同情しない人になるには、やはり同情の悪い点を今以上に実感するのが一番だと思いますので、同情というものの悪いと思える点を書いてみます。
私の手元の辞書によると同情は以下の意味になっています
同情: 情(なさ)け・哀れみをかけること
つまり、同情とは上から人を見る意味合いが強いのだと思います。
その場の感情のままに同情して行動を起こしてしまう人は、自分が同情したと共に相手を同情された人に仕立ててしまうということについて深く考えないのだと思います。
その結果
同情されたい人にとっては、傷をなめ合えて嬉しいかもしれませんが、「そうそう、私って可愛そうなの」と、そこから先にはなかなか進めません。
同情されたくない人にとっては、プライドが傷つく結果になります。
同じ性格で同じ人生を歩まない限り、相手がどう考えているかは自分の憶測でしかあり得ないのに同情をする。自分が気を揉むだけで何の生産性もないですよね。
同情されて嫌な例として、
モデルから、”顔が整っていなくて可愛そう”という同情の気持ちを感じ取ったらどう思いますか?
私なら良い気分はしないです。
また、以下の事項がおこった場合、それは優しさとして片づけ難いですよね。(注:中途半端な同情が原因でおこった場合)
・過保護に育てられた結果、身体が弱く我が侭な大人になった。
・野生動物に餌をあげたら、餌を自分でとれなくなった上に大量発生して駆除された。
・優しくしたら好意を寄せられたが、別に好きじゃないから振った。
最後に同情された人の言葉を列挙します。
あなた何様のつもりなの?
私を泣かせる為に来たの?
この苦しみは誰にもわからないんだから下手な同情やめてよ
綺麗ごとばっかり
過去の事だと割り切りたいのに同情して蒸し返さないで
私の事馬鹿にしてるの?
同情して欲しいなんて言っていないよね、私のこと放っておいてよ
偏見もたないでくれる?
私は私に同情したくないから、お願いだから同情しないで。
ニーチェも同情は悪いものと考えていたそうです。本当の意味での優しさを知ればその都度抑制力が働いて、相手の為にならない・解決も出来ない下手な同情なんか段々しなくなるようになるのかもしれません。
お礼
同情しない人の考え方がしりたかったです。 他人に優しい人になりたかったわけではありません。自分に優しい人に成りたいのです。結果それが周りの人にやさしくなると思ったのです。