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同情しない人間になりたい。

同情は優しさとは違うと気がついきました。 なので同情しない事はいけない等の解答は控えさせてください。

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  • gatyou
  • ベストアンサー率71% (10/14)
回答No.2

同情しない人になるには、やはり同情の悪い点を今以上に実感するのが一番だと思いますので、同情というものの悪いと思える点を書いてみます。 私の手元の辞書によると同情は以下の意味になっています  同情: 情(なさ)け・哀れみをかけること つまり、同情とは上から人を見る意味合いが強いのだと思います。 その場の感情のままに同情して行動を起こしてしまう人は、自分が同情したと共に相手を同情された人に仕立ててしまうということについて深く考えないのだと思います。 その結果 同情されたい人にとっては、傷をなめ合えて嬉しいかもしれませんが、「そうそう、私って可愛そうなの」と、そこから先にはなかなか進めません。 同情されたくない人にとっては、プライドが傷つく結果になります。 同じ性格で同じ人生を歩まない限り、相手がどう考えているかは自分の憶測でしかあり得ないのに同情をする。自分が気を揉むだけで何の生産性もないですよね。 同情されて嫌な例として、 モデルから、”顔が整っていなくて可愛そう”という同情の気持ちを感じ取ったらどう思いますか? 私なら良い気分はしないです。 また、以下の事項がおこった場合、それは優しさとして片づけ難いですよね。(注:中途半端な同情が原因でおこった場合) ・過保護に育てられた結果、身体が弱く我が侭な大人になった。 ・野生動物に餌をあげたら、餌を自分でとれなくなった上に大量発生して駆除された。 ・優しくしたら好意を寄せられたが、別に好きじゃないから振った。 最後に同情された人の言葉を列挙します。 あなた何様のつもりなの? 私を泣かせる為に来たの? この苦しみは誰にもわからないんだから下手な同情やめてよ 綺麗ごとばっかり 過去の事だと割り切りたいのに同情して蒸し返さないで 私の事馬鹿にしてるの? 同情して欲しいなんて言っていないよね、私のこと放っておいてよ 偏見もたないでくれる? 私は私に同情したくないから、お願いだから同情しないで。 ニーチェも同情は悪いものと考えていたそうです。本当の意味での優しさを知ればその都度抑制力が働いて、相手の為にならない・解決も出来ない下手な同情なんか段々しなくなるようになるのかもしれません。

その他の回答 (5)

noname#14942
noname#14942
回答No.6

>同情は優しさとは違うと気がついきました。 あなたが自分でそう決めてるのだったらこういった質問は不要ではないのか? 何があったのか知りませんが、あなた自身で「優しさとは何か」という問いに対して答えが出ていないから問題なのです。 同情したから失敗した→じゃぁ同情しなけばうまくいくか? 答えは否です 答えが出ていないから、同情しなければ、"優しさ"が成功するとは限りません。 私はあなたに、これ以上の同情も与えないし、優しさも与えません

sarubobo-
質問者

お礼

同情しない人の考え方がしりたかったです。 他人に優しい人になりたかったわけではありません。自分に優しい人に成りたいのです。結果それが周りの人にやさしくなると思ったのです。

回答No.5

同情はやさしさではない、同感です。この文面からは、優しい人間にはなりたい、とsarubobo-さんが思っているように取れるのですが、あっているでしょうか。一応その前提で書きます。 あまりに深刻な場合をのぞけば、悩みや困難のほとんどは、当人が自分で悩んでいる・困っているから、悩む・困ることなんです。恋愛相談と同じですね。当人の答えはとっくにでていて、ただ望む回答をしてもらいたいだけという状態です。 それについて「同情」すると、根本的な解決策を考えようとか、真摯に慰めようとか、一生懸命考えて、こっちが悩むことになります。相手の悩みことで自分が悩むのは、「同情」(相手の立場を共有する)しているということでしょうから、「根本的な解決を探そう・慰めよう」と考えないことが、「同情しない」ことにつながると思います。 しかし言うは易しで、「同情しない」を実践するには、自分の道徳的な思想(人に優しくしないといけないのに、同情しないのが本当にいいのか、等)からストップがかかりがちで、なかなか難しいのでしょう。 なので、その時々で「相手がやってほしい対応」をする、ということをお勧めします。 こちらが精一杯優しくしようと思って、色々考えたとしても、そんなのは余計なことで、全く相手の役に立たないんです。だから相手がやって欲しい対応を、表面上だけ精一杯優しそうに実践するのが一番だと思います。それが根本的な解決にならないとか、そういうことは考えたらいけません。考えても相手には伝わらないからです。相手が根本的解決を欲するくらい困っているときだけ、(相手がその対応を望んでいると言う理由で、)対策を考えればよいです。 これは、相手のために悩むよりよほど役に立つし、腹の底でどれだけ面倒だと思っていようと現実的な「優しさ」として評価される行動ですから、道徳心が痛ませる心配もありません。 あとは、自分のために生きることですね。

回答No.4

●No.3の方も仰ってられますが、同情するという感情が起こるのは同じ立場を自分の中に共有することです。 ●純粋で大切な感情の一つである同情する心、共感する心、同調する心、これを自然体で感じることには、きっとあなたも異議はないと思う のですが、もしそうでないのならそれは不幸なことです。 ●あなたが気にしてられるのは、そうした共感した方があなたにする表現方法の拙劣さを仰っておられるのだと思います。 ●他人が共感して、そうして祈るのも愛ですが、他人に共感されて、そうして声を掛けられたり、何かをしてくれたりというのも、愛です。

  • jyamamoto
  • ベストアンサー率39% (1723/4318)
回答No.3

「同情」とは、「かわいそうだ」とか「何とかしてやりたい」とかいう気持ちと考え勝ちですが、本当はその前に「相手と同じ思い(情)に立つ」ことだと思います。 相手を上や横から見て「他人事として何かをしてあげる」のではなくて、相手の立場に立って考えて、相手の心を理解して、助言することだと思います。 そうした助言を心がければいいのではないでしょうか・・。

  • cse_ri2
  • ベストアンサー率25% (830/3286)
回答No.1

確かに、同情するだけでは問題解決に至らないことがありますね。 私のアドバイスとしては、自分で問題解決能力を身につけることです。 世の中には、コンサルタント・弁護士・教師・SEなど、個人や企業の問題を 解決する職業があり、それらの分野でプロフェッショナルと呼ばれる人たちは 実際に多くの困難な問題を解決できる能力をもっています。 困った人を見て同情するだけで終わるのではなく、その困った問題を現実に 解決できることが、より重要であると私は考えています。

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