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写真に対する感受性を高めたい
私の所属する写真部では、写真の感想を400字程度の小論文にまとめると いうことをしているのですが、満足できるものが書けずに困っています。 というのも、写真を見て「すごい」や「きれい」とか、漠然とした感想は持てるのですが、 具体的にどうなのかや、なぜそう感じたのかといった事をうまく文章にまとめることが できないのです。他の部員の小論文を見ると、細かいところまでよく観察している上に とても自然な文章でまとめられているため、読んでいて引き込まれます。改めて写真を 見なおすと違ったものに見えてくるほどです。 文章力はもとより、写真に対する感受性、観察力に長けているからこそ書けるものだと 思うのですが、どうすれば鍛える事ができるのでしょうか。また、すこしカテゴリから 外れるかもしれませんが、それらを生かせる上手な文章の書き方も知りたいです。 感受性などは意識して鍛えるものでもないのかもしれませんが、なにか有効な方法や、 参考になる書籍等を紹介して頂けたらと思います。よろしくお願いします。
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No.1です。未熟者ながら再投稿させていただきます。 >どうすれば鍛える事ができるのでしょうか。 >それらを生かせる上手な文章の書き方も知りたいです。 今回の小論文に関しては、時間的にあまり悠長なことを言っていられないのかも。 言葉で上手く伝えきれないであろう「何か」をファインダーを通じて作品化し、 そのご自分なりの「何か」を他者の心に強く訴えかける。 それが本来の「写真」の醍醐味、面白さなのでしょうかね。 こうなったら「文章力」に乏しいなりに開き直ってはいかがでしょうか。 「上手く書こう」「感性を織り込もう」などと理想を高く掲げずに、 読んで「なんだか面白いじゃん、いかにもおまえらしいな」 と思える「内容」をお書きになるべきだと思います。 通常の表現として「ありえないじゃん!的比喩」でもいいですよ。 「国語の先生」でないかぎり、きっと細かいことは「見逃して」下さると甘えた考えを持ちましょう! No.3様がご指摘くださったように、「借りてきた猫的言い回しや言葉遣い」ばかりの文章は、 「外面」は良くても「個性」も「主張」も微塵も感じられない「付け焼刃」なつまらない印象になるはず。 400字であれば2つ(多くて3つ、きついかな?)位の「視点」を深く掘り下げて、 とことんご自分なりに感じられたことをぶつけてみてはいかがですか。 あれこれ多く書こうとすると、 ただでさえ文章書くのが億劫なのに、余計頭がこんがらがると思うのです(経験上)。 そして更に、読んでいて面白い「内容」というのは「どこか口を挟まずにはいられない 【隙】を読み手に豊富に提供している」のだと考えます。 例えばNo.3様のご回答であれば、 「んじゃ、写真じゃなくて絵画だったら。 一切の先入観、思い込み、常識等から解放された頭や目で見た場合には、 画家の意図した想いが必ずしも伝わらないことの方が多いんじゃないの? それってどうよ?」とか。 例えばNo.5様のご回答であれば、 「投稿時間帯からしてすきっ腹でいらしたの?(笑) もし深夜だったら全く異なる引き合いをお出しになったに違いない! 或いは 「ヴィトゲンシュタインの『私の言語の限界が、私の世界の限界をあらわす』の【完璧主義的な正論】こそが 逆に彼の設計した美しい建築物を【がんじがらめ】にして【一種独特の偏執さ】を醸し出しているようにも思えるのかな?」 などと、幾らでも質問の種には困らないわけです。 この期に及んでは 「下手くそな文章だけど先生読んでくれてサンキュ♪ 俺精一杯書いたよ」 の「気持ち」が十分伝わる「ユニークな内容」と先生への「敬意を込めた最低限の推敲と年相応の漢字の使用(これ大事!)」 があれば今回は良しとしましょうよ?! なんだか回答者なのに私までが肩身が狭くなってきて切ないです(笑) それからNo.6様のおっしゃる「プレゼン能力」ですが、一流の芸術家達はやはりそれなりに秀でた才能をお持ちで、 文章ひとつにしても「何か違う」と痛感することはしばしばありますね。
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- watercolors
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アマチュアならせいぜい写真をコンテストに出すくらいなので、あまり必要性は感じないかもしれませんが、プロとしてやっていきたいと思う人には、プレゼンテーション等のコミュニケーション能力が必要になるので、小論文、良い試みかもしれないですね。 さて、問題の小論文ですが、その対象の写真を見て気が付いたことを、メモしていきます。 付箋のようなものも適しています。 それを、順番を並び替えたりしていると、考えがまとまってくることがよくあります。 アイデアノートみたいなものでしょうか。 そして、それらのメモを、線でつないで(ホワイトボードみたいなものを使うと楽です)文章の骨組みを作っていき、それに肉付けしていきます。 昔は、紙に書いていたので、文章の並び替えや校正は面倒でしたが、今は、パソコン(ワープロ)があるので、それらの編集はずいぶん楽になっていますよね。 また、文章は、(頭から、句点までが)だらだらと長い文よりも、短い文を組み合わせていくと比較的楽にわかりやすい文章が書けると思います。 これだとワープロでの編集は更に楽になります。 写真撮影の上達は、沢山の写真を撮ること、そして沢山の写真を見ることですが、文章も同じで、沢山の文章を読むことは、遠回りのように感じるかもしれませんが、実力をつけるためには必要なことだと思います。 また、感受性のことですが、写真部の活動なのですから、展覧会などで見学する側の立場と、写真を写す側、双方の目で、それぞれ考えてみると、気が付くことがあると思います。
お礼
>さて、問題の小論文ですが、その対象の写真を見て気が付いたことを、メモしていきます。 >付箋のようなものも適しています。 >それを、順番を並び替えたりしていると、考えがまとまってくることがよくあります。 >アイデアノートみたいなものでしょうか。 いままではバラバラに散らばっていた漠然とした感想を、頭の中でなんとかかき集めて、 組み立てて文章を書いていました。慣れるとこういう事も簡単にできるようになるのかもしれないですが、 慣れるまでは実際にメモ書きしてみるようにします。
- bagnacauda
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■感受性などは意識して鍛えるものでもないのかもしれませんが、なにか有効な方法や、 参考になる書籍等を紹介して頂けたらと思います。よろしくお願いします。 感受性によって呼び覚まされた「五感」を言語に置き換えると言うことは、「技術」です。 そして、エーリッヒフロムの至言じゃありませんが、「技術だとしたら、知識と努力が必要だ」であり、逆に言えば、知識を積み重ね文章化の努力を磨けば身に付くと言うことです。 写真を言葉に置き換えるのに役立ちそうと思えるものとしては、 ●紀行文 ●料理や酒の解説書 が挙げられます。 例えば、「美しい」「美味しい」という感覚や「香り」「見た目の美しさ」といったものを、料理の解説書や紀行文は、様々な言葉に置き換えています。 けものの香り、スモーキーな味と香り、澄んだ麦色etc こういった「表現」は、五感を様々な言葉を重ねる事で、「近似的」に他者に知らせるという「技術」です。 「技術だとしたら、知識と努力が必要だ」です。 もしも貴方が村上春樹が好きならば、彼のイタリア中心のヨーロッパ紀行文として「遠い太鼓」、プリンストン大学客員として2年間アメリカで過ごした時の「やがて哀しき外国語」なんかは如何でしょうか? ワインや料理については田崎氏他様々な本を、書店で立ち読みして見るとよいと思います。 再び、 ■感受性などは意識して鍛えるものでもないのかもしれませんが ですが、20世紀最高の哲学者の一人にして、最高の知性の一人に間違い無く数えられるであろうヴィトゲンシュタインは、こう言っています。 『私の言語の限界が、私の世界の限界をあらわす』 貴方が「日本語」でものを考える以上、文章化能力が低いと言うことは、その知性が低く、その頭脳の中の「世界」が狭いと言う事です。 おそらく、だから、「写真の感想を400字程度の小論文にまとめる」という課題が有効だろうと指導者が考えた。 と言うことだと思いますよ♪
お礼
>写真を言葉に置き換えるのに役立ちそうと思えるものとしては、 >●紀行文 >●料理や酒の解説書 >が挙げられます。 なるほど。上手な表現を知っていれば、うまい文章も書きやすいということですね。 >こういった「表現」は、五感を様々な言葉を重ねる事で、「近似的」に他者に知らせるという「技術」です。 >「技術だとしたら、知識と努力が必要だ」です。 >もしも貴方が村上春樹が好きならば、彼のイタリア中心のヨーロッパ紀行文として「遠い太鼓」、 >プリンストン大学客員として2年間アメリカで過ごした時の「やがて哀しき外国語」なんかは如何でしょうか? >ワインや料理については田崎氏他様々な本を、書店で立ち読みして見るとよいと思います。 普段から読書する習慣がなかったのは、どんな本が良いか選びきれなかったからというのが 少なからずあります。こうやって具体的な名前を出していただけたのはとてもありがたいです。 いくつか選んで、読んでみたいと思います。
- uu11212891
- ベストアンサー率23% (266/1132)
ご安心を、写真批評が上手い人は写真が下手です。
お礼
なにをもって「下手」とするかは難しいところです。 仮に写真が下手だとしても、それで私の心配材料が解消されるか、 というとそれは違うと思います。写真が下手な分、文章でそれを補うのも 立派な表現手法だと思いますし。
- kadowaki
- ベストアンサー率41% (854/2034)
中高生の頃を振り返って、私にとって一番嫌いな夏休みの宿題というのが「読書感想文」というヤツでした。 中年オヤジになった今なら、全国の国語の教師に対して「お前だって、本当の感想なんて書けるわけがない」と自信を持って断言できますが。 >写真を見て「すごい」や「きれい」とか、漠然とした感想は持てるのですが、具体的にどうなのかや、なぜそう感じたのかといった事をうまく文章にまとめることができないのです。 こういう場合、まず「すごい」や「きれい」とあなたを感じさせる原因・理由が必ずあるはずですから、それが何かについてとことん追及してみることです。 「漠然とした感想」というものは、実はそこいらに転がっている、「感想」らしいニセモノを拾い集めてきただけのものにすぎませんから、まだあなた自身のホンモノの「感想」にはなっていないと考えた方が正しいと思いますよ。 >他の部員の小論文を見ると、細かいところまでよく観察している上にとても自然な文章でまとめられているため、読んでいて引き込まれます。 まず、おざなり、定番的、類型的、常識的、判で押したような表現に安易に妥協しないことが大切です。 また、「他の部員の小論文」に対しても、できるだけ厳しい批評を心がけた方が自分の見る目を養うためにはより効果的かもしれませんね。 >文章力はもとより、写真に対する感受性、観察力に長けているからこそ書けるものだと 思うのですが、どうすれば鍛える事ができるのでしょうか。 できれば、写真に対する自分のこれまでの知識をいったんチャラにした上で、つまり写真に関する一切の先入観、思い込み、常識等から解放された頭や目で、写真とは何ぞや?、そこには何が写っているのか?としつこく考える訓練を自身に課してみませんか。 すると、たとえば、写真って「美しいものよ、しばし止まれ!」という、無慈悲な時間に対する人間の恨みから生まれてきたのかなとか、人間の目では不可能な瞬時の世界像を捕まようという野心が生み出したのかなとか、それにしてもこの写真が動きや時間を捉えているのはなぜかとか、その他写真に関するいろんな疑問や謎に翻弄されるように心がけて下さい。 決して、簡単に理解したり、分かったりしないように気を付けることです。 理解したと思ってしまうと、その時点で思考や探究心、好奇心が停止してしまうからです。 なお、ANo.1さんが言及されているドガという画家は、ある意味、写真以上に写真的とも言えるスケッチをたくさん描いていますので、彼の画集などを参照すれば、有意義なヒントを得られるかもしれませんね。
お礼
>まず、おざなり、定番的、類型的、常識的、判で押したような表現に安易に妥協しないことが大切です。 >また、「他の部員の小論文」に対しても、できるだけ厳しい批評を心がけた方が >自分の見る目を養うためにはより効果的かもしれませんね。 多少は「隣の芝は青く見える」のかもしれませんが、やはりよく書けています・・・ この小論文を書く試みが仮に試験か何かだとすれば、まさに回答例って感じです。 >決して、簡単に理解したり、分かったりしないように気を付けることです。 >理解したと思ってしまうと、その時点で思考や探究心、好奇心が停止してしまうからです。 これは無意識のうちにしてしまっていたように感じます。提示された写真を、いつもいつかどこかで 見た写真にテンプレートのように当てはめて感想をひねり出していたのかもしれません。 目から鱗です。的確な指摘ありがとうございます。
- kim915
- ベストアンサー率16% (2/12)
当方、写真を撮る音楽家です。 自分は芸術に対する感受性というのは あるところで共通していると考えます。(全てではないがほぼ) また、この感性は日常でも養われると考えます。 大事なことは、流れていく毎日の中で「新鮮さ」「感動」を忘れずに生きることだと思います。 そして、具体的には、すてきな文章を書きたいのであれば たくさんの素敵な文章を読むべきであると思うし、感性を磨きたいのであれば、日々の中に「感動」をさがすことです。 もしも、あなたが日常的な毎日に「感動」を見いだせないのであれば旅に出てもいいかもしれません。(しかし、それにはたくさんの障害が有るかも知れませんが) いかがでしょうか?
お礼
>また、この感性は日常でも養われると考えます。 >大事なことは、流れていく毎日の中で「新鮮さ」「感動」を忘れずに生きることだと思います。 平凡な日常からそういったものを見出すのは私には結構難しく感じます。 いろいろと感じるものはあるのですが、「感動」というレベルではないです・・・ 旅に出る、というのは良さそうですね。9月に少し時間が取れるので計画してみようかな。 >そして、具体的には、すてきな文章を書きたいのであれば >たくさんの素敵な文章を読むべきであると思うし、感性を磨きたいのであれば、日々の中に「感動」をさがすことです。 恥ずかしながら、今まで読書をする習慣というものがありませんでした(読んでも月3冊以下)。 いい文章を書きたいのならいい文章を読もうというのはおっしゃるとおりです。 これからは読書習慣をつけていきたいと思います。
こんばんは。 >写真を見て「すごい」や「きれい」とか、漠然とした感想は持てるのですが、 >具体的にどうなのかや、なぜそう感じたのかといった事をうまく文章にまとめることができないのです。 私も学生時代は国語が一番苦手でしたので、いまだに文章が上手く書けません。 ですので質問者様がご心配される件につき、切実さが十分に伝わってくるのです。 「すごい」「きれい」を具体的、かつ如実に言い換えるべき適当な言葉が見つからない。 あるいは「なぜそう感じたのか」という「一番肝心要」とも言える 「質問者様なりの独自の理由」が最も自然な形で表現しづらいのかもしれません。 ですが質問者様が「写真に対する興味がつきない」限りにおいては、 私は「写真そのものへの感受性、観察力に劣っている」とは決して思いません。 それは単にoutputが上手くできないから、つまりは日常的に小論文レベルの作文習慣が無い、 苦手意識がある、または作文慣れしていないだけかと考えられます。 私もこちらで質問者様と共に「上手な文章の構築」の手法を学びたい気持ちで一杯です。 是非とも他の回答者様からの、より良い具体的な回答をいただけることを願ってやみません。 ちなみに大変恐縮ですが、質問者様にとって読書に時間を割く余裕がおありでしたら、 ポール・ヴァレリーの『ドガ ダンス デッサン』(清水徹訳 筑摩書房)を是非お薦めします。 ドガは押しも押されぬフランスの大画家であり、その中でも一連の代表作「ダンス(踊り子)」は フランスのエルメスのスカーフのモチーフにもなっているほど世界的にも有名な作品です。 この著書の中の65頁~73頁にわたって「馬、ダンスそして写真」という小題が著されています。 写真撮影に15分間もの不動の姿勢を強いられた偉大なる作詩家マラルメと大画家ルノワール。 この一枚の写真に対する著者ヴァレリー「独自の思い入れ」。 或いは1878年当時のマイブリッジ撮影による馬の連続写真、 ドガ作の馬の彫刻、さらには北斎の鶴の絵等との比較考察において、 大変平易な文章で翻訳されているために、私にはとても読みやすく理解ができました。 ここに「著された主観」はまぎれもなくヴァレリー個人の目を通じた「彼なりのオリジナルな感受性」に他なりません。 ですが、決して彼を100%真似することなく、たとえ数パーセントでも 質問者様独自の潜在的な「感受性」そして「観察力」に何らかの好影響を与えるであろう、と私は思うのです。 たかが感想、されど感想。 せっかく参考にされるのであれば、良書をお選びになって下さい。 (デッサン、写真もモノクロながら、比較的豊富に挿入されている部類だと思います。)
お礼
>それは単にoutputが上手くできないから、つまりは日常的に小論文レベルの作文習慣が無い、 >苦手意識がある、または作文慣れしていないだけかと考えられます。 課題文を読んで自分の思った事を書くといった、いわゆる普通の「小論文」は比較的よく 書くのですが、写真という文章に比べるといくぶん抽象的なものを見て感想を書くと言ったことは あまりしたことがありませんでした。基本は同じだと思うのですが、なぜかうまく行かないのです・・・ 堅い説明口調になってしまい、読んでておもしろくないものになってしまいます。 >ちなみに大変恐縮ですが、質問者様にとって読書に時間を割く余裕がおありでしたら、 >ポール・ヴァレリーの『ドガ ダンス デッサン』(清水徹訳 筑摩書房)を是非お薦めします。 有意義な情報、ありがとうございます。これまでも幾つか本を読んでプラスにしたいと 思っていたのですが、どのような本を選べばいいのか分かりませんでした。 さっそく購入してみたいと思います。
お礼
>こうなったら「文章力」に乏しいなりに開き直ってはいかがでしょうか。 >通常の表現として「ありえないじゃん!的比喩」でもいいですよ。 >「国語の先生」でないかぎり、きっと細かいことは「見逃して」下さると甘えた考えを持ちましょう! やはり通常の「小論文」と、この場における「小論文」は別物と考えた方が良さそうな気がしてきました。 一度ほんとに自由に書いてみることで、なにか道が開けるかもしれないですね。 >この期に及んでは >「下手くそな文章だけど先生読んでくれてサンキュ♪ 俺精一杯書いたよ」 >の「気持ち」が十分伝わる「ユニークな内容」と先生への「敬意を込めた最低限の推敲と年相応の >漢字の使用(これ大事!)」があれば今回は良しとしましょうよ?! これ、結構私には難しく感じます(笑) いちどユニークなのも書いてみたのですが 奇をてらいすぎたのか、あんまり良くなかったみたいです。ガチガチのテンプレート的な文章と、 めちゃくちゃユニークな文章のあいだを狙えれば一番良いのかもしれませんが・・・。