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新幹線開通以前のプロ野球、選手の移動手段は?
昔のプロ野球について教えてください。東海道新幹線開通あたりまでのことです。 新幹線や高速道路ができる前、選手は特急電車(汽車?)で移動していたのでしょうか。 すると、移動時間が現在よりずっとかかっていたでしょうから、ホームチーム有利 だったのでしょうか?移動日の設定に余裕があったのでしょうか? それとも飛行機をつかっていたのですか? 思いつくと気になります。ご存知の方、どうか教えてください。
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昭和50年3月、山陽新幹線岡山-博多間が全通しましたがそれを境に広島カープの成績が一変しました。もちろんルーツ-古葉監督への交代が最大の要因でしょうが、当時地元広島では新幹線のおかげとする考え方もありました。 もっとも昭和30年代以前の野球選手といえば今のように飛行機やグリーン車で移動するのが当たり前、という身分の職業ではありませんでした。プロからスカウトされたけど先行きの不透明さから家族の猛反対を受け断念した、なんて話はたくさんあったようです。
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- yurikalove
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昔は夜行列車、それも普通の座席車で移動を続けたようです。昔の選手は今より体力があったのかもしれません。もっとも当時は野球に限らず、大相撲、プロレス、歌の地方巡業も同じでしたけどね。
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若いときに夜行列車で大阪-小倉間を旅したことがあります。あんなことしたあとでプロ選手として試合をするとは。それができるからプロだったのでしょうね。。。
- rokko-oroshi
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ほとんどが列車移動だったのではないでしょうか。 特に広島や西鉄の選手の移動は過酷だったようで、列車の床に寝たというような話も聞いたことがあります。 西鉄の選手にいたっては、小倉での試合後に電車賃を渡されて普通に切符を買って福岡に帰ったと聞きました。 12球団のうちほとんどが関西と関東に集中していたのも、移動事情が影響していたのかもしれません。飛行機網の発達がなければ、北海道の本拠地なんか考えられなかったことでしょう。
お礼
西鉄ライオンズは、、(検索..)おぉ!1950年代に三連覇!新幹線開業以前ですね。列車移動を重ねながら、優勝するのはすごいですね。(ヴィジターチームもきっとつらかったでしょうね。)
- Willyt
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新幹線が開通したのはオリンピック直前、高速道路は名神の豊中-栗東間が同じ時期でした。ですから移動手段は国鉄か飛行機しかなかったのですが、飛行機は今以上に高価な乗り物でしたから、移動は国鉄ということにならざるを得なかったのです。東京と大阪は新幹線開通直前では確か6時間50分かかったと思います。それでも『こだま号』は東京と大阪を日帰りできるということで、その名がついたのです。1日たった12本(程度)でした。今はひかりとのぞみで何本走っているでしょうかね。 それでも長島選手がグリーン車(当時は二等車だったかな?)に乗っているのを見たことがありますよ。ですからグリーンは使用していたようですね。
お礼
6時間50分!! レギュラー選手はリクライニングシートを使えたのでしょうかね。そんなものそもそもなかった時代もあったでしょうね。
- toro321
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今のように移動日に試合というケースは稀でした。 月曜、金曜が移動日で、1日かけていたんです。 (もちろん、在京の球団同士なら要りませんし、名古屋ー大阪でもいりません) 日曜をダブルヘッダーにして週6試合を確保してました。 当時の試合は時間が短く、7時ゲーム開始、8時半終了など普通でした。ジャイアンツの宮田投手が8時半の男と呼ばれてましたが、要は押さえだったわけです。 長島がいちいちバッターボックスを外し、間合いが長くなって、試合時間が延びました。今は高校生もやってますよね。
お礼
普通にダブルヘッダーだったのですか。 昔も週6試合だったのですか。おどろきました。 >当時の試合は時間が短く、7時ゲーム開始、8時半終了など普通でした。 個人的には短い試合のほうが、楽しめそうです。昔の人がうらやましい。
- Tomywave
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以前、大沢親分らがTVで「俺らは汽車に揺られて何時間も・・・」と いってました。 いまでこそプロ野球選手は雲の上の人たちですが、 昔は薄給で悪待遇の環境だったようです。
お礼
回答ありがとうございます。
お礼
>当時地元広島では新幹線のおかげとする考え方もありました。 プロ同士の試合ですから、少しの疲れも不利になるかもしれませんね。 >もっとも昭和30年代以前の野球選手といえば今のように飛行機やグリーン車で移動するのが当たり前、という身分の職業ではありませんでした。 現在はそれだけお金をかけて勝利の確率を高めれば、球団としてもペイするようになったのですね。プロ野球の価値が昔よりずっと上がったのですね。