だったらまずは、生きている心地を「与える」側になってみたら?今関わっている人たちを改めて大切にしていく。自分の笑顔よりも先に、相手の笑顔を優先してみる。相手が笑顔になってくれる事を想像しながら過ごしてみる。その為に出来る事は無いかと自分自身のエネルギーを使ってみる。自分自身に対するエネルギーの使い道が半端な分、自分「以外」の誰かの為にエネルギーを使おうとすると、案外スムーズにそのエネルギーが発揮される事は多い。自分自身には何のメリットも無いように思えるかもしれないけれど、あなたがいてくれる事で感謝されたり、相手の笑顔に貢献出来たという手応えは、想像以上にあなた自身を盛り上げてくれる。生きている心地を意識して過ごしている人は案外少ない。そんな事を考える余裕も無く、目の前の日々に向き合う事でいっぱいいっぱいの人も多いから。あなたは生きたくも死にたくもないという「命題」にわざわざ向き合っている。そんなテーマに悩むエネルギーがある。生き甲斐が欲しいという渇望エネルギーがある。直ぐにこれが生き甲斐だ!と思えるようなインスタントな手応えはおそらく得られない。ゲームでアイテムを課金するように生き甲斐は得られない。生き甲斐が欲しいという渇望こそ実はあなたのエネルギーであり、そのテーマを意識して過ごす日々にこそ意味があるのかもしれない。生き甲斐は時間差で訪れる。気づいたらこの感覚って、自分が欲しかった生き甲斐なのかも?後からそう思える。先にこれが生き甲斐だという力強い感覚から求めようとすると、何をやってもおそらく難しいのかもしれない。そんなに都合良く生き甲斐なんて見つからないから。あなたには生き甲斐を求めるエネルギーがある。まずはそのエネルギーを目の前の日々に生産的に使ってみる。自分自身の気持ちが不明確なら、大切な誰かの為に使ってみる。自分の満足は一旦脇に置いて、これだけ不安定で不完全なあなたを支えてくれる人たちの笑顔の為に使ってみる。自分の中で持て余していたエネルギーが有効に活用されている事を感じた時、あなたはそこに自分にとっての「甲斐」を見い出せるのかもしれないから。大切にしてみて☆
お礼
貴重なご意見ありがとうございます。友人と呼べるような関係の人は居ないので親にもう少し感謝の気持ちを伝えてみます。久しぶりに涙が出ました。ありがとうございます。