしても出てくるものだと思います。 この点については質問者様はどうお考えになるのですか? また、質問者様が理想と考えるチケット代金の回収は具体的にどのような形なのですか?定価通りで売り、その中から演奏会の諸経費と寄付金を賄うということですか? 意見と共に補足の要求をしてしまい心苦しいですが、よろしくお願いします。
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- dqpq05
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>ただ、聴く前からそれに見合う品質かどうかはわかりませんから(前に聞いた場合は予測できるでしょうが)、演奏者側としては、まず足を運んでもらうためには、自腹を切ってでも来てもらいたいという熱意は必要でしょうね。 そう思います。 だからこそ、(少なくとも日本の現状では、)アマチュアの演奏団体がチャリティの企画を「本来あるべき姿」で成立させるのが難しいのだと思いますよ。 最初から集客率が非常に高い出演者だからこそ、(少なくとも日本の現状では、)チャリティの企画が成立するのだと思います。 散々「建前」を偉そうに並べ立てましたが、質問者様や質問者様のお仲間が高い意識で活動されていることは疑いません。同時に、日本のボランティアに世界との開きがあることも何となくですが、わかります。 そんな中で活動をなんとか続けるには、結局現在のように団員の負担が大きい状態にならざるを得ないのだと思います。 ですが、このような地道な活動を続けていかないと日本のボランティアの意識も成長しないのではないかと思いました。この点は、今回のご質問によって気付かされたことです。私にとっては貴重なきっかけになりました。
お礼
dqpq05さん、何回もご丁寧にご回答頂き、有難うございました。 最後は、どうにか落ち着く所に落ち着いた気がします。 今後とも、チャリティコンサートに見合う演奏の質を求めて、がんばっていきたいと思います。 どうも有難うございました。
補足
今回は、大変お世話になりました。 沢山ご回答頂き、大変ためになりました。 その中でNo.7は、明確な結論というよりも、問題提議の色彩が濃いと思いますが、真っ向から私の疑問に向き合って頂き、考える材料を与えて頂いたということで、ポイントを付与させて頂きます。
- dqpq05
- ベストアンサー率33% (361/1089)
no.2です。 >その主催者や購入者が少しずつ犠牲を分担して、物品やサービスの提供を受け、その収益金等を福祉団体に寄付(献金)するものだと思います。 回答no.9の補足欄からの引用ですが、まさにその通りだと思います。 そこで大事なのは、提供されるサービスの内容ですよね。 私を始め多くの回答者が言っているのは、このサービス(今回の場合は演奏内容)が出費に見合う品質なのかどうか、ということです。 質問者様の丁寧なコメントにより、チャリティーがどのようなものか、これについては良く分かります。問題点も細かく分けていくことが出来てきたと思います。 その上でやはり最重要だと思うのは、提供されるサービスの問題だと思わざるをえません。 これまでにも何度か書かれたことではありますが、提供される演奏内容が3000円に見合う品質であれば、聴衆は喜んでチケット代を全額負担します。 これに尽きると思います。
お礼
お礼が遅くなりました。 度々投稿有難うございます。 No.10さんの回答へのお礼でも書きましたが、やはり演奏がその出費に見合う品質なのかどうかということが、問題ですね。 ただ、聴く前からそれに見合う品質かどうかはわかりませんから(前に聞いた場合は予測できるでしょうが)、演奏者側としては、まず足を運んでもらうためには、自腹を切ってでも来てもらいたいという熱意は必要でしょうね。
- calmnight
- ベストアンサー率85% (6/7)
すみません。前の回答者様方が十分仰られていることとあまり変わらないのですが、質問者様の補足・お礼に思うところがありましたので、少々コメントさせて下さい。 質問者様は「日本ではチャリティの基本精神が根づいていない」と書かれていますが、それは今回のご質問とはまた別の問題なのではないでしょうか? 日本人のチャリティ観を変えたい、ということであれば、ここでのご質問とは別個に、チャリティそのものに関わる問題として捉えるべきだと思います。 「アマチュア合唱団のチャリティコンサート」については、他の回答者様が仰られている通り、その合唱団の公演を聴く価値を認めるか否か、ということに尽きるのでは。 私の母と付き合いのある方がアマチュア合唱団に所属されており、年に一度コンサートを開いています。 それを聴くためだったら私はお金を払いますし、チャリティだから協力してね、と言われれば、3000円くらいは払うでしょう。それはその合唱団にそれだけの価値を置いているからですし、また、その合唱団を信頼しているからでもあります。 でも、だからといってチャリティ公演なら無条件にお金を払えるか、というのはまた別の問題です。そもそも、興味のない所にはお金を払うどころか、足を運ぶ気にもなれません。チャリティだの何だのというのとはまったく別の問題で、です。 質問者様は海外のことを話題にされておりますが、海外ではどうなのでしょうか? 好きでもない歌手がチャリティ公演をやるからといって、聴きたくもないのに「チャリティだから」と無理して行くのでしょうか? その方の演奏を聴きたい…少なくとも、時間を費やして聴いても損はないと思うからこそ、「チャリティのため」と納得した上で、少し高いお金を払うのでは? 聴きたくもないコンサートに献金額+経費で3000円取られ、さらには時間も取られるくらいであれば、最初から3000円どこかに寄付した方が早い、と思うのはごく当然のことだと思います。(それを実行するかどうかはまた別の話ですが…) 前の回答者様方が言いたいのは、そういうことなのではないのでしょうか。 総合的に申し上げますと、私の意見としては、「料金を引き下げることは特に求めません。その代わり、3000円+視聴にかけた時間分に見合う公演をして下さい」ということになります。(もちろん私見ですので一つの意見として聞いて下さい) 人間、自分が納得しさえすれば、少々高いお金でも払う気になるものです。私もまだ一席5万円もするオペラなどは観に行ったことがありませんが、一度観たら5万円払ってでもまた観に行きたくなるかもしれませんし。 つまりは金額や形式に関係なく、問題は客を納得させられるかどうか、であって、裏話を聞いてほだされてくれるならそれも良し、そうでなければ相手が良しとしてくれるだけの公演を見せるしかないと思います。 要約すればNo.9の方とほとんど変わらない上に、乱暴な文章になってしまったことをお詫び申し上げます。ご参考までに。
お礼
お礼が遅くなりました。 >その方の演奏を聴きたい…少なくとも、時間を費やして聴いても損はないと思うからこそ、「チャリティのため」と納得した上で、少し高いお金を払うのでは? やはりそれにつきるのでしょうね。 演奏者は、チャリティであろうとなかろうと、それに見合った演奏をするように、心がけるというのは当然ですね。 まあ、いずれにしても、プロのクラシック演奏会でも人集めに苦労している世の中ですから、どうしても沢山の人に来てもらいたかったら、演奏者が自腹を切ってでも声をかけるしかありませんね。
補足
今回は、どのご回答も大変まじめに、私の質問に向き合って頂いており、どのご回答にポイントをつけるか大変迷いました。 その中で「乱暴な文章になってしまった」とおっしゃいますが、多くの皆様の意図する所をまとめて頂いたということで、良回答の一つとさせて頂きます。どうも有難うございました。(9/2〆切に当たって)
- clover0707
- ベストアンサー率32% (552/1694)
行く側からしますと、演者がプロであろうと、アマであろうと、 献金をしていようと、あんまり関係ないです。 ようするに行ってみて、感動するなり満足できればそれでよし、 できなければ次はない、というだけです。 見に行く人の目的は「合唱」、ただそれだけです。 それが3000円以上に見合う満足ならば文句はないです。 しかし、チケットのはけ方が悪いというのなら、 実力がその3000円に見合っていないと言うことに他なりません。 「とても実力があって良いものなんです、社会に貢献もしているんです」 という言い分は構わないのですが、 それでお金を出すかどうか判断するのはその人次第でしょう。 「こんな私たちを受け入れないなんて…」というのはお門違いです。 相手から頼まれてやってることではないんですし。 お客から3000円を引き出す力がないのに、 3000円を引き出す前提で動いているから問題が出てくるのだと思います。 つまり、現実を見ていないのです。 社会への貢献も、能力があり力があるからこそできるもの。 まずは自分たちの足場を固める事が優先ではないでしょうか? 足が出ているのに献金、ではなんのためにやっているのかわかりません。 矛盾を感じた団員の心が離れることもあるのでは?それでは本末転倒です。 「その金額なら、喜んで行きます」というのが本来のあなた方の 実力でしょう。それを基に箱をどこにするか、規模はどうするか、 ゲストはどうするか、どれほど献金するかを決定なさるべきでしょう。 先に「やりたいこと」を設定してしまうから、 無理が来て身銭を切ることになるのです。 当然と言えば当然すぎる結果です。 人間の行動は正直だから、「義理でしかたなく」来る人を 引きつけておこうとどんなに努力したって、先は見えています。 チケットをタダでもらっても、コンサートに行く時間を捻出したり 会場まで行く手間の方が大変だと思う、それが彼の正直な気持ちです。 (むしろ彼が自分のお金を使ってないからこそ そうできるという所もあるのかもしれませんね) それは「自分の実力(魅力)不足」と認めざるをえないかと思います。 まずは身の丈に合った規模と金額設定で確実に集客し、 毎回確実にお客を感動させ、満足させることが大事だと思います。 そうすればリピーターももっと増え、口コミで広がり、 合唱団はもっと成長するでしょう。 集客力がつけばそれこそいくらでも内容を豪華にできますし、 多額の献金もできるわけです。 (今でもある程度の力はお持ちなのでしょうが、問題が起きている ということは現実に即していないという事) >社会福祉団体に収益金を献金(寄付する)という崇高な目的は、いささかも損なわれるべきではないと考えています。 その考えに賛同するかどうかは、他人の自由です。 別にわざわざ合唱を見にいかなくても、 個人で献金するという手段だってあるのです。 ということは演者にとっても客にとっても、 やはり合唱が第一の目的になるのは明らかです。 それを認めない限り、そのズレが「身銭を切る」という形で 自分にかかってくるのはしかたのないことだと思います。
お礼
(補足欄よりつづきます。) 聴衆は、その割高なのを承知の上で、チャリティーであることを理解して購入して下さっている方もおられるはずです。チャリティというのは、そのイベントへの参画者(主催者=演奏者、共演者及び聴衆など)の理解の下に、その趣旨を承知の上で、皆がその犠牲をシェアしながら、福祉などへの寄付を行うものだと思います。 それが私どもの基本コンセプトであり、私どもも、それを前提に集客をしているからです。それでも売上を度外視してでも、どうしても来てほしい方には、団員が、自腹を切って招待することもやむを得ないのであり、そこは、団員の覚悟が必要なのだと思います。 以上、長々と自論を述べたて、失礼しました。 これまでの皆様のご意見を全面否定するように聞こえるかもしれませんが、これは一方の極論と思って下さい。 その上で、もう一度原点に立ち返ると、やはり、皆さまのご意見の中にも真実はあると思われるのです。 正直言って、私もわからなくなりました。 団員たちとも忌憚のない意見交換をしてみたいと思います。
補足
(長くなりましたので、ここからお礼(兼コメント)を書き始めます) 懇切丁寧にご回答を頂き、有難うございます。 >行く側からしますと、演者がプロであろうと、アマであろうと、 献金をしていようと、あんまり関係ないです。 これは大方の聴衆の皆様の正直な反応だと思います。 >まずは身の丈に合った規模と金額設定で確実に集客し、 毎回確実にお客を感動させ、満足させることが大事だと思います。 ここも、他の回答者様のお考えと似ていると思います。 私はこれらの皆様のお考えに、同感する部分も多く、これまでお礼文の中で賛意を示してきましたが、実は、未だに、必ずしも、諸手を挙げて賛成するとまでは言えない部分があるのを感じます。 それは「チャリティ」というものの基本的精神が、残念ながら、やはり、今の日本文化には根付いていないと感じるからです。 「チャリティ」というものは、コンサートにしろ、バザーにしろ、身体障害者支援団体が主催する障害者の製作グッズの販売にしろ、その他のイベントにしろ、その主催者や購入者が少しずつ犠牲を分担して、物品やサービスの提供を受け、その収益金等を福祉団体に寄付(献金)するものだと思います。 中にはバザーのようにタダ同然で提供を受けたものを売りさばくことによって得た収益金を寄付する場合もありますし、反対にチケットを、割高で販売するケースもありうるのではないかと思います。
- yukarikihara
- ベストアンサー率11% (42/359)
『チャリティーコンサート』出演経験者です。 例えば泉谷しげるや坂本龍一チャリティーコンサートのチケットが¥10000もしますか? ライブエイドやwe are the worldのCDが一枚¥6000もしますか? チャリティーコンサートというのは出演者は代金に見合った内容をリスナーに提供する。その対価をリスナーが払い、主催者側はそこから必要最低限を経費としてまわし、必要以上のギャランティは受け取らず売り上げを寄付するという事なのです。 お客さんは慈善事業でお金を払っている訳ではなく、演奏の力、及びそのミュージシャンのチャリティーにおいての「姿勢」に賛同しその証を示す為にお金を払う訳です。 好きな音楽に触れられた対価として支払ったお金が福祉等に使われるので間接的に社会貢献でき一石二鳥です。 ミュージシャンも赤字覚悟で手弁当でやっているわけではありません。 経費も出なければ主催側の持ち出しになってしまいますし、逆に対価に見合う内容でなければリスナーは誰もお金は出しません。 対価に見合う内容を提供できるからこそ「ミュージシャンによるチャリティー」なのですよ。 少なくともチャリティーコンサート先進国アメリカではそうです。 対価に見合う内容を提供できなければ『チャリティーコンサート』とは呼べず、貴方のおっしゃる通りただの「献金」「募金」です。 演奏力もさることながら質問者さんの趣旨、意義というものがリスナーや他の団員にしっかり伝わっていないのではないでしょうか? 趣旨を明確に伝える事は「募金」には必須ですよ。 例えば¥1,500のチケット代金による売り上げでどうチャリティーを成功させるか、それを考える事こそが真の意味での『社会貢献』なのではないでしょうか。
お礼
>チャリティーコンサートというのは出演者は代金に見合った内容をリスナーに提供する。その対価をリスナーが払い、主催者側はそこから必要最低限を経費としてまわし、必要以上のギャランティは受け取らず売り上げを寄付するという事なのです。 ・・・全く基本的にはその通りだと思います。 チャリティーコンサートの趣旨をもう一度原点に立ち戻って考え直す必要があるかもしれませんね。
補足
下のお礼で、賛意を示しておきながら、次の回答者様のお礼で矛盾した意見表明をしたように感じます。 要するに、物事には何でも両面があり、yukarikiharaさんのおっしゃるのも尤もですし、しかし、極論としては私の考えもあると思います。 yukarikiharaさんのご意見は、極めてまっとうな説得性のあるものであり、尊重させて頂きたいと思っております。
- star81
- ベストアンサー率16% (266/1650)
>実際に行く気になりますか? 高くて行く気になりません。親しい先輩からのお勧めであれば、1回だけ付き合いで行くと思います。2回目以降はなんだかんだ理由をつけてお断りします。 >友達なんだから少し安くしろよ。」と思いますか? それは思いません。 >まとまった金額を献金先に提供するためには、これ以上下げられない金額なのです。 「献金」という言葉が引っかかりますね。何で寄付行為でないのか? あとは他の回答者にもありますが、支払う金額が多すぎると思います。
お礼
なかなか二の足を踏まれるという心理状況も理解できます。 尚、前にも書きましたが「献金」=「寄付」とご理解ください。キリスト教系では「献金」の方を使うケースが多いです。
補足
これまで沢山ご回答を頂き、有難うございました。 それぞれ的確と思えるご指摘有難うございました。 しかし、正直言って、それでも尚且つ、アマチュア合唱団が、慈善演奏会でお金を頂く正当性を、私はやはり意識せざるを得ません。 確かにバブルがはじけ、皆の財布のひもがきつくなったことは認めますが、社会福祉団体に収益金を献金(寄付する)という崇高な目的は、いささかも損なわれるべきではないと考えています。 他国のことを褒めるのはあまり好みませんが、やはり日本などに比べ、アメリカは、もっと寄付やボランティアの文化が、成熟しており、皆が喜んで、我々のような活動に共鳴してくれると思います。 そのような意味で、今あまり多くの皆様に、私どもの活動の賛同が得られていないように見受けられるのは、大変残念に思います。 私のこの考えを補足し、ではどうしたらよいかを示唆して頂ける方がおられれば、有難く思います。 少し、当初の質問の本筋からはそれますが・・・。
- sleepmoon
- ベストアンサー率19% (229/1180)
私は30代主婦です。 3千円が高いか安いより、チャリティーという曖昧さが金額を支払うのに疑問が多いです。 私自身、チャリティーバザーの手伝いを何度かしたことありますが、善意を具体的に金額提示したほうが人の理解を得やすいと体感しています。 バザーの場合、「お支払い金額の1割を寄付しますのでご理解下さい」と明確にする事でむやみな値切り交渉をしてくるお客さんは少なくなり円滑に運営できるようになりましたよ。 この件も同様で、チケット代金の何%は支援金として寄付する事を名言されたほうがいいかもしれません。 いくら有名で歴史があっても、長引く不況ではお客様の財布は固くチケットを捌くのは大変だと思います。 チャリティーが演奏目的なら、大きい会場でなくてもいいと思います。 団員の数と経費に見合う活動ではいけませんか? チャリティーというのは、そもそも善意なのだから「まとまった寄付金」にこだわる事自体愚問だと思います。 それこそ、チャリティーという名の見栄っぱりではありませんか? 本来のチャリティーとはどうあるべきか考えてもいいのではありませんか?
お礼
>チャリティーという曖昧さ 毎回、具体的な献金先を指定し、その団体への献金(キリスト教で「寄付」という言葉に代えてよくつかう用語ですが、「寄付」と同じと考えて頂いて結構です。)であることをチラシにも明記しています。 もし可能なら、最初に「収益金の何割を献金します。」と明記するのも一案ですね。 まあ、あまり会場の大きさや献金額の多寡に無理をせず、身の丈にあった演奏会にするというのも必要ですね。
あんまり合唱は聞きに行かないが、まぁアマチュアということなら、1500円ぐらいまでなら払うかな。それ以上だったら、人間関係の付き合いとして1回だけいって、「これで義理は果たしたからな」ということで2度とはいかないと思う。 読んでいると、「アマチュア」といいながら、どうも「オレたちはプロ同然なんだ」みたいな感覚がどっかにあるように感じた。一所懸命によい音楽を作り上げている、というのはわかる。が、そうはいっても、空いた時間で集まって練習して、だよね? プロは、朝から晩まで、毎日フルタイムで練習して、金を取っている。そうしたプロと比べてみれば、頑張ってるといえども、あくまで「趣味としては」というレベルなんだよねぇ。 フルタイムで音楽専門にやっているプロでさえ、地方のあまり知られないようなところだと3000円以上はなかなか取りづらいところがある。それに比べて、アマチュアで、こういっちゃ悪いが「片手間に練習してる」程度で3000円。高いと思わないかね? 映画だって2000円以下、プロでも小さな劇団の芝居なら3000円しないところもある。うちのほうのアマチュアオーケストラの演奏会でもさすがに3000円は取らないな。 チャリティってのも、オレはよくわからんのだが、それは「チケット代3000円は全額寄付します。会場代などかかる費用は私たちが全部、自腹で払ってます」というなら、立派なもんだと思う。が、どうも「かかる費用は、すべてチケット代でペイするようにして、その上で上乗せしてチケットを売って、上乗せ分をチャリティに寄付する」のだよね? 団員は、毎回、どれだけ寄付しているの? そのへんがどうもよくわからない。自分たちは寄付しない、金を払って見に来た人の払った分だけ寄付する、というのはなんとなく釈然としない。「だったら、そんなのやめて安くしなよ」と思うな。 そもそも、なんだってそんなに金がかかるんだろうか。大きい会場といっても、場所などを考えればもっと安いところは見つかりそうな気がする。著名な、名の通った高いホールにこだわってるようなところはないだろうか。またオーケストラやソリストに金がかかるってのは本末転倒に見えるんだがな。合唱だろう? 伴奏のピアノ一本あれば、後はみんなの「声」だけで十分と思うが。わざわざ金をかけて人を頼んで、それで「金がかかる」ってのは、「そりゃあ、あんたたちの勝手な都合だろ」と思うんだが。タダで来てくれる人を探すとか(アマチュアなら、交通費程度で来てくれる人は見つかると思う)、いろいろ考えれば方法はあると思うんだが。 月に会費3000円。演奏会ごとにチケット負担が3万円ほど。これは「趣味でシロウトが楽しむ」ということなら、まぁ納得できる負担だろうと思う。そのぐらいなら、全額自腹で負担して、タダで演奏会をするほうがいっそアマチュアらしい。それが負担できないならやめればいい。「いや、我々の実力からすれば、そのぐらいのお金はとって当然だ」との自信があるなら、とっととプロになればいい。プロになる実力があるわけでもなく、アマチュアでちょっとうまいぐらいで、3000円は、正直、無理だなあ。 どうも、「常に、一定レベル以上の、盛大な演奏会を開催する」ことにこだわりすぎている気がするんだが。「身の丈にあった」演奏会になっているか、改めて考えてみてもいいと思うんだが。以上、合唱なんて円のない素人の意見。
お礼
やはりアマチュアなら1500円ぐらいが相場だと思われますか? 最初1度だけ聴きにこられて義理を果たしたと感じられる気持もわかります。 プロとアマの練習量の違いもおっしゃる通りで、わかります。 又、会場や人件費がかからないようにする工夫が必要なのは当然ですね。身の丈にあったイベントにすることも考えなければいけませんね。 (演奏者については、何回かに一度はオーケストラ付きの大曲にもトライしていますが、通常はほとんど楽器のない、あってもピアノくらいのアカペラを主体としています。) 表向きの金額はともあれ、趣味で音楽をやる以上、チケットは全額自腹でもやむを得ないという覚悟が必要なのかもしれませんね。
補足
お礼の文章を一部訂正します。 当合唱団は、アカペラを主体にしていると書きましたが、やはり、ステージでは小編成の楽団及びソリストと共演のケースが多いです。
- dqpq05
- ベストアンサー率33% (361/1089)
>どうも他の団員にこのことを話すと、あまり理解していただけないのが現状なので、対応に苦慮しているのが実際の所です。 なるほど、質問者様は「チケットは自腹」について納得しているが、他の団員さんが理解していないということなんですね。 なかなか難しい状況ですね・・・・・。 結局、現在慣習になっているようなチケットの割引や出演者の自腹というのは、アマチュアの演奏会を成功させる為に必然的にやっていたことの結果なんですよね。 現状を理解していない団員さんというのは、アマチュア団体の活動の根本的なことを見失っているのではないでしょうか。 大変失礼な言い方になりますが、団員さんの中には、高いプライドをお持ちになっている方もいらっしゃるのではないかと思います。 「歴史と実績と実力のある」団体で、福祉団体への献金なども行なっていて社会に奉仕をしていたとしても、アマチュアの一団体であることに変わりはない訳です。 実際問題としてチケットノルマに苦しんでいるのが現状である以上、実情を客観的に把握し、アマチュア団体としての原点を意識してもらう他ないですよね。 理解を求めるのは中々大変なことだとは思いますが、粘り強く声掛けをしていく他ないと思います。
お礼
再度ご回答有難うございます。 団員皆と本件について話したわけではありませんが、私の聞いた範囲では、結構原価で買って頂いているケースもあるようです。私の宣伝の仕方が悪いだけかもしれませんが、私の場合は、原価で買って頂いているケースは少なく、タダ同然の場合が多く、且つ一人でも多くの方に演奏を聴いてもらいたいという気持が強いので、20枚位を自腹で負担している形になります。中には進んで原価で購入して下さる方もおられますが少数派です。 確かに団員は皆さん強いプライドを持っていると思いますが、時にそのプライドが障害になる場合もあるのではないかと私も思うことがあります。 今後、実情を客観的に把握し、アマチュア団体としての原点を意識するためには、少し再考を要するテーマだとは思います。
- dqpq05
- ベストアンサー率33% (361/1089)
>そこで、まず伺いますが、この演奏会の内容に仮に興味があったとしても、そのような金額の場合、実際に行く気になりますか? 高額なので躊躇します。 >又、友人がそこの団員で、演奏会の案内を受けた場合、内心「アマチュアの分際で金を取るなんて! 友達なんだから少し安くしろよ。」と思いますか? 出演者自身がチケットを売る場合、割り引くことは一般的ですよね。これが一般的になっている以上、割引が無い場合は何か事情があるのかな?などと邪推してしまいます。 >あなたが、同様の合唱団や楽団に所属していて、別の団の演奏会の案内を受けた場合は、どう思いますか? お互いチケットをさばくための「持ちつ持たれつ」の関係にあるならば、割引などもお互いにバランスが取れているはずですよね。なので、大事な付き合いなのだから行きますよ。 >この裏事情を読む前と後で、どうお考えが変わったか、教えてください。 偶然、私はこのような事情を知っていたので、特に印象が変わることはありません。 どこもこんなもんですよね。 ただ、質問者様の考えについてはいくつか感じることがありました。 >趣味とはいえ、いつも大変な出費です。 とは言っても、趣味なんですよね。負担ならば辞める選択もあるわけです。 >私どもからすれば、これだけ一生懸命よい音楽を作り上げ、献金もしているのだから、来場者には、その意図を理解し、その代金を公平にシェアして頂きたいと思うのですが、実情は、私の場合、相手によってはチケットを差し上げている場合も多く、挙句の果てに差し上げてもドタキャンの人もおり、割り切れない思いがしています。 仕方の無いことではないですか? 演奏内容そのものに対価を支払うのならば、プロの演奏会に行きますよ。アマチュアが「私達は一生懸命良い音楽を作っているのだから、それに見合った対価を」というのは、言ってはいけないと思いますよ。アマチュアの演奏会にお金を払ってでも行くというのは、実際は付き合いのウェイトが大きいですよね。 まして、チャリティに関しては完全に主催者の都合ですよね。 チケットをタダで配り、ノルマ分は出演者自己負担、しかもドタキャン有りというのは、アマチュアならば受け入れるのが妥当なことだと思いますよ。 >私と同様の演奏者の立場におられる皆さんの、チケット配布に関する苦労談も伺えれば幸いです。 チケットは全額自腹のつもりで臨んでいます。 他の団体の事情、自分達の事情を考えても、結局始めからそうやって考えておくのが妥当だからです。
お礼
私の質問に逐一お答え頂き、有難うございます。 >高額なので躊躇します。 というのは、当然の反応だと思います。 >出演者自身がチケットを売る場合、割り引くことは一般的ですよね。 というのも社会慣習上、よく見受けられるかと思います。 別の団の団員の反応として、おつきあいの部分も多いとのことですが、さほど知らない団の場合、よそのアマチュア合唱団の演奏会になぞ行く余裕はない、という態度も見受けられます。 私も別の合唱団、聖歌隊にも関係しているのですが、彼らの反応が今回は特に鈍く、へこんでいます。(私が彼らの中で特に人気がないわけではないです。為念) 結局、チャリティに関しても完全に主催者の都合だとすれば、団員からはタダや割引で配布するというのを、仕方のないこととして受け入れるしかない、のではないかというのは、わかるし、チケットは自分持ちと割り切る用意はあるのですが、どうも他の団員にこのことを話すと、あまり理解していただけないのが現状なので、対応に苦慮しているのが実際の所です。
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お礼
再度の熱心なご回答有難うございます。 >個人的な印象では、現在の日本において、ボランティア活動とアマチュアの音楽活動を一体化することに非常に無理を感じます。 >現在の日本で活動する以上、ボランティアを行いたいのか、自分達の演奏の場を求めたいのか、このどちらかを取るということが現実的な選択になると思います。 ・・・なるほど、日本のカルチャーに合わないとしたら、それも考え直さなければならないかもしれませんね。 最後の補足のご依頼の部分ですが、いくつか私の回答として考えられると思います。 一つは、あくまで私どもの初志を貫き、チケットは今まで通り3,000円以上で提示すること。それで、チャリティー音楽会であることの趣旨を承知でおいで頂ける方には、是非おいで頂く。もし団員がどうしてもこの人に来てもらいたいと思った親族・友人・知人がいれば、それはその団員の責任において、自腹も辞さずにお呼びする。(それは仕方がないし、チャリティー音楽を主催する合唱団の団員として覚悟をする。) 二つは、規模(会場や共演者)やチケット代を身の丈にあう所まで(せいぜい2,000円で出来る範囲)まで縮小し、献金額もできる範囲でする。 という二つのどちらかの選択肢になると思います。 尚、私は、現状会計担当ではないので、どの程度の会計分担になっているのか詳しく知りませんが、個人的には、各種経費は極力団員の負担とし、チケットの収益金は極力全額献金に回すのが理想と考えます。
補足
他にスペースがあまりないので、この欄をお借りして、申し上げます。 今回の質問は、私と私の所属する合唱団にとって大変重要なものであり、それぞれ真摯なご回答を寄せて下さった回答者の皆様に心から感謝します。 それぞれうなずける部分も多いのですが、一方疑問に思える部分もあるのは、人間ひとりひとり考えが異なるのですから当然のことと思います。 今回は、どの回答にもポイントを差し上げたい位、一生懸命考えて頂いており、感謝します。 私の意見に近い方にポイントを差し上げようなどとは考えていませんので、引き続き忌憚のないご意見をよろしくお願いします。