- ベストアンサー
40年程前の空手のアメリカの大会
全米のチャンピオンシップがあったと思いますが、 出場選手、場所(40年前はシカゴ)などについて少々知りたいと思います。 アマチュアです。 1963年と1964年の大会の様子を知りたいです。 古い記録があれば教えてください。
- みんなの回答 (2)
- 専門家の回答
質問者が選んだベストアンサー
Great-dayです。 こんにちは、runbiniさん。 63-64はまだ私が若すぎる頃であまり良く知りませんが(私の試合現役の一世代前のころの話となります)、Mr. Ed Parker, Mr. Pat Burleson, Mr. Robert Trias, Mr. John Keehan 等のいわゆるAmerican karateのパイオニアたちが63年ごろから自分たちのトーナメントを始めた頃なんですね。 63年にはWorld Karate Championshipがシカゴにて、Southwest Karate Championshipsが(確か)ダラスで、64年にはMr. Ed ParkerのInternational Karate Championships, やワシントンでの National Karate Championshipsなどが有名です。 今のようにきちんとしたルールに基づいた物ではなく、アメリカのカウボーイ・ソルジャーがアジア(日本、韓国、中国)で習ってきた武術(軍隊の中で習った)をアメリカに持ってきて空手着を着た蹴りもあるボクシング程度に見ていたわけです。 当時ボクシングやレスリングくらいしかなかったアメリカでは驚くべき「東洋の神秘的なしかも相手の痛めつける事の出来る武術」であったわけです。 急速にアメリカンカウボーイ精神をくすぐった結果になりました。 怪我もかなりあったようで、強くなければトーナメントに出られないと言う代物だったようです。 70-80年代になると、もっと体系付けられたスポーツとしてAAUなどのアマチュアスポーツ団体が主催をするようになってルールもかなりはっきりされてきました。 問題はレフリーや審判になれるだけの実力を持つ人が非常に少ないにもかかわらず、大会も全国的なものとなってきたわけです。 私が現役で試合をしたのはこの頃で5年程やりました。 詳しく調べれば私の試合記録が見つかると思います。(私のバックグラウンドを信用したくなく、かなり気にしている人がいるようですのでヒントとして書いておきますね)。 ナショナルコーチとしてオリンピック選手のコーチが出来る資格を与えられたのがこの後ちょっとしてからです。 スポーツとしての空手に疑問を持ち始めたのがもう少したった後になります。 しかし、60年代の何でもありに近い試合をくぐってきた人たちが私の考え方を変えていったのは認めなくてはなりません。しかしこの世代の人たちが違う方向へ日本の武道を持っていってしまったことも私はあえて残念に思ってもいます。 また、この60年代がアメリカの柔道を強くしていった時代でもあります。 偶然にも私の今住んでいる地域で自分のガレージを道場に変えて教えているその頃の軽量級チャンピオンがいます。 何でもありの実力がなくて試合のチャンピオンになっても何の意味が無いという常識を持った人でもあり、私としては大変共鳴する所でもあります。(実力があれば簡単にチャンピオンになれるといった70-80年代の試合が面白くなくなったわけです) と言う事で、冒頭に載せたチャンピオンシップを検索にかければある程度の情報が得られると思います。 詳しい情報が無く大変申し訳ありませんが、私の経験に基づいて知っている事だけを書かせてもらいました。 これでいかがでしょうか。 分かりにくい点がありましたら、補足質問してください。
その他の回答 (1)
- Great-day
- ベストアンサー率65% (56/86)
Great-dayです。 >アメリカを動かしたのはあなただったに違いない と言うお知りあいの人の名前は私も知っているかもしれませんね。 よろしければ教えてください。 シカゴのy先生やハワイのh先生、カリフォルニアのf先生、c先生などはそのころの伝統空手(しかありませんでしたから)の普及者です。昔はかなり気が荒くないと道場はやっていられなかったと言っていました、今のように子供まで教えるビジネス空手ではなかったわけです。 もちろん日本でも、空手といえばある大学、そして怖い人ばっかりというイメージがありましたね。 ではまたの機会に
補足
回答いただいてからすぐにご本人から名前を出しても"いいよ。上には上がある、謙虚でありたい"からあまり褒めるな、と快諾いただいたのですがご迷惑おかけするのもなんですのでやはり今回は控えさせていただきます。Great-day さんに色々ご教授いただいたお礼にとっておきの裏話をと思ったのですが本当に本当に申し訳なく思っています。もしもボストンのMattson氏にご縁がおありでしたら当時どこから誰が来たのか聞いてみてくださいませんでしょうか。
お礼
この時代にアメリカの空手がどんなだったかがよくわかりました。この時代を掘り起こせば面白いエピソードが山ほど出てきそうです。知り合いが(Mattson道場の客人だったにもかかわらず)出場したのはPat Burleson自身が優勝した1964年の大会だったようです。Burlesonが褒めちぎった人達のうち一人と対戦しました。事情が重なって優勝を逃しました。アメリカに留まっていれば知り合いがアメリカ空手の父と呼ばれていたと思います。"世が世なら"という言葉があるけど"環境が環境だったら"アメリカを動かしたのはあなただったに違いないよねと話していたところです。