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京都の都の屋敷(時代劇)昔の人の身長
- 昔の日本人の身長って150cm前後であまり高くなかったですよね。
- 時代劇に出る人気俳優って今180cm前後で、30cmも違う高身長。
- 時代劇でよく見る中庭に沿う渡り廊下から部屋に入るシーンでは、腰を曲げて頭を低くしないとぶつかって入れないという鴨居の低さがあり、少し不自然に感じる。
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こんにちは >時代劇も今の平均身長に会わせた大きいセットつくって撮影したらよかったのに、笑。 そんなわけはないと思います。 何年も同じもので撮影しているわけではなく 建て込みと言って、大道具さんが作り直しています。 (簡単に作れるように組んでいます) 元々武家屋敷では、中で刀を抜けない様に 鴨居は低く作ってあるそうです。 尚且つ、その鴨居に長刀を隠していたり 常に戦闘態勢の作りだからだと思います。 http://sagara.kirisute-gomen.com/bukeyashiki.html
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- eroero4649
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今に残る写真でも、肩の筋肉の盛り上がりがヤバい幕末の剣客山岡鉄舟の身長は六尺二寸(188センチ)だったといいます。 新撰組の土方歳三の身長は最低でも五尺五寸(167センチ)で、もう少し背が高かったのではないかといわれています。近藤勇が今に残る袴などから推測するに五尺五寸くらいだそうで、山岡鉄舟は別格としても、土方歳三も近藤勇も当時の人々からすると頭ひとつ大きかったといえるでしょう。坂本龍馬も五尺七寸(173センチ)あったといいます。 これは落ち着いて考えてみれば当然のことです。彼らは現代でいえばアスリートに該当するわけですから、身体能力に恵まれているのは当たり前ですよね。剣道、ましてや真剣勝負となれば背が高くて腕が長いのは絶対的に有利です。当時は階級別に分かれていないわけですから、当然トップクラスになる人たちは背が高い人たちに絞られてきて当然となります。 江戸時代の人々の男性の平均身長が155センチくらいですから、167センチでも約1.08倍です。現代日本人の平均身長が171センチですから、1.08倍だと184.7センチ。 つまり家を基準にすると不自然に感じるかもしれませんが、他の人たちを基準にすると自然な背の高さになりますね。山岡鉄舟は現代ならバスケットボールの八村塁選手(203センチ)ってとこでしょうか。勝てるわけがないですね・笑。 セットがどうにもならんのは、他の方が回答する通りです。 でも私が気になるのは、女優さんのほうですよ。女優さんの足がどんどん長くておっぱいが大きくなるから、貧乳短足向けの和装が似合わないんですよ。 中条あやみさんなんて、足が長すぎて帯の位置が不自然ですものね。
お礼
ご回答ありがとうございます。 高身長の日本人は案外いたのですね 着物の似合わない女優には気づきませんでした。 あの娘達に玉三郎並みのしぐさを求めるのは無理なんだろうか? 考えるのはそっちですね
屋敷では腰をやや落として膝をやや曲げて、大抵摺足(すりあし)で移動す るのが常である。階段では転んでしまうので、摺足ではなく、正中線を出来るだけ保持しながら場所に応じた侍の歩き方をする、 これは不自由さで動きを封じ込めるなどいろんな理由があります。
お礼
回答ありがとうございます。 立ち居振舞いも大変ですよね
- lolipop-sapporo
- ベストアンサー率23% (760/3195)
まあそうなんですけど、時代劇を撮影できるのは京都の太秦くらいですよね。そこのセットを根底から作り変えるお金は誰も出さないでしょう。 それに、現在では時代劇は「絶滅危惧種」のような存在なのでなおさらです(笑)。
お礼
ご回答ありがとうございます。
お礼
ご回答ありがとうございます。 高身長の日本人は案外いたのですね 着物の似合わない女優には気づきませんでした。 あの娘達に玉三郎並みのしぐさを求めるのは無理なんだろうか? 考えるのはそっちですね