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少年野球選手は丸刈りにすべき? ~「バッテリー」に見る反骨の精神の是非~
あさのあつこ原作「バッテリー」のNHKドラマバージョンを見ました。 主人公原田巧は岡山の中学に入り、剛速球をひっさげて野球部に入部、その球はかねてからバッテリーを組んでいる永倉豪以外誰も受け取れない程の速い球でその実力は疑う余地がないのだが、監督は「髪を刈れ。」という自分の命令にあくまで服従することを強制し、巧は野球と関係ないのに、自分の命令に従わせようとする監督に反発して、断固として髪を刈らない。 そこで伺います。 この主人公の考え方に共感できますか? それとも監督の命令は絶対であり、それがたとえ納得のいかないことでも、従わないことは秩序を乱すものだから・・・等の理由により、やはり監督の命令には従うべきと思いますか? 尚、私のお礼・コメントは、回答が出切って後、締め切り前に書き込みますので、ご了承ください。
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共感します。私自身、納得できない場合は理由を求めるほうです。偉い人だから、監督だから、というのが理由になるとは思っていません。 自分の意見をはっきり主張することは大切だと思います。 権力をかざして有無を言わさず言うことを聞け、という態度にきっぱり立ち向かう姿勢には共感できます。
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- hyakkinman
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追記します。 監督は、「チームの方針」として、「丸刈り」を徹底させ、それを「信念を持って、貫き通すこと」です。 「丸刈り」イコール「ユニフォーム」ですから。 「自分の好み」で、言っているなら「ただのアホ」。 たかが頭、されど頭です。 「チームプレー」は、「心技体の一丸」あってこそです。 「心をひとつにする手段として、うまく使えないのなら、監督失格です。」 また、「チームの方針」に従えない選手は、どんなに優秀な選手であろうと、これも「信念を持って」クビにするべきです。 特に、少年野球は「思いやり」という、人間にとって一番大切な「心」を教える「人間教育の場」であるはずですから、監督たるもの「勝つこと」に惑わされたりしないよう、「心を鍛えておく必要があります。」 選手の立場からすれば、「丸刈り」が「チームの方針であり、ユニフォームである」ならば、 「どうしても納得がいかない場合」は、「チームを去り」「髪型にうるさくないチームへ移籍する」べきです。 「わがままを通しても、ろくな選手になりません。」 少し、違うかもしれませんが・・・ 巨人軍で、「三振して、さっさと引き上げてくる」駒田選手に対し、 中畑清が、「少しは、悔しがれ!」と言ったとか・・・。 自分の考えと違った、駒田選手は怒ったそうです。 「そのことがきっかけで、横浜に移籍し」活躍しました。 「チームの士気」を重視する中畑と、あくまで「自分流を貫く」駒田・・・どちらも、男として「譲れなかった」のでしょう。
お礼
今の時代、「丸刈り」を「チームの方針」として、心底納得するような生徒がいるのでしょうか? (まあ、破れたジーパンや、ルーズソックスがかっこいいと思われている時代ですから、昔とは美的感覚が変わっていて、中には丸刈りがかっこいい、と本当に思っている若者もいるかもしれませんね。ボクサーの3兄弟も丸刈りだし・・・) 少なくても、監督が権力をふりかざして、頭ごなしに言っているなら、「ただのアホ」の言動だから、無視すればよいと思います。 選手の心を鍛えるためには、選手が、監督の言動を理解し、心酔しないことには、できません。 くだらないことをタテに有無を言わせず言うことを聞かせるような監督にはついていけません。きっぱりと拒絶し、袂を分かちます。
- hyakkinman
- ベストアンサー率16% (738/4426)
原田君と、監督の両方に共感できます。 「どちらも、まちがっていない。」 原田君は、チームを去るべきだし、 監督は、原田君を辞めさせるべき。 「男たるもの、死んでも歩み寄れないことは、ある」 互いに「負けるな」。 芯のある人間になれ! ドラマは、たいがい「歩み寄って、ハッピーエンド。」だが、それでは納得がいかない。 「ドロどろの結末」があってもいいはず・・・。 実際、見ていないので「気になる」が・・・
お礼
ドラマの筋立て上、「互いに負けるな」とのご意見、お気持ちはわかりますが、単に張り合っているだけでは、理解しあえることはなく、自己満足になってしまうのではないでしょうか? 人は、お互いに相手を尊重しつつも、言いたいことを言い合い、説明責任を果たさないと、本当に理解はしあえないと思います。
- kei811
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NHK放送で、時間的に見ていないけど、昨日監督役ジュニアさんが番宣兼ねてスタジオパークに出ていて丁度その場面使われていたので分かりますが、少年野球や中学の部活では別に丸刈りじゃなくてもいいと思います。現に地元では丸刈りじゃなく、高校の部活のみ丸刈りだったので。 でも、流石に主人公みたいなロン毛はなしで、短髪にはすべきですね。
お礼
確かに一時代前の少年野球では、丸刈りが普通だったと思います。 みんながそうしてたから、そうしていただけで、深い意味はなく、確かにユニフォームのようなものだったともいますが、時代の趨勢を考え、もうそのようなステレオタイプの生徒指導はやめた方がよいと考えます。
- marumets
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私は、主人公に共感できません。 「坊主頭」ということのみに拒否反応する方もおられるようですが、 主人公が、「真っ赤に染めたモヒカン頭」だったとしても、同じように思えるのでしょうか? 「部活動」というのは、その競技に勝つことだけが目的ではなく、部活動を通して人との調和などもはぐくむことをも目的にしてると思っています。 また、主人公は「自分に実力がある」ことを理由に高慢に振舞っていますが、逆にいえば、実力の無い者はそんなことをいえないことになってしまうでしょう。 まあ、小説なので、熱くなってもしょうがないですが、やたらと自分の権利ばかりを主張する最近の傾向に違和感を覚えるので。 (あと、質問とは関係ないですが、この主人公、野球をずっとやっているはずなのに色白すぎ!)
お礼
失礼ですが、問題のすり替えだと思います。 納得性のいかないことにきっちりと反論し、指導者に説明責任を求めることは、やたらに権利を主張することではなく、人間としての基本的なコミュニケーションを図る上で必須のことだと思います。 最近の学校で、親がとんでもない非常識なクレームを突然、教師に突き付けるのとはわけが違います。 指導者の方が常識で納得できないことを主張している場合には、説明責任を求めることは、当然の権利であり、それをせずに、ただ指導者だというだけの理由で従うことは、将来にわたって、思考停止の頭脳を作ることにつながると思います。 少なくても丸刈りを強制することには、何ら合理的な理由は見出せません。答えははっきりしています。監督の言いつけを拒否し、聞き入れられなければ、その指導下に入ることをやめるだけです。
- AGLAIA
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丸刈り強制なんて くだらないですねえ。 イチローや 松井レベルの選手が 「丸刈りにしたほうが 野球が上手くなる。」と もし言ったなら説得力もありますが、 少年野球の監督ごときが 偉そうに「自分の命令は絶対だ!」 なんて「勘違い」をしている時点で そんなアホに従う意義が ないですね。
お礼
今時、人間性を無視した、前時代的スタイルを強制するような監督は、指導者失格だと思います。 断固拒絶します。
正直第三者的には怖いし異様です。 京阪神をJRで動いていますけど、時期になると坊主頭の体格のよい若者の集団が列車に乗ってきます。 彼らを引率してる男性は大抵サングラスに趣味の悪いジャケットで、どう見てもやくざがちんぴらを連れて乗り込んできたような感じで、異様な雰囲気なんですよ。 生活は部活だけでなく、一般生活も含まれますから、他人の目も気になりますし、ユニフォームを脱いで私服になれば、坊主頭の人間など僧侶と禿を除けば、その筋の方か役者・芸人といった特殊な職業の方しかいませんから、嫌ですね。 私の知人も坊主頭が数人いますけど、一人は目つきも悪いので入国審査で「入墨はありますか?」と必ず聞かれますし、もう一人は外人顔の僧侶なので、スーツも黒系が多く、どこから見てもその筋のアンちゃんです。 私は「日常生活で不便なので嫌です」と断固拒否します・・・といっても、現在は私も生理的な原因で坊主ですけど、ずらを付ける気はないです。
お礼
私にとって、野球選手が丸刈りになるのは、見てて気持ちの良いものでは、決してない。私は生理的に受け付けない。 やるのは勝手だが、私はすぐにそこのファンから退散したい。 野球選手以前に、今の世の中に受け入れないこと、選手も本音では肩身の狭いこと、一般的でないことは、もうそろそろやめた方が良い、と思います。
- jamiru
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共感出来る。 主人公は目立ってこそですからね。 「ハイ分かりました。」では主人公として立ちません。 これは野球漫画の最初の定石のシナリオですから。 こうすることで最初にキャラを立てる事が出来ます。
お礼
ストーリーの展開上、このシナリオは必須だったというのもわかります。
髪の毛が何のためにあるのかを考えれば、その監督の頭には?マークが付くでしょう。 怪我をしないためには髪の毛は必要なんです。 それに。 本当に坊主にすれば強くなるのだったらプロは全員坊主でしょうね。 でもそうじゃない。 メジャーでもサッカーの世界でも坊主は少数派です。 特にヘルメットを使えないサッカーでは頭を守ってくれるのは髪の毛だけなんです。 伊達や酔狂で髪を伸ばしているわけではないのです。 スポーツは軍隊じゃないんだからね。
お礼
髪を伸ばすのにもそれなりの理由があるのです。 軍隊でもあるまいし、今どき髪を彼等とは笑止千万だと思います。 そういう監督を是認して、長いものに巻かれろ、と唯々諾々と従う生徒の方に空恐ろしさ、うす寒さを感じます。
補足
お礼の文章2行目に誤植があり、訂正します。 誤:今どき髪を彼等とは笑止千万だと思います。 ↓ 正:今どき髪を刈れ、とは笑止千万だと思います。
- oo12
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部活に所属したからといって、野球がうまくプレイできるようにならなければいけないという義務を課すのは不当であると思います。 野球がうまくなった、試合に勝ったという結果で、指導方法を正当化するべきではないと考えます。 一般的には試合に勝つこと、うまくなることに価値が置かれているようですが、単に野球を楽しみたいという人間も尊重すべきであると思っています。野球部をいくつかに分けて欲しいものです。
お礼
回答有難うございました。 お考え尤もとも思いますが、回答者様のご意見は、他方の極論であり、一応運動部と言っている以上、うまくなるのが第一義だと思います。 勿論、「同好会」というスタンスであれば、単に野球を楽しみたいというのもありだと思います。
チームの秩序という問題がありますからね。 誰が決めるのか。それによります。 実力があるから決まりを破ってもいい というのは違うと思います。 自分らは高校の倶楽部で全員丸坊主にしていました。 暑い中がんがんやってたら、 長い髪などで練習などやっていられるものではありません。 Jリーガーでも最初は華やかな髪型の選手が 持てはやされましたが、実力本位の世界でもあることに 気づいたのかどうかは判りませんが、けっこう 坊主にしていましたね。つまりそういうことです。
お礼
回答有難うございました。 確かに皆の統率を取るためには、チームの秩序というのは重要だと思います。又、実力があるから決まりを破ってもいいというのは違うと私も思います。 しかし、だからと言って、ひとりひとりの人間らしいみずみずしい感情や、野球以前に人並みに普通のおしゃれをしたい気持ちを抹殺して、皆同じ格好を強制的にさせ、良いプレイをした時のガッツプレイをしたい気持や、生き生きとしたコミュニケーションや表情なども押し殺し、黙々とプレイに邁進するという世界には、断固として一線を画したいと思います。 長い髪が暑苦しいと思えば、何も監督に言われなくても、選手が自分で髪を刈ると思います。それを監督が頭ごなしに刈れというのは、監督のただの趣味の問題であり、押し付け以外の何物でもないし、野球の上達とは何の関係もないと思います。 親が子供に接する時も、同じことが起きると思います。親は子供のために真にためになることを子供に諭すべきであって、親の好みで、子供にファッションや生活について押し付けるのはよくありません。感情に任せて子供を頭ごなしに叱りつけ、それは「しつけ」のためだなどと言うのは、全く問題のすり替えだと思います。 私は今は中年ですが、もしこの物語の主人公と同じ年頃なら、やはり断固として反発すると思います。 そうすることによって、野球の技術や人間性の向上のために必ずなる、とその監督が理路整然と説明し、納得できない限り、又その監督のことを心から尊敬できない限り、たとえ全員が仕方がないと監督に従って一人ぼっちになっても、私は従いません。 ただ、世の中に出ると、同じように上から目線で理不尽な命令をする上司などウヨウヨいるのが現実の世界ではあり、儀礼上、年長者を立てて、賢く振舞う必要があることも認めます。 感情豊かな少年時代は、むしろ、そのように、自分の本当の気持より周囲の空気を読むことばかり優先するような生活態度は、なるべく取らず、自分の気持ちに正直にまっすぐな心で突き進むほうが、人間として伸びると思います。
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お礼
私の考えを要約したご意見で、100%共感できます。 権力は、行使する人の自己満足のためではなく、行使される人が十分納得の上で、彼らの真の幸福に役立たせない限り、権力の濫用であり、権力をかざして有無を言わさず言うことを聞け、という態度には、きっぱりと反旗をひるがえして立ち向かう姿勢が重要だと思います。